圏内事件

「村の中に敵を引き付けて、彼らかNPCを攻撃している間に叩きます」
「ちょっと待てよ、NPCだって」
「生きているから?破壊されたって、再びリスポーンされるんです」

今回の作戦の司令を任されているのは私です。私の指示には従ってもらいます。キッパリ言いきったアスナに、静かに話を聞いていたライラが進み出た。髪色と目の色を変えれるようになったことが発覚して以降、ライラはもう自分を隠すことはしなくなった。腰まであるプラチナブロンドは緩く束ねられていて、それはライラが歩く度にふわふわと揺れていた。彼女の容姿や、白い服を好んで着ている事からプレーヤーの間では呼び名が”赤ずきん”から”白雪”に変わり、”閃光のアスナ”ことアスナと人気を二分しているとかなんとか。アスナとは現実からの知り合いらしく、仲の良い姿は何度も目撃されており、裏では二人の親衛隊ができているとなんとか。そんなライラがアスナの前に進み出たことで、フロアモンスター攻略会議の会議部屋が少しざわついた。進み出たライラを見て、なに、とアスナが問いかけた。ライラ一度目を伏せ、やがて決意したようにアスナを見た。

「もし。もしアスナがこのままこの作戦を実行するんだったら」
「するわ」
「私はこの作戦には賛同できないわ」
「聞いたでしょう、私の指示には従ってもらうって」
「じゃあ、私は今回の作戦、降りるわ」

と分かればここに用はないわね。じゃあアスナ、またね。部屋を出ていったライラを、おいちょっと待てよ、とキリトが追いかけて出ていった。そんなふたりの後ろ姿を見送り、アスナは心の中で小さなため息を吐いた。







その一ヶ月後。レベリングの帰りにある木の下を通り掛かったアスナは、そこにいる二人を見て思わず足を止めた。二人眺めながらしばらく思い巡らせ、近づいたアスナは、とりあえずキリトの方から起こすことにした。どうやらたぬきの寝入りだったらしく、近づいてきただけで目を開けたキリトは、よぅ、と手を挙げてアスナに挨拶をした。それを無視し、アスナはライラを見た。日の光を何ともせずに眠りこけるその姿に、苦笑が漏れる。何か言われるのではないのか、と身構えていたキリトに向き、アスナはとりあえず嫌味をぶつけた。

「レベリングもせずにここで昼寝なんて、随分呑気なものね?」
「おいおい俺のせいかよ」
「あなたのせいじゃなかったら誰のせいなの」
「天気がいいから昼寝しようって言い出したのはライラだからな?」

これでどうだ、と言わんばかりの顔をしているキリトに、アスナはむっとしながらもアイテム欄からブランケットを取り出してライラにかけた。お、なんだ、という顔をしているキリトをひとつ睨んで、ライラの隣に座る。まぁ今日はアインクラッドの中で最も良い天気に設定されているんだ。寝なきゃもったいないだろ。くぁ、と大きな欠伸を噛み殺したキリトは、寝ているライラとアスナが睡眠PKにより殺されないよう、護衛を引き受けようとしているのか、眠気を覚ますために剣の素振りを始めた。そんなキリトの姿を見ながら、確かにこんなにいい天気だと、とぼんやり思いながらアスナはゆっくりとまぶたを閉じた。







「いまなーんじだ」

目を閉じたまま問いかけると、午後の三時、と返事が返ってきた。じゃあおやつだ。日差しに少し目を細めながら起き上がったライラは、自分にかけられていたブランケットにはて、と首を傾げ、隣で寝ているはずであろうキリトを見るが、そこには何も無かった。俺はこっち、の声に前を見れば、ラフな格好をしたキリトが石の塀の上に座っていた。じゃあブランケットは誰が、と目を瞬かせていると、隣、と指をさされ、さっき見たのと反対側を見た。

