心の温度I

「リーズっ!」
「いら……ライラじゃないの。どうしたの?」
「んー、これの修理頼みたくて」

そう言いながらライラは腰から細剣を引き抜いてカウンターに置いた。緩やかな弧を描く護拳部分はアカンサスの葉がモチーフ、グリップには滑り止めも兼ねて王冠の模様。ポメルの部分には白百合をモチーフにした模様が細やかに彫刻されている。攻撃力はともかく、芸術品としても価値が高いものだ。レッヒェルン・マリアと名付けられいるそれは、図案を描いたのはライラだが、もちろんリズの製作で。そんな細かいもの、よくサラサラ描けるわね、とリズが目を丸くしたのは記憶に新しい。そう、この細剣はまだ作ってまもないものなのに、もう修理に出されのだ。美しく攻撃力も高いこの細剣なのだが、唯一とも言えるのが耐久値の低さ。だから高頻度で使うなって言ったでしょーが、そう言いつつ、リズはん、と手を差し出した。どうぞ、と慣れた手つきで鉱石を差し出したライラは、だってぇ、と言い訳の体制に入る。かっこいいし、自慢したいし、この細剣作ったリズは凄いんだぞ!ってみんなに教えたかったんだもんー。むぅ、なんて唇をとがらせて言うライラに、ホントかなぁ?とリズが胡散臭そうな目付きで見た。でもさぁ、無駄に装飾凝ったから耐久値低い気がするんだよねー、なんて言ったリズに、そう思わなくもない、とライラがカウンターに肘をつきながら同意した。

「やっぱり鉱石がダメなのかなー」
「うーん、もっといい鉱石があればなぁ……前線組のライラさんや、なんか心当たりはないの?」
「えぇ〜〜最近アルゴさんと会ってないからそんなに情報を仕入れてはないんだけどさぁ……」

うーん、とカウンターに突っ伏してうんうん唸っていたライラは、あ、そう言えば、と体を起こした。

「なんかすごいインゴットがあるって話は聞いた!」
「なんかすごいインゴット?」
「うーん、55層のどっか西の山のドラゴンが持ってるインゴットだって、ちらっと聞いたんだけど……」
「へぇ〜じゃあそれがあればライラのそれも耐久値は上がるわね」
「うん。でもあそこ寒いらしいし、マスタースミスないと取れないし、行くの面倒くさいなぁー」
「あなたねぇ……」

はい、修復完了。耐久値が満タンになったのを確認したライラは、ありがとう、と言ってそれを腰に戻した。これお代ね。渡された金額を確かめて毎度どうも、とリズがそれをポケットにしまう。

「帰らないの?」
「んー、アスナと待ち合わせしてるの」
「ここで?」
「うん」
「あのねぇ……」

うちはあなた達の待ち合わせ場所じゃないのよ?そう言いかけたリズは、工房側のドアが開いたのに気付いて工房へと移動した。その後ろをライラがついて行く。中に入れば、そこにはやはりというか、アスナが来ていた。やっほー、リズ。これの修理を頼みたくて。手に持っていた細剣、ランベントライトを見せたアスナに、はいよ、ちょっとまってて、とリズが機械を動かし始めた。ライラがアスナに駆け寄る。

「アスナ〜!」
「ライラ!」

きゃー三日ぶり〜!と手を合わせてぴょんぴょん跳ねる二人に元気だなぁと思いながらリズはアスナのランベントライトを磨いていく。リズにとって三日ぶりと言ってもそんなに間は開かないのかもしれないのだが、前線で戦っている攻略組である二人はそれこそ毎日のように会っているのだから、三日と言うとはいえど、彼女達にとっては久しぶりなのだ。これ準備したの、アレ準備したの、と、アイテム欄を開きながらお互い見せ合いっこしてる二人に、リズが首を傾げた。

