(アイマス越境×346+765)

天ヶ瀬冬馬という人物と知り合ったのは高校に入ったばかりの頃だった。うちの高校は都内でも芸能人の受け入れに積極的な高校で、普通なら隔離される普通科の生徒と芸能コースの生徒も、校風に従って一緒のクラスに分けられ、違うところもあるがほぼ同じ授業を受けている。天ヶ瀬とは高一に同じクラスの隣の席になったところから交流が始まった。その頃天ヶ瀬は961にスカウトされたばかりでまだJupiterとしての活動を始めておらず、放課後は毎日スタジオで練習ばかりしていたらしい。細々とした小さな仕事とレッスン、そして学校生活。毎朝見かける天ヶ瀬の顔があまりにも死にそうだったのでちゃんと生きてる?そう聞けば、勝手に人を殺すなよ、と呆れた顔をさせていたのはとても印象に残っている。時期的には天ヶ瀬が961でJupiterとして活動を始めてからだったのだろうか。私たちの関係はちょっとだけ変化した。時間があればちょくちょくと話し、CDが出れば新曲出たからと一方的に渡され、コンサートがあるから来るかと聞かれて予定があるから無理と断れば何ヶ月か後にはライブDVDとグッズが手渡しされる。いわゆる関係者扱いと言うやつだ。いつしか私はJupiterのファンではないはずなのに、部屋の中にはJupiterのものが溢れかえっていた。そう、関係者だから。CDにライブDVD、ポスター、彼らが出演したCMの試供品などなど。私自身がおかしいぞと思うほどあまりにも関係者扱いされていたので、私の姉は一回学校まで乗り込んできて天ヶ瀬と直接対決を行ったらしい。結果は未だどうなってるのか知らないが、あれから姉はスンッと静かになったし、たまに呆れたような目でこちらを見て来たりする。さぁなんでそんな話を今しているかと言うと、私が今いるのが普通科のフロアではなく芸能コースのフロアだからである。階段自体は開放されてて行き来は自由だが、普段は誰もあまり登りたがらないそこをそそくさと上れば、芸能コースのフロアにたどり着く。やはり芸能人は扱いが違うように思える。フロアの構造は普通科のフロアよりちょっとばかし高級な感じで、木の温もりに包まれていた。すれ違う人達は皆美男美女だ。あそこで友達と話してる女子は自分がよく買っているファンション誌の表紙を何度か飾っている人気モデルだし、話し相手の女子はこないだ化粧品のCMに出ていた有名アイドル。逆に廊下のベンチに座って黄昏ているあの男子は最近売れだし中の人気俳優。今度映画の主演が決まったと今朝のニュースで流れていた。階段を登ってフロアに入ってきた私をそこにいた女子二人は見てあぁ、と納得したような色を目に滲ませてひらひらとこちらに振った。

「織音ちゃんだぁ。久しぶりだね」
「最後に会ったのいつだっけ〜」
「まゆは久しぶりだけど、あんたは昨日ぶりでしょ!」
「あれ、そうだっけ」
「織音ちゃん、天ヶ瀬くんなら、多分C教室にいますよ」
「おっ、情報提供ありがとう、まゆ」
「いいえ〜」

二人と別れてC教室に向かう。恐らくここで授業がてら今後についてなにかの説明会が開かれるのだろう。人はまばらだが、集まってはいた。さて天ヶ瀬はどこかな、と教室を覗き込もうとしたのだが、黒板の前に立って掲示物を読んでいる女子が目に入って思わずその名前を呼んだ。

「卯月!」
「………え?あっ、織音ちゃん!」

さっきそこにいたまゆと同じ346プロに所属している卯月がぱたぱたとこちらに走り寄ってくる。私の両手をぎゅっと掴んでどうしたんですか?と聞いてきた。美少女と握手………!感動に打ち震えながら天ヶ瀬見てない?と聞けば、天ヶ瀬くんならあそこで突っ伏してますよ、と斜め後ろを見る。つられてそこを見るとなるほど、確かにおねむだ。そよそよと教室に吹き込んできた風で、アホ毛がぴょこぴょこと動いていた。わぁ、ぐっすりじゃない。と呟けば、寝かせておきますか?と卯月が首を傾げる。うーん、どうしようかな、と悩んでいると、小さな呻き声がして、思わず卯月と顔を見合わせた。

「いや、起こすわ」
「はい」

まだ空いている天ヶ瀬の前の席に座って、未だに唸っている天ヶ瀬の頭をのつむじを見る。コマ、じゃねぇ、と唸って、大きく身を震わせた。

「天ヶ瀬」
「…………ぅ、」
「天ヶ瀬、起きろ」
「………、結城…?」
「うなされてたよ。悪い夢でも見たの?」
「……………いや、なんでもねぇ」

起きあがったら起きあがったで思いのほか私との距離が近かったらしく、うお、と小さくのけぞった天ヶ瀬は、すぐさま冷静さを取り戻しては頬杖をついてどうしたんだよ、と言った。相変わらずの態度である。こちらもその態度にちょっとカチンときて、天ヶ瀬が来いって言ったんでしょーが、用がないなら帰るよ。と言えば、天ヶ瀬は少し言葉を詰まらせて用はある、と言って、机の横にかけてあったさほど詰め込まれていないスクールバッグを開けて、1枚の封筒を取り出した。

