私には、幼なじみが二人いる。
私はまだ小学生だった頃、両親が仕事で忙しく、わたしは遠くのおばあちゃんちに預けられていた。知り合って間もない友達達と別れを告げ、転校をしておばあちゃんちの近くにあった学校に転入した。なぜ入れたのかも今となっては謎なのだが、私はいわゆる私立のエスカレーター式の学園の初等部に入り、小学一年生にして学力がバケモノじみた奴らがうじゃうじゃいるような学校に転入してしまった。当然ぽやぽやしながら公立の小学校に通っていた私が彼らについていける訳もなく、最初のうちは先生にズタボロ言われていたのだが………そんな話は置いといて。その小学校に通っていた頃、なんの縁か席替えをしてもずっと隣の席だった諸伏景光という男の子がいた。エレクトーンが上手で父親が船乗りの仕事をしているらしい彼は大変頭がよろしいくせに片付けることが苦手なようで、机の中はいつもくしゃくしゃになったプリントやら積み重なった牛乳瓶の蓋やら小さくなった消しゴムやらが入っていた。それを片付けるのは専ら私の仕事で、私の片付けたものを諸伏くんと持ち帰るのが彼の幼馴染であった降谷零の仕事だった。そんな降谷くんはピアノが得意で、彼の両親の仕事が忙しく、私と同じように彼も彼のおばあちゃんちに預けられていた。しかも彼の実家はどうやらうち実家と近いらしい、とおばあちゃんが言っていた。これも置いといて。たくさんの友達ができて、仲の良い女子も、それこそ誕生日まで一緒の子もいたけど、一番仲が良かったのは多分諸伏くんと降谷くんだったと思う。結局私は三年後に仕事が落ち着いた親によって連れ戻されてしまったのだが、どうやらこの何年後に降谷くんもこっちに来たと風の噂で私は聞いた。





光陰矢の如し、あれから十年後。大学生になった私は夏休みを利用しておばあちゃんちに帰ってきた。縁側で涼みながらぼんやりしていると、スイカを運んできたおばあちゃんがそういえば、と話を切り出した。

「そういえばね、」
「うん?」
「降谷くんがそっちにいるって、話したっけ?」
「うん、だいぶ前に。それがどうしたの?」
「会った?」
「いや、住所も知らないのに会える訳ないでしょ」
「会いたいと思う?」
「え、そりゃ………会えるのなら会いたいよ?」
「どっちなのかハッキリしなさい」
「アッハイ、会いたいです」

会いたいなんて言えば好きなんじゃないの?なんてからかわれると思って言葉を濁して答えたのだが、おばあちゃんはそんなことを考えていたわけでは無いようで。どこにいるのか降谷くんのおばあちゃんに聞いたんだよねー、なんておばあちゃんは立ち上がって小さなノートをとってきた。目を細めながら一生懸命ページをめくり、絶対私聞いたし書いたんだよーとブツブツ呟きながらノートを何往復したか後に、あった、と声を上げた。ほら、と差し出されたノートを受け取ると、そこには東都である事と、どこの区か、それと地名までは書いてあったが詳しい番地までは書かれていなかった。スマホを取り出して場所を打ち込む。聞き覚えがあるだけに、自分の家からそう遠くない場所だったことに気づいた。降谷くんのおばあちゃんにもっと詳しい場所を聞いてくるわ、そういえば降谷くんのおばあちゃん、引越ししたのよ、なんていらん情報を教えてくれながらおばあちゃんは電話をかけたのだが、どうやら留守らしい。前の家の電話じゃないの?と聞けば引っ越してから電話をかけてもらったのよ、これは向こうの電話番号と反論されてしまった。ノートを仕舞って戻ってきたおばあちゃんは、しょんぼりとしながら私に謝った。

「ごめんね」
「大丈夫大丈夫、」
「本当に?」
「うん、大丈夫だって、私ここ知ってるし」
「近い?」
「近い近い、近所」
「そうなの?」
「そ、だから多分そのへんウロウロしてればそのうち会える」
「それならいいんだけど………」





