01




◇予備知識として
1.ハル達と同い年の幼馴染。岩鳶SCに所属していた
2.岩鳶生
3.鮫柄学園の近くに住んでいる
4.写真と絵を描く事が好き
5.SCに所属していたのは写真や絵のインスピレーションを受けるため






空が好き。水が好き。水の底から見る空が好き。写真が好き。絵を描くのもすき。

「おーい、杏奈ー!写真撮ってくれー!」
「撮る!」

カシャリと切ったシャッター。その向こう側には、賞状とトロフィーを持った水着姿の四人の男の子が楽しそうに笑っていた。







まだ少し肌寒い春先の事。ふと気になって部屋の窓から見た空は星が瞬いて、それは美しい風景だった。居てもたってもいられず、机の横に置いてあった最近新調した一眼と三脚、レンズとライトを出して家を飛び出る。気を付けてねー、と追いかけてくる母の声におざなりに返事をして、海沿いに近い大通りに出た。手早く機材を設置して、ファインダーから空を覗く。シャッターを押す。カシャリ、と心地の良い音がした。先程撮ったのを確認し、もう何枚か撮ろうと思って再びファインダーを覗くと、ぬるりと何かが現れた。人の顔。

「ひっ、!?」
「お前、まだ写真撮ってんのか」
「は、だ、ゆ、ゆ、……………う?」
「幽霊じゃねーって、」

俺の顔忘れたのかよ、杏奈。呆れたような声には、聞き覚えがあった。ファインダーから顔を上げると、目の前には年に一度は会っていた元クラスメイトの顔が。

「……凛?」
「おー、忘れてなかったか」
「いや、忘れるも何も、何でいるの」

何でいるのって、お前酷くねぇか?カラカラと笑った凛は、いやまぁ、と頭をかいだ。

「帰ってきたんだよ」
「……おかえり?」
「おう、ただいま」
「じゃあ、四月からこっちの高校通うの?」
「まぁな、」
「岩鳶?」
「鮫柄」

なぁんだ残念。そう呟けば、それは悪かったな、と自分は1ミリも悪くないと思っている声で返された。改めてまじまじと凛を見る。転校生挨拶していた時の幼い顔とは一転、大人の顔つきになっている。が、毎年正月に会っているせいか、この顔にはあまり新鮮味を感じない。じっと見すぎたのか、凛は少し居心地が悪そうにそっぽを向いた。そう言えば。

「ジャージ着てる」
「悪ぃか」
「なんで?」
「走ってるに決まってるだろ」
「お疲れ様」
「おう、」

じゃあ、俺もう行くわ。その場で足踏みを始めた凛に、頑張って、と声をかける。去り際に明日もまたいるか?と聞かれて、咄嗟にいるよ、と答えてしまった自分が憎かった。







「おはよー、真琴」
「あ、おはよう、杏奈」

二年になった。学校へ向かう道の途中で見つけた大きな後ろ姿にタックルすれば、あぶなげなくしっかりと受け止められた。その上機材は大丈夫?なんて聞いてくるあたり、ポイントが高いと思う。平気。トートのカメラバッグをポンと叩いて見せれば、それいちばん危ないやつだよ、とオロオロされた。じっと真琴をみて、それから真琴の奥を見る。ハルは?そう聞けば僕も知らないんだ、と真琴は肩を竦めた。

「休みなのかな」
「始業式なのに」
「クラス替え、どこになったか分からないだろうね、きっと」
「あ……まぁ後でハルに伝えるよ。クラス替えと言えば、」

今年も一緒のクラスになれるといいね、そう言った真琴にそうだね、と頷いて、掲示板へ向かう。玄関横に張り出されたクラス表の前には多くの人だかりができていて、同じクラスになれたことを喜ぶ人や、離れてしまったのを悲しんでいる人たちで溢れかえっていた。こういうのもなんかいいよね、と思いながらカメラを取り出してシャッターを切れば、杏奈も相変わらずだよねぇ、と真琴が苦笑した。真琴の写真も撮ってあるよ、とカメラを見せれば、いつ撮ったの!?なんて驚かれた。

