本日部活はなし。バイトもしてないし、放課後に友達と遊びに行く約束もない。さぁて帰ろうと下駄箱からローファーを取り出そうとした私に、担任から声がかかった。

「お、結城!放課後暇か?」
「どう思いますか」
「暇だな。よし、そんな結城に任務を言い渡そう」

脇に抱えていた出席簿やら日誌の間から大きな茶封筒を取り出した担任はほい、とそれを差し出してきた。なにこれ、封筒を受け取りながら表面を見ると、封筒の左上に天ヶ瀬冬馬、とボールペンで書いてあった。

「え、ほんとになにこれ」
「天ヶ瀬に渡すはずのレポート課題だったんだけどな、渡しそびれてしまって。結城、代わりに天ヶ瀬のところまで届けに行って貰えないか」
「え、むり」

というかなんでそもそも先生が行かないんですか。不満をぶつければ、だってぇ、と担任が情けない声を出した。

「天ヶ瀬の所まで定期範囲内じゃねぇし、俺、これから職員会議なんだよ。知ってるか?高校の教師もなかなか忙しいんだよ」
「そこは経費で落ちるだろ。いや、先生火曜日学校来てないじゃん」
「いやぁ、何言ってるか聞こえなかったなぁ。あとあれは学習日なの。俺は家で勉強してるの」
「先生年なの?いい耳鼻科紹介しますよ。というか嘘つけぇ、全休の娘さんとこないだデデニー行ったって言ってたじゃん!」
「ということで頼んだ!」
「ちょっと!」

315プロダクションに届ければいいから、頼んだ!本日中だからな!じゃあ!と手を振ってそそくさと職員室に入っていった担任にはぁ、とため息をひとつ。手に持っていた封筒をカバンにしまい。スマホを取り出した。

「さん、いち、ご、で315っと、あ?」

定期圏内じゃん。あいつ、知ってたな。知ってて私にコレ渡してきたな。






「え、ボ、え?ボロ、いのか?これ」

961プロから脱退して315プロに入ったことは知ってたけど、315プロに関する情報が皆無であったから961に行くのと同じぐらいの気分で行ってみたらこれだった。てっきり入口で守衛さんに止められて、担任から届けものを預かったんですー、って説明して、彼らのマネージャーさんが出てきて、じゃあ渡しときますって渡すだけだと思ったんだが、まさか、まさかまさかこんな雑踏にある普通のビルの2階で、警備員もいない、オートロックもないゆるゆるセキュリティーで、エスカレーターもエレベーターもないなんて。しかもインターホンは壊れてるようで使えないし、ノックしても誰もいない。極めつけは誰もいないのに事務所に鍵すら掛けていない!

「セキュリティーガバガバ過ぎやしないかここ………Jupiterが315に移籍したけど大丈夫なのか………?」

いくつとの心配事を持ちながら、ゆっくりと事務所のドアを開いた。普通なら家宅侵入罪にとれるだろうが、そんなの気にしてる場合じゃない。ここにずっと居るのも気が気じゃないし、部屋の中にある机の上に適当に封筒だけ置いて帰ろう。そう何もやましいことはない!お邪魔します、と部屋に向かって叫んで中に入った。古そうな外見とは裏腹に、中は新しくリフォームされている。ドラマなどでよく見る割と小さな事務所のようにも見えた。へぇ、と感心していると、ガタンッと大きな物音がして思わずビクリと肩がはねる。音の発生源は隣のドアが閉まっている部屋からだった。やがてドアのすりガラス越しにぬっと影が現れて………

「ふぁ………よく寝たぁ…………あれ?お客さんですか?」
「ヒッ………」
「あっ、もしかして、新人アイドルの子ですか?すみません、ちょっと待っててくださいね。プロデューサーさーん!」

否定する隙もなく、赤いメガネが特徴的な彼は部屋の奥に向かって声の限り叫んだ。ちょっと間が開いてはーい、と声がしたかと思えば、これまた偉いイケメンなお兄さんがでてきた。世間一般ではあまりウケがよくない長み髪の毛をゆるく束ねて横に流しているし、着こなしがあまり簡単ではないサスペンダーはうまく着こなしている。なにこの人。ポイント高いなオイ。そしてプロデューサーなのかよ。ホウキ片手にやってきたプロデューサー(仮)は、封筒片手に事務所に立っている私を見て、にこりと笑った。