実家に戻った。お盆も残り一日らしいが、うちの親は今まで働きすぎていたのを部下達に言いくるめられ、あれよこれよといつの間にか一ヶ月に渡る長期休暇をとっていた。つまりお盆が終わっても彼らは家で休んでいてる事になる。家にいてくれるのは嬉しいのだが、万年新婚気分でいる彼らは隙あらばイチャイチャしているのでリビングは非常に居づらい。昼をさっさと食べてさっさとクーラーの効いた自室に引き上げ、地面に敷かれた竹のラグに寝っ転がる。片方がぬるくなったらどいて冷たいところに移動するという事を何度か繰り返しながらぼんやりとテレビを眺める。お昼のバラエティ番組ではコーディネートバトルをしていて、テーマは軽井沢のデート服、らしい。デートか、デートしたいなぁ。それにはまず彼氏作らなきゃじゃん。彼氏かぁ………彼氏と言えば、と、春先に友達とした会話をふと思い出した。彼氏がいないよーという話をした時に私は友達に向かってこう言ったのだ。おばあちゃんちにいた頃の知り合いがこっちにいるらしいんだけどね、いつかどこかの街角でばったり出会うっていう運命的な再会を待ってるんだよ、と。運命的な再会か、運命というか待ち伏せにだから必然的な運命の再会かもしれないけどいいっか、と自分の中で結論を出して私は立ち上がった。うだるような暑さの中、外に出かけるのはかなり気が引けるけど運命的な再会(ただし一方的な待ち伏せ)をするために、私は家を出た。バスで駅まで向かい、電車に乗って杯戸まで向かう。流れゆく風景を眺めながらはたと気付く。果たして降谷くんはこんなクソ暑い日のお昼に外を出歩く人間なのか、もしかするとバイトをしていて駅にすら来ないのかもしれない、いや最もな話、本当に杯戸に住んでいるのか!?うんうんと悩みながらも杯戸駅で降りる。杯戸までの切符を既に買ってしまったからとりあえず改札を出よう、エスカレーターに乗ろうとした私の肩を、誰ががポンと叩いた。

「おい、」
「ひえっ!?………え、あ?」
「………やっぱり、結城だ」

小麦色の肌にミルクティー色の髪、深い青の目は何も変わっていない。何オクターブか低くなった声に少し違和感がある。ほぼ私の記憶のままの降谷くんがそこに居た。ぽかんと口を開けていた私にを見て、降谷くんは吹き出した。間抜けな顔、そう言ってデコピンされた。これは昔よりずっと痛かった。額を抑えがなら降谷君を見上げる。身長、同じぐらいだったのに抜かされたなー、とか、ほんとに変わんないなー、とか、まだピアノは弾いてるのかなー、とか。あとは、

「かっこよくなったね」

するりと口をついて出た言葉に自分でも納得してうん、と頷いた。本当に降谷くんはかっこよくなった。今だって横を通っていく女性の視線がビシバシと飛んできてとても痛い。私の言葉に降谷くんは最初ポカンとしていたが、やがてふにゃりと笑った。すっと伸びてきた手が、するりと頬を撫でる。

「結城は、綺麗になった」
「……………う?え、あ?えっと?」
「綺麗になった」
「………いや、あの、ありがとう?」
「どういたしまして」

カッと熱が頬に帯びる。これは聞き間違えに違いない。可愛いとこそ言われるが、綺麗と言われるなんて滅多にないことで、何だかいたたまれなくなって私は目を逸らした。穴があったら入りたい、泣きそう、というか泣く。駅のど真ん中で挙動不審になっている私の手を、降谷くんは引いた。

「大丈夫?」

お前のせいだ。心の中でそう反論しながらコクリと頷くと、よかった、と降谷くんは息を吐いた。ここに住んでるの?と聞かれてふるふると頭を横に振る。そうなんだ……こちらにじっと見てくる降谷くんに、口から出任せにちょっと探検に、と返した。そっか、考え込んだ降谷くんはじゃあ、と提案する。

「俺が案内するよ、地元だし」
「ヨ、ヨロシクオネガシマス……」

なんというかイケメンって何しても様になるよなと思いつつ降谷くんについて行く。握られた手が、降谷くんの手がそれはもうザ・男!って感じの大きくてゴツゴツした手で、自分こんなことしていいのかな!?といたたまれなくて外そうとすると、そのままに、と更にぎゅっと握りしめられた。男子と話すことはあっても触れ合ったことはほとんどなかった私にとってそれはもうなんというか精神的に耐えられそうにないことで、こりゃ杯戸を案内されても1ミリも覚えてなさそうだなと思った。周り終わった時に感想を求められたら案外楽しかったと言っておこうと思う。