「やるよ」
「なに、これ」
「Jupiterの全国ツアーのライブチケット。そいつは初日の横浜のやつ」
「ひゃー、プレミアもんじゃんこれ」

ちょっと前に出来たばかりのJupiterの公式アカウントで公表された新生Jupiterの全国ツアーライブ。その当落がつい先日発表され、Jupiterファンが地獄と天国を見て阿鼻叫喚したあのタイムラインは記憶に新しい。私はと言うと、あのまるでJupiterのファンであるかのような部屋ではあるが、あれは天ヶ瀬が勝手に押し付けてくるものであって、言うほどのファンではない。皮肉なことにファンの誰よりもJupiterに詳しいとは自負しているが。まぁお試し程度で応募してみれば?と母と姉の助言により抽選の申し込みはしていたのだが、やはりガチファンとの熱意の差が神に分かってしまったのか、見事に落選した。しかしそのチケットが今、手元に、本人によって渡されている。プレミア中のプレミアである。じゃあもらっておきマース。ブレザーの内ポケットに封筒を仕舞い、さぁ帰ろうと席を立って思い出した。

「そういや天ヶ瀬」
「なんだ」
「手伝い、行った方がいい?」

いくらプロダクションに所属して大きめの会場を取ってライブすると言ってもあのできたてホカホカの、知名力も財力も乏しい315プロだ。今回のライブで使うハコはフリーで活動していた期間に使っていたハコよりは大きいと言ってもどんぐりの背比べ。大して変わらないだろう。よってスタッフの数もそれほど多くはない、はず。会場設営はフリーになった時に何度か今までお世話になったお礼として手伝わせてもらったし、ある程度は分かっている。どう?と聞けば、迷惑にならねぇなら頼んでもいいか?と手を合わされた。じゃあ当日の朝の九時ぐらいには着くようにするね、と返して教室を出て、普通科のフロアに戻った。





Jupiterは台風さえも引き寄せる伝説となった。そんなワードが飛び交うタイムラインを一瞥して、ライブホールの最寄りで降りる。少し勢いの強くなった雨の中をちょっとばかし歩けば、今回ライブが行われる予定の会場が見えた。前にライブを行っていたホールに比べてちょっと大きいそれにおぉ、と歓声を上げて関係者入口から中に入る。

「おはようございま…………、」

スカートについた水滴を払いながら顔を上げると、廊下には大勢の明らかにスタッフではない死ぬほど顔がいい男性が両側の壁に沿うように並んでいた。喉元まで出かかった悲鳴を寸の所で止めて、観察する。織音ちゃん?男性たちの奥からした聞き覚えのある声とともに、天道先生がひょっこり顔を出した。その横には柏木さんと桜庭さんもいる。この人たちは、誰ですか。そう視線で訴えかけると、315プロのみんなだよ、と天道さんが一人ずつ紹介してくれた。ハイハーイ!しつもーん!挙げた手をひらひらと降ったいかにも陽気そうなメガネの男の子は、この人天道さんの知り合いですかー?と天道先生を振り返った。まぁ、そうでもあるけど。織音ちゃんはどちらかと言うと、と言いかけた天道さんの言葉は、楽屋から出てきた天ヶ瀬達によって遮られた。Jupiterのライブスタッフのポロシャツをまとった彼ら三人は、関係者入口の前から未だに一歩も動けずにいる私を見て近付いてきた。先頭だってやってくるのは、やはり天ヶ瀬で。あとから少し遅れてやってくるのはあのプロデューサーさんであった。

「おう、結城、もう来てたのか」
「うん、315プロ、瞬く間にアイドル増えすぎてて事態が飲み込めない」
「僕がスカウトしたんですよ」
「そりゃアイドルのスカウトがプロデューサーさんの仕事なのでは?あっ、おはようございます、プロデューサーさん」
「んー、あなたにプロデューサーと呼ばれると、ちょっと変な気持ちになりますねぇ」

