※名前変換なし





「ルーナ、ルーナ!」

必死に誰かを呼ぶ声が聞こえて、ステラは友達とおしゃべりしながら感心していた。恋人に愛想をつかされたのかな、とか、それでも追いかけるなんて頑張ってるな、とか。恋人はこっちに逃げているのだろうか、声が先程より大きくなった。放課後どこ行く?友人が聞いてきて、ステラはしばし考え込む。両親は帰るのが遅くなるから夕食は自由にしていいと言っていた。ファミレスで喋り倒すのはどう?そう提案すると、友人はいいね、なんて言ってにっこり笑った。その時。

「ルーナ、なんで無視するのっ!?」
「え?」

パシッと手を掴まれて、ルーナと呼ばれる。ルーナって、私の事なの?私ステラだけど。頭の中をハテナマークが飛び交い、ステラは掴まれた手を辿ってゆっくりと振り返った。そこにいたのは自分よりはいくつか年下の男の子。明らかに小学生。人違い、じゃ?声を掛けると、その子はハッとしてごめんなさい。とぺこりとお辞儀した。あれ待って。ステラは固まった。隣の友人は顔が青ざめている。ごくりとつばを飲み込んで、ステラはその子供、この国の王子であるノクティス・ルシス・チェラムと視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「申し訳ありません、ノクティス王子。人違いかと思われます。私は貴方様の言うルーナではないのです」
「え?だって」
「私はステラ。ステラ・アマデウスと申します。ノクティス王子」
「ステラ……」
「はい。では、失礼します」

あとを追いかけてきたのだろうか、メガネの男が駆け寄ってきて、ご迷惑をおかけしました。行くぞノクト、とその背を叩く。その男にぺこりとお辞儀をして、ステラは突っ立ったままの友人の腕を引いて歩き出した。今日の事はこれからじっくり語らないと。そう言えば、友人はこくこくと頷いた。ステラ・アマデウス。十四歳の中学二年生。両親は小さい頃に死別しており、現在はインソムニアに住むアマデウス夫婦の養子。インソムニアでは滅多に見られない銀に近い金髪と、空のような青い目という浮世離れしたその容姿により、小さい頃はよくそれをネタにからかわれた。現在は小中高大とエスカレーター式のお嬢様学校と言われる学校に通い、友人もそれなりにいる。目下の楽しみは来月の社会科見学だ。先ほど会ったノクティス王子の住む家、というか城。インソムニア城の見学の予定だ。





「ステラ」
「おや、どかなさいましたか?ノクティス様」

あれから月日は経ち、きっかり十年後。卒業後に王室庁、というよりはノクティス直々のスカウトにより、インソムニア王室庁に就職して早二年。異例の出世により多くの部下を抱えるステラの執務室に、久々にノクトが訪ねてきた。ノクティス様がいらっしゃるとは珍しいことですね。そう言えばノクトでいいつってんだろ、と少し拗ねた声が聞こえた。

「そういうわけには行きませんよ。私は王室庁に勤めるただの一般市民です」
「王子命令だ」
「なりません」

この押し問答はノクトとステラが出会った十年前から続いている。プロンプトは結構すぐに呼んでくれたのにな。とチラチラこちらを伺うノクトに、プロンプトはノクティス様のご学友でしょう、と言えばノクトはぐっと言葉に詰まった。じゃあ後輩だし。などと苦し紛れの言い訳に出身校が違います、と言えば今度こそノクトは完璧に沈黙した。勝者、ステラ・アマデウス。紅茶と取り寄せた瓶入りティラミスを出せば、ノクトは目を輝かせて応接セットのソファーに座った。蓋を開けてスプーンを突っ込む。やばいうまい。感動しているノクトに、それで?とステラは聞いた。

「わざわざ私の執務室にいらっしゃるとは、どのような要件ですか?」
「ん、要件って言うより報告。結婚する」
「左様ですか。それは喜ばしいことですね」

おめでとうございます。おう、ありがとう。テンプレ通りの会話を交わし、室内は沈黙に包まれた。スプーンがガラス瓶にカチャカチャとぶつかる音が何度かして、止まる。紅茶をすすったステラは、目の前から感じる視線に、顔を上げた。

「?、どうかしましたか?」
「………気になんねーの?」
「何が、ですか?」
「相手、とか」
「………………あぁ。ご結婚なさるのですね」
「今更!?」


実感が湧きません。そう言えばノクトは変な顔をした。お前が結婚するわけじゃないだろ。そう言われて、そうですが、とステラはじっとノクトを見つめた。なんだよ、とノクトは居心地悪そうに少し身じろいだ。