「なぁに、これから二人でレベリングに行くの?」
「ちがいまーす」
「ライラの家にお泊まりするの!」
「へぇ……あ、そっか」
「うん、そうなの」

こくり、と頷いたライラが、リズも今度遊びに来てね、と笑う。きっかけは三人でお茶していた時のことだったのだが、ふと攻略組にいる二人だから、さぞ大金持ちでいい生活をしているのだろう思ったリズがアスナとライラの二人に投げかけたのだ。二人はどんな家に住んでいるのか、と。二人は顔を見合わせ、そうね、と先に口を開いたのはアスナだった。そんなに大層な所じゃないわ。と挙げたのは最近分譲が始まった54層の中心街にあるアパートメントで。攻略組であったために先行で安値で入手したのだと言っていたのだが、それでもなかなか値段の張るもので。ひゃーと悲鳴をあげたリズは、ライラはどうよ、と聞いた。個人的にやっているビアンカというアクセサリーショップのおかげで潤沢な資産があるライラのことだし、さぞかし贅沢な暮らしをしているのだろう。そう予想したリズは、ライラの次の一言に絶句した。

「私?普通に宿を週単位で借りて住んでるけど」
「はぁ!?」
「うそでしょ!?」

何を考えているのかしら、キリト君は。低い声で呟いたアスナの声は二人の耳には届かなかった。ほんとに言ってるの!?ガッとライラの肩を掴んで揺さぶったリズに、ちょっと、吐きそう、とライラが手で口元を覆った。

「あんだ!よく!いままで!平気で!過ごしてこれたわね!?」
「えぇー?」
「こんなに美少女なのに!!!」

よく、無事で、ここまで来れたわね。涙目のリズにぎょっとしながら、ライラいや、平気に決まってるじゃない、とリズをなだめる。

「角部屋だし、隣の部屋にはパーティーメンバーがボディーガード替わりに居るし、それに、なにかしようとしても倫理コードに引っかかって何も出来ないでしょう?」
「それでもだよぉ……よしよし、よく頑張ったわねぇ……」

ぎゅうと抱きしめて頭を撫でてくるリズに苦笑しながら、ライラはリズの背中をポンポンと叩いた。そんなふたりの前で、バン、とアスナが思いっきり机を叩いた。余りの音の大きさに、抱き合っていた二人がびくりと肩を震わせる。ア、スナ……?少し怯えた目でこちらを見上げるライラに、アスナは静かに告げた。

「家、買うわよ」

一緒に家探しに行きたかったが、仕事があるからと泣く泣く別れたリズに、ちゃんとした家を探すことを約束し、ライラのことを任せたキリトを呼び出して一通り締めたアスナは、二人を連れて不動産屋に行き、ライラの家探し始めた。こういうことには疎いキリトはライラとアスナに任せると言ったっきり静かに後ろをついてきている。半日かけて様々な階層の様々な家を見て、ライラが決めたのはロンドンのベイカーストリートを模して作られた60層にあるタウンハウスの一つだった。小さな庭と屋上のある二階建ての3LDKで、値段は少し高いように思えるが、副業でもそこそこ稼いでいるライラが支払えばさほど高いものでは無い。内装のリフォームや家具やインテリアなどちまちま買い揃え、やっと住める家になったのはつい最近のことである。引越し祝いのパーティーはまた今度開催されるとして、まずは、とライラは今回新居購入の立役者であるアスナを招いてお泊まり会を行う予定であった。
修理を終えたランベントライトを受け取り、代金を支払ったアスナは、ライラと共に店を出て新居へと向かった。60層へと飛び、移転門広場から歩くこと5分。ライラの新居がそこにあった。外観は買った時から変わっていないが、中はガラリと変わっていた。シンプルだが上品なインテリアでまとめられている室内は、以前現実で訪れたライラの実家を彷彿とさせる。おじゃましまーすと中に入れば、おぉ、来たのか、とキリトが顔を出した。最初はライラだけここの家に住むことになったのだが、やはりこんなに可愛い美少女に一人暮らしさせてはいけないと捲し立てたリズに、じゃあ、とライラが提案したのは二階にある三つ部屋の内の一部屋をキリトが住む、というものだったが、金も出してないのにノコノコ行って住むわけには行かねぇよ、とはキリトの弁。しばらく問答は続き、じゃあとライラが示した、格安の家賃を払って住む、という条件に、キリトがやっと頭を縦に振った。ちなみに三つ目の空いている部屋はライラがアクセサリー作りの工房として取ってある。一階と屋上を軽く案内してからリビングでお菓子をつまみながらきゃいきゃいとガールズトークを始めた二人に、荷解きも終えリビングで二人を眺めていたキリトがなぁ、と呼びかけた。

