校門に不審者が立っていた件について

「ほぉ、流石だな。両親のいいとこ取っている」

校門を出た途端にこれだから、当然身の危険を感じて校舎に戻るわけだ。降谷零奈はせっかく履き替えたローファーを上履きに履き戻して校舎の中に避難した。校門にいた不審者に言われた通り、降谷零奈はイタリア人の血を継ぐ母とハーフであるらしい父親の元からいい所をちょっとずつ貰い産まれた美少女だ。父親譲りのミルクティー色の髪と空を切り取ったような青い目、髪の毛にふんわりとかかっている癖と雪のように白い肌は母親譲りである。そのうち大きくなったらスタイルも母親譲りになるだろう、と祖母のお手伝いさんをしているプラチナブロンドにオッドアイの美女からそう言われたことがあったりもする。という話は置いといて、友人は全員部活で、本日一人で帰ることになっていたのだがこの事態である。その不審者がいなくなるのを待つか、それとも忍びないが父親か母親の部下を呼んで迎えに来させるか、ぼんやりとこのあとのことを考えながら放課後に開放されている自習室に向かおうとした零奈に、おや?と声がかかった。

「降谷さん、居残りですか?」
「あ、六道先輩。居残りじゃないですよ。本当は帰ろうとしてたんですけど、校門前に不審者がいて……」
「えぇ、大丈夫?それ。どんな人が覚えてる?」
「えっとですね、」
「ここで言うのもなんだし、生徒会室くる?」
「……では、お言葉に甘えさせて」

最近このあたりに不審者よく出るって話を聞くんだよね、苦笑しながら生徒会室に向かって歩き出した六道の後ろを零奈はついて行く。下の方でちょこんと結ばれていた藍色の髪の毛がぴょこぴょこと揺れている。前を歩く六道という珍しい名前の先輩は、この学校の生徒会長だ。そもそも学年が違うし部活も違う。生徒会に入らない限り交流はないと思っていたが、何故か些細なことをきっかけに六道先輩を始めとする生徒会メンバーと交流することになっていたのだ。ただいま、ガラリと生徒会室の扉を開けて入った六道に続き、お邪魔しますと小さく声をかけてから零奈は中に入っていく。お、降谷か?ソファーに寝っ転がって書類を読んでいたらしい笹川が顔を出した。ちなみに生徒会の一人目の副会長である。

「晴人、ちゃんと座ってくないか」
「いやぁ、ごめんごめん」
「ほかの人たちは?」
「あー、買い物行ったり職員室行ったりしてる。すぐ戻ってくるんじゃないかな。ほら、噂をすれば」

ただいまー!そう言って一番最初に部屋に戻ってきたのは書記の獄寺。零奈のクラスメイトだったりする。零奈が生徒会室にいるのに気付いた彼女は、きゃーと歓声をあげながら零奈に抱きついた。零奈ちゃん、いつ見ても可愛いー!ぐりぐりと肩口に頭を擦り付ける彼女は、はっと気付いてなんで?と六道を見た。全員揃ってから話すよ、と言わんばかりに肩を竦めた六道に、あっそう?と彼女は少し考えてから零奈の手を引っ張って歩き出した。どうやらお茶を淹れに行くらしい。手伝って欲しいと言われれば断れなかった。人数の紅茶と緑茶、コーヒーを淹れ、棚から出したお茶菓子も添える。諸々の準備が終わりキッチンから生徒会室に戻る頃には全員が揃っていた。二人目の副会長の雲雀先輩は、零奈を見ると目線をふっと和らげ、会計の山本先輩もいつ見てもちっちゃいなー、とくしゃくしゃと零奈の頭を撫でる。その後でごめん、ちょっと遅れちゃった。と言いながら入ってきたのは生徒会の庶務で零奈の従兄弟の沢田徳松であった。生徒会室にいる零奈を見て、徳松は目をぱちくりさせた。

「どうしたの」
「なんか、校門で知らない人に声かけられちゃって」
「え、大丈夫なの?どんな人が覚えてる?」

さりげなく零奈の手を引いてソファーに座らせた徳松は、零奈の横に座ってティーカップに紅茶を注ぐ。ふわりとマスカットの華やかな香りが鼻をくすぐった。ダージリンのセカンドフラッシュだ。はいと差し出されたのをひと口飲んだ零奈はえっとね、と先程の人を思い出す。そう言えば、六道が徳松の向かいに座った。