三年経った今でも、あれは本当に運命の再会だと思う。私が降谷くんに会おうとわざわざ杯戸に行ったことを抜きにして。もう乗りなれた電車に揺られながら、見慣れた外の風景を眺める。ポケットに入れていたスマホが震えたのに気づいて取り出せば、こつんとスマホが薬指のそれにぶつかった。まだ右側に嵌めてあるそれはまぁ言うなれば私と降谷くんがそういう関係になったことを指しており、あと数ヶ月したらその指輪はさらに豪勢なものになって左の薬指に引越しをして、私達は本当に家族になる、ということになっている。これでも遅くしてもらった方で、本当は学生のうちに結婚しようとしていた降谷くんを降谷くんの両親とうちの両親と私が説き伏せた。なんでそんなに急いでいるの?という質問に対して降谷くんは将来の夢を語ってくれた。どうやら諸伏くんと約束しているらしく、将来は警察になるのだと。そのためには大学を卒業したら警察大学校に入り一年間勉強しなければいけないこと。一年待っていたら私がほかの人に目移りしないか心配だったこと。もちろん私は怒った。それはもう思い返せば恐怖でしかないと降谷くんは言うけれど、そんなに私のことが信じられないのと言いながら一発ビンタをかまして、それから一ヶ月間連絡を取らなかっただけである。叔母にそれを言えば彼女は五歳になったばかりの可愛い従姉妹を抱き直してカラカラと笑った。従姉妹は私があげたカチューシャを大事そうに握りしめながら尊敬の眼差しをこちらに向けていた。これか将来イケメン大好きな庶民派令嬢になるとは誰が思うのだろうか、いや、思わない。閑話休題。杯戸を告げるアナウンスにハッとして電車を降りる。そういえばスマホのメッセージを読んでいなかったと思い出して画面に目を落とせば、彼からちょうどメッセージが来ていた。駅前の喫茶店で待っているというそれにスタンプを返してちょうど目の前の店に向かう。喫茶店の窓から見えたのはこちらを向いて座る彼と、その彼と向かい合って座っている誰か男の人の姿だった。カランとドアベルを鳴らして入れば、顔馴染みのダンディなマスターがこちらを見てにこりと微笑んでくれた。そんなマスターに微笑み返して、私は彼のいるテーブルに向かう。

「ごめん、待たせた?」
「いや、そうでもないよ」
「もしかして…………結城?」
「ん?あれ、もしかして、諸伏くん?」
「覚えてるか?」
「うんうん、全く変わってない!でもなんで?」
「たまたま近くを通ってな。そいやゼロがこのあたりに住んでるって思ってる。ほら座れ」
「ありがとう」
「どういたしまして、お前こそ、何でここにいんだ?」
「え?」

いたのは何とかつての隣人の諸伏くんで、懐かしい気持ちになる。進められるままに彼の隣に座れば、どうぞ、とここでバイトしているこれも顔なじみの女の子から紅茶を出された。砂糖をひとさじ加えてぐるぐると回し、口に運ぶ。

「なんでって、元々会う約束だったし…」
「ゼロと?」
「うん」
「……まじか。なんか、悪いな?」
「ううん?私もまさか諸伏くんに会えるなんて思ってなかった。嬉しい」
「そっか…………ってか、結城、一ついいか?」

人差し指を立てながら聞いてきた諸伏くんにうんと頷けば、諸伏くんは信じられないという顔をしながら恐る恐ると私の右指に嵌っているそれを指さした。

「おまえ、それ………」
「あ、これ」
「指輪?婚約指輪?」
「……そうだけど、あれ?零に聞いてないの?」
「零…………?ゼロ!?おい!!どうなってんだ!」

話が違うぞ!と軽くテーブルを叩いて諸伏くんは少し声を荒らげた。どうこもうもないよ、早い者勝ちでしょ?と頬杖を付きながら優雅にコーヒーを飲んだ零。ぽかんとする私をよそに、二人の口論はヒートアップしていく。

「早い者勝ち?いいや、先に再会した方は知らせるってことだったろ!」
「知らせたけどお前既読スルーしてただろ」
「いつの話だ!」
「三年前?ちょっといいか、って送ったらお前後でつってたろ」
「…………………は?あれか?」
「あれ」
「だったら!その後の会話で!言え!」
「思い出さなかっただろ」
「誰がお前みたいにバケモノじみた記憶力を持ってる!」
「………あぁ」
「あぁじゃねーよ!いいか?」