頬を掻きながら苦笑いしたプロデューサーさん改め石川さんは、今日はよろしくお願いしますと頭をさげた。こちらこそ、こんな大切な現場に女子高生を入れてくだってありがとうございます、と頭をさげて北斗さんからスタッフのポロシャツをもらう。更衣室で着替えながら、窓をうちつけている大粒の雨を眺める。ちらりと聞いた話によれば、台風により高速は封鎖されており、いつも手伝ってくれたスタッフさんの到着がだいぶ遅れてくるらしい。ステージの組み立てが進んでおらず、コンサートの開催さえ危ぶまれている。そこで手伝いに、と買って出てきてくれたのは見学に来ていた天道さんを始めとした315プロの皆さんで。必要なものを確認してステージ側に向かえば、準備はもう始まっていた。力仕事は分野ではないので、観客の誘導札やグッズ、パンフレットの準備をしようとホールに向かえば、そこにも315プロの皆さんがいた。バイト仲良し三人衆で組まれたBeitと、前職は先生という異色のユニット、S.E.M。よく見れば私がいつもやっていたことをみんなで分担して行っていた。あれ、これ、私来なくてよかったのでは、と首を傾げていると、ちょい、と袖口を引っ張られた。目線はちょっと上。天真爛漫で無垢そうな金髪の美少年がこちらを見ていた。

「ねぇねぇ」
「え、私?」
「ボク、ピエール、君は?」
「えっ、結城織音デス」
「織音!」
「ハイッ!」
「もしかして、やることない?」
「……Jupiterが衣装着るまではないですねぇ」
「終わったら、帰る?」
「そのあとにはライブには参加するから帰りはしないかなぁ」

やふー!バンザイしながらぴょんと飛んだピエールくんは、じゃあ手伝って!と紙を渡してきた。なぁにこれ。と聞けば、みのりに頼まれた!と後ろを向いた。石川さんを含む六人の中で1番みのりっぽい顔をしている人を探して、声をかけた。

「えっと、みのりさんですか?」
「No!Mr.ワタナベはあっちだよ〜」
「なるほど、ありがとうございました。えっと、」
「My name is 舞田類!Nice to meet you!Ms.結城」
「あっ、英語の先生の!」
「Off course!」

聞けば年齢は26歳であるらしく、あの北斗さんとお知り合いらしい。世界って案外狭いなぁと思いつつ、こんなにイケメンな先生がいたら私は喜んで授業をちゃんと受けるだろうし、テストも褒められようとしてがんばるだろう。この先生が学校を去っていった時の女子生徒の反応が気になった今この頃。分からない問題があったら聞きに行っていいという約束を取りつけて、元お花屋さんの店長さんだったというみのりさんの元へと向かった。そのみのりさんはと言うと、感激したようにJupiterのライブグッズであるTシャツを何故か抱きしめていた。

「あの、」
「はいっ!?」
「これ、何すればいいんですか?ピエールくんがみのりさんに頼まれたって、」
「あぁ、ピエールができる範囲で何かやっててもいいよっていう意味で渡したんだけど………」

ところで、と声を低めたみのりさんはJupiterのライブグッズであるTシャツを抱きしめたままこちらに少し身を乗り出した。結城さん、冬馬さんと同じ学校ってホント?と聞かれた。嘘ではないのではい、と頷くと、みのりさんは目を見開いた。効果音をつけるなら、カッ、だ。じゃあ、と言ったみのりさんの声は少し震えてる。

「学校にニュージェネの島村卯月ちゃんとか、佐久間まゆちゃんとか、765の萩原雪歩ちゃんとか………」
「友達です」
「ハァッ!!!」

大声で叫びながら天を仰いだみのりさんは、ありがとう、ありがとうと仕切りにお礼を言って、JupiterのTシャツを抱きしめたままフラフラとどこかへ行ってしまった。ピエールくんから渡された紙を片手に会場を見回しながら少し考える。なにをするー?無邪気に聞いてきたピエールくんに、じゃあ、とグッズが乗っている机を指さした。

「グッズ一覧のボードと注文表を作ろっか」
「やふー!ピエール、手伝う!」






「きつい所はありませんか?」
「うん、完璧だよ。ありがとう」
「こちらこそ。翔太くんも、きつい所はない?成長期だから、すぐに衣装のサイズ変わっちゃうでしょ」
「んーん、僕は平気ー」
「そう、なら良かった。よし」
「俺は!」
「あ、ごめん天ヶ瀬の事忘れてたわ」
「オイ」
「あっはははは。冗談」

じっくりと衣装のチェックを行っていく。ほつれはないか、目に見えてのなにかダメなところはないか。途中から変わる衣装の点検を行い、ちょっと外からは見えないが破けている部分を発見して馴染みのスタイリストさんに手渡した。こんなもんかな。ポロシャツから私服に着替えてライブ待機列に並ぼうと外に出ようとした私を、天ヶ瀬が呼び止めた。ん、と突き出されるグーに、頭をかしげる。なにこれ、と聞けば、天ヶ瀬はそっぽを向いた。その後ろでニコニコしてる北斗さんと翔太くんと目が合ってニッコリと笑った。これは、照れ隠しだ。

「961にいた時も、フリーになった時も、今も、世話になったからな」
「うん、」
「だからちゃんと見とけよ、新生Jupiter」
「うん。ちゃんと見てるよ」

ん、とグーを差し出したまま催促してくる天ヶ瀬に仕方ないなぁ、と私は小さく笑って、自分の拳をコツンとぶつけた。



(10/19修正)


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