「来るの随分遅かったね。何かあったの?」
「あー、まぁ。リボーンが来てた」

その一言に零奈を除いた生徒会のメンバーがあぁ、という顔をした。そんなにげんなりするほど嫌な人なのか、それでその人の特徴だけど、と零奈は口を開く。

「えっと、黒いスーツの人。なんか帽子かぶってました」
「ん?」
「その人、顔が良く見えなかった?」
「はい」
「シャツ、黄色だった?」
「そういえば、そんな鮮やかな色でした」
「もしかして帽子に黄色のリボン付いてたり?」
「してたよ」
「…………そうか、零奈」
「なんですか?雲雀先輩」

ソファーの肘掛に座りながら零奈の頭を撫でていた雲雀は、その人、もみあげがくるんとなっていないか?とトドメを刺してきた。あぁー、なってましたよ!先輩、見てないのによく分かりましたね。パン、と両手を叩いた零奈の横で、徳松が項垂れた。

「なっちゃん」
「うん?どうしたの徳ちゃん」
「おばさんに連絡して」
「うん?」
「リボーンが来たって一言いえばすっ飛んでくるから、今すぐ」
「えぇ、でもお母さん仕事中だよ?」
「大丈夫、俺が保証するから、」

今すぐ電話して。にっこり笑った徳松に気おされて、零奈は渋々とスマホを取り出して電話をかけた。







「だって姉さんがなかなか会わせてくれなかったからじゃん!」

初めてあった徳松の父で零奈の叔父は、美緒の前で正座していた。全く反省もしていない様子な上にぷぅと頬をふくらませてそっぽを向くそれは、子供の駄々と何一つ変わらない。は?と低い声を出した自分の母親に、零奈は小さく震えた。こんな声を出している母親は見たことがなかった。

「会わせる訳あるか。それに徳松達から写真送ってもらってるでしょ!」
「現物の方がもっと可愛いかなーって」
「かわいいよ、そりゃ。うちと零の子供だもん」
「そこがムカつくんだよね。はーむかつく」

やっぱりあの時腕のいいスナイパー雇っておくんだった。ぶつくさと言う綱吉に零奈はひえっと小さな悲鳴が思わず出る。その向かいで最早般若とかして冷気さえ漂わせている母親はもう見ないことにする。すみませんお姉様!そんな綱吉の奥で、そのおでこで火起こしでもするつもりかと言うぐらい頭をフローリンに頭を擦り付けている残念なイケメン、呑気にすまんな!と片手をあげる青年(もちろんイケメン)、クフクフと気持ち悪い笑い方を披露しているのは片目に六の字が書いてあるオッドアイのパイナップル(もはや共通認識)。たしかこの間テレビで見た世界王者のボクサー。母親のお友達でいつも良くしてくれる雲雀先輩のお父さん、何も存じ上げませんと言った様子で無心に父親の作ったハムサンドを口に入れる天パで何故か角が生えている青年。そして不審者。一緒について来た徳松は、なっちゃん、目が死んでるよ、と死んだ目をしながら零奈に言った。場はカオスであった。それだけではない。そう、それだけではなかった。コワモテのイケメンに付き添われている優しそうな女性に見た目からして王子様な軍人(推定)、不精ひげが濃ゆいマッドサイエンティスト(推定)に頭にカエルを乗せている顔が全く見えないなんか変な人。チャイナ服が似合っている、どこか雲雀のおじさんを思わせるイケメン。普段は広いはずの降谷家のリビングは、合計十八の人が入ったことにより、どこか狭く感じられた。そしてみんな口々に零奈に会いたかったというのだ。こっちは会ったこともないのになぜこちらを知っているのか、ストーカーなのか、ふらりとよろけた零奈を、おっと、と徳松が受け止めた。

「徳ちゃん……」
「ごめん、俺にはどうにも出来ないよ」

力なく頭を横に振った徳松に、零奈はかわいた笑みしか出てこなかった。