「私の記憶の中のノクティス様は、私を別人と見間違えたあの時のままですから」
「古っ」
「それで、要求に従いお聞きしますが、お相手はどなたでしょうか」
「ルーナ、ルナフレーナ」
「これまた随分懐かしいお名前を」

驚いた様子のステラに、だろ、とノクトは笑う。まぁ決められた結婚だけどな、と付け加えられた言葉に、満更でもなさそうですが、とからかってやると、ノクトはほんのりと顔を赤くした。

「なんつーか、うん。うん。」
「自己完結なさいましたね」
「うっせ。お前は来るだろ?」

結婚式。そう聞かれてステラはいいえと頭を横に振った。へぇー来ないのか…え、来ねぇのか!?ビックリして身を乗り出したノクトに、ステラは体をそらした。

「仕事が入っているので」
「はぁ?お前だって俺の専属の、秘書?じゃん」
「えぇ。そしてノクティス王子がスムーズに旅に出られるようにサポート致すのが私の仕事なので」

車の手配に関所の手配、船の手配、ホテルの手配。結婚式の服装の手配、帰ってきてからの披露宴の手配。先程上から降りてきた大量の手配書を見せれば、ノクトはその量の多さに眉を顰めた。

「なんか、わりぃな」
「いいえ。王子のご結婚ですから」

これからもっと忙しくなりますよ。そう伝えようと口を開こうとした瞬間、ジリリリリ、と壁にかかっていたレトロな電話が音を立てる。失礼します、そうノクトに声をかけて、ステラは電話に出た。その後ろ姿を、ノクトはぼんやり見つめた。そしてふいにその背筋がピンと張られ、明らかにやらかしたというような顔をしたステラが振り返る。

「どした、」
「い、いえ、」
「ん?」
「その、レギス陛下から…」
「オヤジから?」
「ノクティス様も来いと…」
「ふぅん、行くか」

部下達に仕事を任せて、ステラがはノクトと共に執務室を出る。滅多に乗らない謁見の間直通のエレベーターに乗り、最上階にたどり着く。謁見の間のドアを四回ノックすると、入れ、という声がした。失礼します。そう声をかけて入れば、玉座にはレギスが、その両隣にはクレイラスとコルが控えていた。頭を下げると、よい、と声が掛かり、ステラは顔を上げる。インソムニアを守るために張られている魔法障壁が原因で、随分歳を食っているように見えたレギスは、ニッコリとステラに笑いかけた。

「久しぶりだね、ステラ」
「お久しぶりでございます、レギス陛下」
「一緒にいるところを見ると、どうやら結婚の話はノクトから聞いたのかな?」
「えぇ」
「そうか。ふむ、ステラ・アマデウス」
「はい」
「君にはノクトの旅に同行することを命ずる」
「…畏まりました」

深く頭を垂れたステラに、よい、とレギスが声を掛ける。頭をあげたステラを、クレイラスが呼んだ。

「ステラ」
「はい、」
「ノクティス王子と旅をすることに関して、お前にはひとつ守って貰いたい約束がある」

約束、少し警戒心を滲ませたその表情に、そんなに身構えることではない、とクレイラスは両手をあげた。その髪色を黒く染めてほしいだけだよ、と言えば、ステラはぽかんと口を開けた。

「君のその髪色は目立つからね。外だとトラブルに巻き込まれやすいんだ」
「そう、でしたか。分かりました」

全ては彼女達のためである。失礼しました、とステラとノクトが出ていったドアを見て、レギスは大きく息を吐いた。





古くからテネブラエ王国では、双子は忌み子とされてきた。たとえ双子が生まれても、あとから産まれた子供はそのまま命を絶たれる習慣があった。そして当時のテネブラエ王国の元首であったシルヴィが医者から双子を懐妊したと聞かされた時、彼女は絶望し、そして決意した。お腹にいる二人の子供は、どちらが一方も欠けることなく、この素晴らしい世界を生き抜いてほしいと。たとえそれが片方手放すことになろうとも、だ。そうして生まれた双子の女子は片方はルナフレーナ、もう片方はステラと名付けられ、神凪の血をより濃く継いだ姉のルナフレーナはテネブラエに残し、妹であるステラはルシス王国のレギスを通じてインソムニアのある子の授からない家庭に養子として迎え入れられた。これはシルヴィと、彼女の主治医と、立ち会った助産婦、メイドのメアリー、そしてレギスしか知らない事実である。ステラ・アマデウス。本名、ステラ・ノックス・フルーレ。神凪の血を継ぐフルーレ家の一員で、ルナフレーナの隠された双子の妹である。


Pandora


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