「アスナだ……」
「おう」
「めっずらしー。怒られなかった?」
「まぁ、ちょっとは」

自分にかけられていたブランケットをアスナにかけ直して、ライラはキリトの隣に座った。アイテム欄から暖かい紅茶とスコーンを取り出して二人でかじる。ピロン、と軽快な音がして、キリトは隣にいるライラを見た。メッセを受け取ったらしい。送られたメッセを見たライラは、あっ、と大きな声を出して、慌てて後ろを見た。アスナは起きなかった。それにほっとしながら、ライラは石垣を飛び降りて着地した。

「シリカのレベリングの手伝いをするって約束、忘れそうになってた!」
「おいおい…大丈夫か?」
「大丈夫!間に合う、はず!」
「はずぅ?」
「帰ってくるのは明日の夜になるから!じゃあ行ってくるね!!」

割り振られた筋力パラメーターを活用し、目にも止まらぬ速度で去って行ったライラの背中を見送って、キリトは未だすやすやと寝ているアスナを振り返った。







楽しい楽しい一泊二日のシリカとのレベリング合宿を終え、ライラが宿に帰る頃には空はもうすっかり暗くなっていた。一階の酒場部分でNPCの女将と話をしていると、どうやらキリトはまだ帰ってきていないという話になり、じゃあ私が迎えに行きますよ、とライラは部屋に戻る暇もなく再び外に出ることになった。マップ情報を開けば、キリトは案外近くに、アスナと二人でいた。

「みーっけ」
「ライラか。おかえり」
「ただいま。ところで、二人で何してんの?」

そう聞けば、二人は顔を見合わせた後になんでもないよ、と首を横に振った。それにムッとして、ライラはえぇーっ!と大声で叫び、それからしょんぼりした顔をして、目に涙を溜める。

「仲間はずれにされちゃった……」

二人はすぐに慌て始めた。ごめんね、そんなつもりじゃないのよ?でもライラを巻き込むのも悪いと思って!ね!いやぁ〜〜ちょうどライラにもこの話どう思うか聞こうと思ったんだ〜?と苦し紛れにキリトが言い訳を並べ終わるや否や、ほんとっ!?とライラが顔をあげた。その目に涙は、ない。

「うっそぉ」
「騙されたわ……」
「じゃあ、全部、きっちりと話してね」

項垂れる二人の間で、ライラはふんふんと鼻歌を歌いながら宿に戻り、とりあえずとキリトの部屋に入る。仕事しながらでいい?と机にものを広げながら言うライラに、どーぞ、とキリトがライラの部屋から一脚椅子を持って来てアスナの立っているところに置いた。アスナが代表して、ライラがシリカの所に行ったあとの話を話し出した。睡眠PKから守ってくれた代わりにキリトにご飯を奢ることにしたアスナは、夕食を摂ろうとしたレストランで悲鳴を聞き、キリトと駆けつけると、そこは圏内であるにもか変わらず殺人事件が起きたこと、キリトがデュエルPKの線で探したが、周囲にはwinner表示がなかったこと、そして殺されたプレーヤー、カインズと知り合いであったヨルコに昨晩話を聞いたが、そのヨルコも今日二人の目の前で殺されてしまったこと。キリトは二人のプレーヤーが殺されたという方法についていくつか例をあげたが、やはりどれも実現が不可能で若干迷宮入りしている、と話を締め括った。どう?紅茶を啜りながらアスナがライラに聞いた。カチャカチャとアクセサリーの金具を弄りながら、ライラはしばらく考え込んでから二人を振り返った。

「死んだのを、目の前で見た?」
「あぁ、ポリゴンになって散っていったのを俺や、その場にいたプレーヤーはみんな。ヨルコさんは俺らと、もう一人、彼女達がいた黄金林檎のメンバーだったシュミットさんが」
「あぁ、聖龍連合の。……でも、それってさ、本当に死んだの?」
「死んだわ。みんな見てるって、キリト君が言ってるでしょ。問題は殺された方法なのよ。もし誰かがPKの抜け道を見つけてそれを広めてしまったら…!」
「だからさ、なんで死んだことを前提に話してるの。って聞いてるの」