「ちなみにクラスは?」
「あ、聞いてよ!今年俺もハルも杏奈もみんな同じクラスだよ!」
「え、ほんと?」
「ほんとほんと!」
「わぁ、奇跡だねぇ」
「うん、去年は見事に全員違うクラスになっちゃったしね」
「そうだね、大変だったよ。あ、真琴」
「ん?なに?」
「今年もよろしくね」
「うん、よろしく、杏奈」







学年が変わる度に起こる、女の子に間違われるというハルのお約束をこなし、昼休みがやってきた。真琴とハルに誘われてお昼を食べに行こうとしたが、ハルの両手が空っぽだったことに気付く。

「ハル、お弁当は?」
「持ってきてない」
「購買でなにか買ってこれば?あ、それともこれ食べる?」

お弁当の入ってる巾着を開けて、真琴が新聞紙に包まれた何かを取り出す。

「スルメイカ」
「なんでスルメイカ」
「鯖がいい」
「はるちゃん!まこちゃん!杏奈ちゃん!」

下の方から名前を呼ばれて思わず踊り場で立ち止まった。下を見るとふわふわした金髪の男の子がこっちを見てニコニコと笑いながら手を振っている。久しぶりだね!僕も岩鳶高校に来たんだ、なんて言われても…………杏奈ちゃん?

「あ、」
「もしかして」
「渚!?」

わー、久しぶりだね、なんて階段を降りれば、ぬっと横から現れた二つの腕にガシリと掴まれた。ひっ、と小さな悲鳴を漏らして手の主達を見れば、方や写真部部長、方や美術部部長であった。二人は顔を見合わせてムッと睨み合う。

「私が先に高橋の手を掴んだ。よって高橋は美術部を優先するべきだ」
「いいや違う。先に高橋の手を掴んだのは私だ。写真部を優先すべきだ」
「美術部だ!」
「いいや写真部だ!」
「「高橋はどっちを選ぶ!!」」

くわっとものすごい勢いで二人に迫られて、思わず一歩後ずさる。さすが杏奈だなー、なんて呑気な感想を零す真琴と、杏奈ちゃんすごーい!なんてぱちぱちする渚をきっと睨みつければ、二人はサッと目をそらした。それで、どっちなんだ、どっちを選ぶんだ高橋!と迫ってくる先輩達に、柔道をやっている友人に教えて貰った護身術で二人手を払う。うおっ、とよろける二人から少し離れる。

「私美術部も写真部も入った覚えはないんですが」
「そうなのか?」
「そうだよ!?」

入ってるもんだと思った、とビックリしてまじまじとこちらを見るハルに、思わずため息が出る。今のうちに、と思い、そそくさとハルたちと一緒に屋上へ逃げた。ピュルルルル、と鳴きながら空を飛ぶ鳶を見付けて写真を撮る。杏奈ちゃん、相変わらずカメラ持ち歩いてるんだねーと感心したように呟いた渚にむかって、もう一回シャッターを切ってから、地面に座ってお弁当を食べ始める。男子三人はどうやら積もる話があるらしく、ジャングルと化しているプールの方向を見て話していた。じゃあ温泉部作ろうよ〜なんて案をあげた渚の声を聞き流しながらミートボールを咀嚼していると、視線を感じた。目だけそちらを動かすと、ワインレッドのポニーテールの女の子と目が合って、ぺこりとお辞儀される。どこかで会ったような……と目を細めても思い出せない。そう言えば杏奈ちゃん、知ってる?渚に声をかけられて何?と返した。この際これは放って置こう。お弁当を片付けて屋上から出ると、渚はもう階段を数段降りていた。