「ちょっとお二人さんに聞きたいことがあるんだが」
「私たちに?」
「なに?」
「いやさ、オーダーメイドの片手剣を作ろうと思うんだけど、なんか腕のいい鍛冶屋知らないか、って思って」
「へぇー、オーダーメイドの片手剣」
「鍛冶屋かぁ、」

あ、とライラとアスナが顔を見合わせた。鍛冶屋ならさっき寄ってきたではないか。リズの鍛冶屋がいいよ、とアスナが紹介して、ライラが場所を教えた。二人の勧めなら間違いはねーな、とうんとキリトが一つ頷いて、ありがとな、と言った。いえいえどういたしまして。二人はにっこり笑って、先程までしていた話を再開させた。そんな二人の、いや、ライラを、キリトはしばらくじっと見つめ、それから大きなため息をひとつ吐いて立ち上がった。ちょっと出かけてくるわ、そう声をかけて外に出たキリトは、レベリングをする訳でもなく、そのままエギルの店に向かった。





警戒心が無さすぎる。そう項垂れながら飲み物を一口含んだキリトを見て、エギルは半目になった。

「なんでオメーがライラと一緒に住むことになってんだよ」
「いやそれは俺も思ってるわ」

とにかく警戒心が無さすぎて俺は心配です。というか持たない。いよいよ机につっぷしたキリトに、店に突撃されてからそれだけしか聞かされてなかったエギルはだからどういうことだ、と説明を求めた。うーん、と唸ったキリトは、いやさ、と言葉を続ける。

「宿屋を転々としていた頃はアイツも一応外である事を認識してるから、部屋着は割ときっちりした普通のもんだったんだよ」
「……まてよ、まさか」
「それがさ、引越して一軒家を持った途端に私的な空間だと認識したんだろうな。気が抜けたようで」

はぁ、と溜息をつきながらキリトのまぶたの裏に浮かんだのは本日家の中で見た部屋着姿のライラだった。チュールを何層も重ねたふんわりとした膝上丈のワンピースに、小花の刺繍がされていたシースルー素材のボレロ。正直に言うととても可愛かった。そして程よい肉付きのずらりとした手足とか。華奢だなぁ、とか、白い肌が映えるなぁ、とか。ふとした瞬間についつい凝視してしまっては自己嫌悪に陥る。そんな無限ループに陥っている事を正直に話すと、目の前のエギルは殺気立っていた。表出ろよ、ちょっと半殺しにしとくからさ、得物の斧を取り出しながらそう言うエギルに、ちょっとホント勘弁してください、とキリトが降参したように両手を挙げた。冗談だよ、全くそうでないように言ったエギルが斧を仕舞う。

「んで、」
「なんだ?」
「お前、今晩はどうすんだ?」
「ライラの友達がお泊まり会に来たから、エギル、ちょっと泊めてくれ」

明日は新しい剣が欲しいからそのままここから鍛冶屋に行く予定だ。と聞いてもない明日のスケジュールまで告げられたエギルは、おうおう泊まってけ、と腰を上げた。あ、晩飯お前のおごりな、と付け加えるのを忘れずに。



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