ライラが少し大きな声を出してアスナの話を遮った。

「システム上、何も細工しない状態で圏内で人を殺すのは不可能な事だって、二人ともわかってるじゃない」
「そりゃそうだ」
「じゃあこう考えればいいのよ、死んではいないけど、破壊時に形成されるポリゴンを見たから死んだと勘違いしたって」
「じゃあなんで!」
「彼、なにか装備していなかった?」
「何かって……防具を………あ、」
「キリト達が見たのはもしかしたら耐久値の低かった防具が破壊されたエフェクトかもしれないってことよ」
「じゃあその殺された人は?」
「いくらでも方法があるじゃない」

不可視のポーション、透明ポーション、まぁこれらはここの世界には存在しないけど。もう一つ、あるじゃない。机に置いてあった宝石箱から青い欠片を出したライラは、ん、とそれをふたりの前に突き出した。あっ、と二人が声を揃えて叫び、目を丸くしてライラを見た。

「「転移結晶!」」
「そ。転移結晶。装備が破壊される寸前、もしくは自分のゲージが限界まで来た時に転移結晶を使ってその場から消えれば、残るのは装備が破壊された時に生成されるポリゴンだけ。物を圏内で壊してはいけない、なんて制約はないからね。十分にごまかせるでしょ」

特に初めて圏内での殺人事件に遭遇して動揺している人達の前じゃ、効果は絶大だよ。そう話を締め括ったライラは、ちょっと待ってよ、と独りごちて俯いた。あごに手をやりぶつぶつとなにか一通り話したライラは、訝しそうな目でこちらを見るアスナを見た。

「ヨルコさんとフレンド登録したって、言ったわよね」
「えぇ」
「彼女が今どこにいるか、分かってる?」
「ちょっとまってて……19層のフィールドにいるわ」
「………グリムロックさんって、グリゼルダさんと結婚してたって言ってたわね」
「えぇ……」
「結婚することによってアイテムストレージが共有になる………もし片方が殺されればアイテムは残された片方に入る」
「……それが、どうかしたのか」
「手に入れた指輪を売ろうとして出かけたグリゼルダさんは消息を絶ち、数日後には死亡されたことが確認された。でも、彼女が殺された時点で、グリムロックさんは彼女が殺されたことを知っていたはずだった」
「え?」
「結婚することによって二人で使っていたストレージが無くなり、個人のストレージの中に結婚相手のアイテムが入るようになるから……」
「まさか、グリムロックさんがグリゼルダさんを殺したって言うの?」
「いいや、グリムロックさんにはアリバイがあるでしょう、みんなと一緒に見送ったっていう」

そこまで言って、ライラは沈黙した。しばらく目を閉じて考えていたライラだが、何かに気付いたようにハッと顔を上げて部屋を飛び出した。その後を、あわててキリトとアスナが追いかける。

「どうした!」
「やばいかもしれない」
「何?」
「走りながら説明する」

NPCの女将にできるだけ早めに戻るから!と叫んで宿屋を飛び出したライラは、移転門に走り19層へと飛び始める。一体何がやばいの、険しい顔で聞いてくるアスナに、ライラは黄金林檎の三人が、と返した。

「グリムロックはグリゼルダさんを間接的に殺したんだ」
「なぜ?どうやって」
「理由はわからない。そこは個人的な問題だから。でも方法は簡単だよ。依頼をするの、殺人ギルドに」
「まさか!」
「どこでパイプを持ったのかはわからない、でも、もし依頼したギルドがあそこだったら……」
「あそこ……?」
「聞いたことあるでしょう、ラフィン・コフィン……ラフコフよ」

最近SAO内でも噂になっている殺人ギルドだった。思わず息を飲んだアスナに、ライラは顔を歪めた。

「99%そこではない、とは思いたいけど、1%でも可能性があるなら、助けに行く事に越したことはない!」

果たしてその通りだった。ギリギリの所でキリトが割り込み、事なきを得た。三人を木の影から伺っていたグリムロックも無事捕まり、事件は収束した。



v