俺は!絶対に!認めないからな!一言一言切って丁寧に言った諸伏くんに、てもな、零は肩を竦める。両親も承認しちゃったし、そう言った零に、諸伏くんはじゃあ説得すればいいんだな!とどこかへ電話をかけ始めた。それに焦ったのは零で、二人で格闘すること五分。割と早くついた決着だが、打ちひしがれている零とガッツポーズをとる諸伏くんを見れば結果は明らかだろう。こちらもその間に知り合いとやり取りをしていて、大まかなことが決まった。やりとりの相手だった朋子おば様からどっちが勝つのか見ものねぇ、と随分楽しそうな文面が送られて来て思わず苦笑が漏れる。ぜぇぜぇと荒い息をしながら席についた二人を見て、手を挙げる。

「はいっ!発言の許可を」
「…………っは、どうぞ、っごほ、」
「………い、ごほっ、いよ、」
「もしかしてと自分の持ちうる思考力を駆使した結果ですが、私は今なんか零と諸伏くんの間で奪い合いされているのでしょうか!?」
「………うん」
「まちがって、ないよ……」
「かのマリリン・モンローは言いました。『私が結婚するのはたったひとつの理由からよ。それは、愛。』と!」
「ほぉ?」
「愛ねぇ……」
「まぁたった今おば様から受け売ったものけど。私本人は愛に関しては大して興味がありません!」
「あぁ……お前はそういう奴だよ……」
「いいきったね?」
「まぁそんな話は置いといて」

こほん。と咳払いを一つする。二人がこちらを注目しているのを確認して、言葉を続けた。

「多分さっきの電話でうちと零の結婚が白紙に戻った……んだよね?」
「…………あぁ、くそっ」
「だな!」
「で、これから私がどっちとその、付き合うなりなんなりするのかを何らかの形で決めるの?」
「あぁ」
「そうなるな」
「じゃあその賞品となる私がその何らかの形を決める権利はある?」

そう聞けば二人は少し気まずそうに顔を見合わせた。おそらくは私をものとして奪い合いすることに関して反省しているのだろうか、しかしそれを聞いても私はさほど怒っていない。なんというか、まぁ今のうちに結婚相手を捕まえた方が後々色々と過ごしやすいだろう。ノリが悪いと言われても婚約者が、や旦那が、という断り文句が使えるのは大変ありがたい。それに誰とでも結婚したいわけじゃない。小さい頃に親しみのあったこの二人だからこそ、結婚してもいいかなーと思っている。本人達の前では口が裂けても言わないけど。三年間付き合った零はともかく、まぁ諸伏くんは何とかなるだろ、多分今の今までずっとあんな感じなのだろう。ニコニコと笑っている諸伏くんを見れば、ウィンクを返してくれた。イケメンは目の保養。心の中で合掌して、おば様から送られてきたメールを二人に見せる。

「ということで、おば様に相談したところこんなものが送られてきました!」
「『愛を確かめろ』?」
「『ドキドキ50番勝負』………?」
「あー、うん、ネーミングセンスは気にしない方向で」

深夜バラエティのノリのタイトルに、少し目を目を逸らした。朋子おば様の提案はこうだ。ただの奪い合は面白くないから、勝負で決めろという事らしい。そしてただの三番勝負じゃ面白くないから、彼らが警察大学校を卒業するまでの1年間、毎週何かしらの題目で競い合い、そこで貯めたポイントが一番多い人が私と付き合うなりなんなりする、らしい。彼らも鍛えられるし見てても楽しい、ということからしてどうやら審判まで朋子おば様が買って出てくれるらしい。何から何までお世話になります。ざっと詳細を見た二人は、顔を見合わせて揃ってこちらを見た。思わずびくりと肩を跳ねらせる。

「えっと、これでいい?」
「……うん、いいと思う」
「俺も賛成だ」

そういうことになった。そうして彼らによる果てしない花嫁争奪戦が一年をかけて50回行われることになったのだが、果たしてどちらが勝つのか、その時の私は全く予想ができなかった。



果たして勝つのは?
(どっちが勝つのか投票どうぞ。勝つのは?から入れます)


だって愛だからさ


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