「えっと、僕、寝ぼけて君のことスカウトしてました?」
「スカウトされた覚えもありません!天ヶ瀬冬馬さんにお届けものです!」

バン!と手に持っていた封筒を見せれば、何かがわかったようにプロデューサー(仮)はあぁ、と頷いた。

「課題かぁ。そっかぁ。じゃあ、ちょっと座って待っててね。冬馬くん呼びますから」
「えっ、」
「あっ、申し遅れました。僕は315プロダクション、プロデューサーの石川です」
「あっ、どうも、結城です」

じゃあちょっと待っててね。そう言って事務所から出ていった石川さんを見送って、、、、

「違う!そうじゃない!」
「ヒッ!?」

事務員の山村さんを物凄いビビらせてしまった。







「届けものって、結城か」

頭上からした声にスマホから顔をあげれば、ジャージ姿の天ヶ瀬がそこに立っていた。後ろには同じJupiterのメンバーの御手洗翔太や伊集院北斗もいる。待ってなんか勢ぞろいしすぎじゃないかな。用事があるのは天ヶ瀬だけなんだが。織音ちゃんやっほー、なんて翔太くんから手を振られたら振り返すしかない。ついでにチャオ!とぱっちりウィンクを決めた北斗さんには笑顔を返した。で?と話を促す天ヶ瀬に、あぁ、とテーブルに置いた封筒を指さした。

「担任から、欠席分のレポート課題」
「あー、そんなものあったな。わざわざありがとうな」
「んーん、定期圏内だったから」
「あれ、織音ちゃんこの近くに住んでるの?」
「うん、家もここからそこそこ近いよ」
「えぇーほんとー?今度遊びに行っちゃおっかなー」

ねぇねぇ家どこ?ちゃっかりと隣に座った翔太くんは、ねぇねぇと体を左右に揺らしてこちらを見てくる。トップシークレットです。教えたところで私にメリットはないので。と答えると。えぇー、御手洗翔太が遊びに来るって言うメリットがあるよぉ、と返された。結城に迷惑かけてんじゃねぇよ、と天ヶ瀬の厳しい声が飛んできた。

「悪ぃな、翔太が」
「んーん、平気」

ところでさっきまでレッスンだった?ジャージだし。そう聞けば自主練、と返される。邪魔しちゃってごめんね、と謝れば、いや、ちょうどキリがよかったから平気、と返された。ふぅん、とひとつ頷いて、出されたお茶を飲む。事務員の山村さんが淹れたお茶らしく、少し味が薄い気がした。

「そうだ」
「なんだ」
「ここの事務所、セキュリティーガバガバすぎない?」
「え?」
「入口には警備員立ってないし、インターホン使えないし、ドアには鍵はかかってないし、おまけにこの見ず知らずの女子高生を警戒もせずにホイホイ迎え入れた挙句お茶まで出して。来てたのが私じゃなくてJupiterガチ勢だったら今頃天ヶ瀬抱きつかれてちゅっちゅされてたよ」
「ちゅ、っ!結城!」
「相変わらずウブだなぁ〜。逆に可哀想になってきたわ」
「可哀想ってなんだ!」

ギャンギャンと騒ぐ天ヶ瀬がうるさくて思わず耳を塞いだ。じゃあ封筒も届けたし帰るねー!と言えば、天ヶ瀬の声がぴたりと止んだ。

「おう、気をつけて帰れよ」
「はいはい」

じゃあ、と天ヶ瀬の方を向きながらドアを開けて外に出ようとすれば、ガン、と顔面の横に何か硬いものでもぶつかった。このドア、もしかしてフェイクだったか?と思って正面を見れば、白いシャツに赤いジャケットが目の前に広がっていた。ちょっと温かったな。そう思って顔を上げて上を見れば、そこに立っていたのはまさかの知ってた人間だった。すまん!と天道さんが謝ってこっちを見た。

「天道さん、315と裁判でもするつもりですか」
「ええっ!?違うよ!?俺ここの所属だから!」
「所属弁護士?」
「所属アイドル!」
「は?」

え、まって。そこにいるの元外科医とパイロット?315プロつよ。








note:天道さんは結城のお祖母様がなくなった時に相続などで色々お世話になったそうで。


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