「小学校の頃に通っていたSC、もうすぐ取り壊しになるって」

隣にいたハルが少し驚いた様子で目を見開いた。

「だからその前に、みんなで行ってみない?」
「あれを掘り起こしに?」
「そ!夜中にこっそり忍び込んで〜」

抜き足差し足と忍び込むポーズをとった渚の横を、行くなら勝手に行けとハルが通り過ぎた。

「私もパス」
「えぇ〜?杏奈ちゃんも行こうよー」
「私それ関係ないじゃん。泳いでないし」
「でもでもぉ〜、同じSCだったじゃん!」
「今夜は予定があるの。だから行けません」
「彼氏?」
「違いますぅ〜!彼氏なんていませーん。晴れの予報なので星を撮りに行くんですぅ〜」

行くなら四人で行って。ひらひらと手を振って、私は先に階段を降りて教室に向かった。途中でまとわりついてくる美術部と写真部をあしらいながら。







星空と言って有名なのは夏と冬だろう。夏の大三角形や冬のオリオン座。小学生の頃には星座の観察をするなんていう宿題も出されていた。しかし春にも有名な星座はある訳だが、そこはあんまり詳しくはない。天文部でも無いし星の研究をしている訳でもないので、星を見ても綺麗だなぁくらいの感想しか持てない。そして今日もいつも通り海沿いの大通りで三脚を組み立ててカメラ越しに星空を見上げた。かんむり座にカシオペア、こぐま座、キリン座。持ってきた星座早と照らし合わせながら、シャッターを切っていく。さそり座が空の端っこにあるのを確認してシャッターを切ろうとした時、再び画面に人の頭が入ってきた。この一ヶ月間でもう慣れてしまってさほど驚きはない。ファインダーから顔を上げると、そこにはやはり凛が立っていた。しかしまぁ。

「機嫌が悪そうな顔してるね」
「そうか」
「なんかあった?………聞かないけど」
「悪ぃ、助かる」

お前はまた星撮ってんのか、そう聞かれて頷くとお前も飽きねぇななんていわれた。

「飽きないね。だって毎日空は違うんだもん。そう言えば、ねぇ凛」
「ん?」
「オーストラリアにいたんだっけ」
「おぉ」

オーストラリアかぁ、いいなぁ。以前本で読んだ内容を思い出しながらそう小さく零せば、んだよ、と凛は訝しげな顔をしてこちらを見た。

「オーストラリアの夜の空に南十字星ってのがあるんだけどさ、知ってる?」
「へぇ、そんなのあるんだ。空なんて気にしなかったから見た事ねぇわ」
「凛はいっつも水の中だもんね」
「まぁな、見たいのか?」
「ん?」
「その、南十字星ってやつ」
「うん、見たい。そして撮りたい」

もちろん、オーストラリアの風景も。三脚からカメラを外し、凛に向かってシャッターを切る。やめろよ、なんて言いつつも拒まない凛は優しいな、と思いつつ。

「ほらほらぁ、練習だよ、松岡選手」
「なんのだよ」
「将来だよ?だってオリンピックに出るのが夢なんでしょ?取材された時にためにもカメラ慣れしなきゃ!」
「………………ったく」

大人しくなった凛の写真を何枚か撮り、三脚をケースの中に仕舞い込む。家まで送る、必要ない、という問答を繰り返しては私が負けた。生贄に押収された三脚を持った凛と家へ向かう。

「なぁ杏奈」
「んー?」

家の前で私に三脚を渡しながら、凛はオーストラリア、行きたいんだろ?と聞いてきた。お前さっきなんの話を聞いてた。ケースを受け取ると、お前さえよければさ、と凛は私に渡すはずの三脚をぐっと掴んだ。

「お前さえよければ、連れてってやるよ」
「は、」
「じゃあな、おやすみ」

遠ざかっていく凛の背中を、私はしばらく三脚片手に呆然としながら見ていた。そう言えばお昼に会った子、凛に似てるなぁと頭の片隅で考えながら。


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