黒の剣士II

「と、いうことがあって。アスナ、スイッチ!」
「はーい!へぇー、ビーストテイマーの女の子ねぇ」

アスナの攻撃でフィールドモンスターであるクリスタルバードを倒し、二人は道端によけた。レベル、どぉ?ステータス欄を覗いてきたアスナに、ライラは自分のそれを見せた。

「今さっき77の半分を越したところ。このペースだと夕方には並ぶわ」
「そう、よかった。お昼にしない?」
「する!」

モンスターのあまりスポーンのしなさそうな平原の木の下を選んだ二人は、地面にレジャーシートを広げて腰を下ろした。それぞれのランチボックスを取り出して広げる。アスナはサンドイッチ、ライラはおにぎりを持ってきていた。

「型抜きサンドイッチ!かわいい!おいしそ〜!」
「ライラこそ、かわいいおにぎりじゃない。薄焼き卵で包んできゅうりでデコレーションか…、参考にさせてもらうわ」
「サンドイッチちょうだい!」
「ふふ、いいわよ。そのかわりおにぎりと交換ね!」
「もちろん!」

さぁどうぞとお互いのを交換して、二人はいただきます。と手を合わせる。街中で既製品を買って食べるのもいいのだが、こうやって自分たちで作って食べるのも醍醐味の一つだ。ゲームからなかなか脱出できないストレス発散にもなるし、料理人のスキルも上がって作れる料理も増える。まさに一石二鳥。そろそろスイーツに挑戦してもいいころかな、と料理人のスキルルベルを思い出しながら、ライラはアスナのサンドイッチを食べる。スモークサーモンっぽい何かとアボカドっぽい何かのサンドイッチだった。おいしい!と目を輝かせるライラに、アスナもこのオムライスのおにぎり、イケるわねと笑った。お昼ご飯を平らげて、二人は少しぼんやりと平野を眺める。太陽に当たりに木陰を出ようとしたライラを引き止めかけたアスナは、そういえばそうだったと思い出して、ライラを追いかけて日向に出た。

「よかったわね」
「ん?」
「ここじゃあお日様の下に出れて」
「うん。うれしい!」

リアルじゃ、日中に外に出るのは大変だってから。体中に日焼け止めを塗り、夏でさえ長袖に長ズボン。日傘は一年中常備。その時のことを思い出してげんなりとしたライラの頭を、アスナが撫でた。甘えるようにアスナにすり寄ったライラは、だからね、と言葉をつづけた。

「パパやママやお兄ちゃんに会えないのは寂しいけど、こうやって好きな服を着て外に出れれるんだったら、いいかなーって。あ、でも、もちろん、現実には帰りたいよ?」
「そっか」
「現実に帰ったら、まずはアスナと一緒にいっぱいおしゃべりしたい!お菓子とか準備してね、」
「私と?キリト君とじゃないの?」
「なんで?アスナとがいいの」

名前と住所知ってるし。じゃあキリト君の住所知ってたらキリト君と会うの?そう聞いてきたアスナに意地悪!とライラはぷぅと頬を膨らませた。うーん、と考え込んだライラは、それでもアスナかなぁ、と返した。

「だってパパとお兄ちゃんでおなかいっぱいだもん…」

そう疲れたように言ったライラに、娘のためにならとなんでもやるライラの父と、シスコンをこじらせた残念なイケメンであるライラの兄を思い浮かべたアスナは、あぁ、そうね…と口元をひきつらせた。





レベルは順調に上がり、最後に見たキリトのレベルとほぼ差がないところまできた。夕方までかかると見込まれていたレベル上げだったが、昼食後の一発目で遭遇したレアモンスターのおかげで大量の経験値が手に入り、あっさりと終了。アスナに今回のレベル上げに付き合ったお礼として解毒結晶のかけらで作ったクローバーのペンダントを渡したライラは、キリトとシリカにメッセージを飛ばして47層に向かった。相変わらず花が美しい階層である。存分にイチャイチャしている大勢のカップルの横を通り過ぎていったライラは、ふと聞こえた歌声に、思わず足を止めた。SAOのメインテーマに自分で作った歌詞をつけたであろうその歌は、聞いててとても穏やかな気持ちになれる。キリトたちの合流に少しくらい遅れてもいいか、そんなことを考えながら、ライラは歌声のするほうへと足を向けた。白の帽子とマント。青いワンピース。吟遊詩人なのだろうか。ライラはその後ろ姿に声をかけた。

「あの、」
「はい、」
「さっきの歌を歌っていたのって、あなた?」
「そ、うです」

なにか、ダメでした?眉を下げてこちらを見上げて来る女の子に、ライラはううん、と頭を横に振った。

「全然。とても素敵な歌だったから、誰が歌っているのかなって思って。私はライラ、あなたは?」
「わ、私は、私はユナ」
「ユナちゃん……!素敵な名前ね!」

恥ずかしそうにモジモジしていた手を取り、ねぇ、と声をかける。

「私、あなたのパトロンになりたいの!」
「ぱと、ろん?」

首を傾げたユナは、なんですか、それ、とライラを見る。うーん、ライラは唸った。

「私もよく知らないけど、援助?をすることかなぁ」
「援助?」
「うーん、なんて言うか、ユナちゃんの力になって、もっといろんな人にユナちゃんの歌を聴いて欲しいから、その手助けをする!っていうこと!」

どう?悪くない話でしょ?ニコニコと笑ったライラに、ユナはしばらくキョトンとしたが、でも、と俯いた。

「そんなみなさんに見てもらえるほど大層な歌ではないし……私はただ、歌うのが好きなだけで……」
「そんなことないよ!少なくとも、少なくとも私はとても元気を貰えたわ」
「ライラさん……」
「だから、ね、いいでしょ?いいよね?」

じゃあ、とりあえずフレンドになろう!とユナにフレンド申請を行い、承認されたのを確認したライラは、手始めにこれ、とアイテムの転送を始めた。送られたアイテムにざっと目を通したユナは、そこに書かれている名前を見てギョッとした。

「こ、これ、受け取れませんよ!」
「えっ、なんで!?」
「このアイテム、上層にしか居ないモンスターからドロップするアイテムですよね!こんな貴重でなもの、貰えません!」

なんか昨日も他の人と同じようなやり取りをしたなぁ、と思いながらライラは、私にとってはそんな貴重なものじゃないよ、と説明した。

「下層では貴重なアイテムだろうけど、前線で戦っている私達にとっては嵩張っていらなくなってしまうアイテムなの。ドロップする確率も結構高いから……可愛いからって取っといてはいるんだけど、今の装備よりは劣っているし」

だから、ね。とお願いしている時に、キリトから遅いぞとチャットが飛んできた。少しだけだと思っていたのだが、思いのほか時間を食ってしまったらしい。じゃあ私も用事があるからまたね!とライラはユウナに手を振って身を翻した。向かうはキリトとシリカのいるところだ。幸い場所はユウナと会った場所とそう遠くなく、直ぐに合流出来た。ライラさん!ぱぁと顔を輝かせて飛びついてきたシリカをぎゅっと抱きしめて、ライラは微笑んだ。

「楽しかった?」
「はい!蘇生アイテムもゲットできましたし!」
「そっか、じゃあ後は帰ってピナを蘇らせるだけだね」
「はい!」

その時は、ライラさんも一緒ですよ?ぷぅと頬を膨らませながらじっとりとこちらを見上げてくるシリカの頭を撫でながら、ライラはもちろんと頷く。お前らちょっとイチャイチャするのは後にしてくれないか?呆れながら言ったキリトに、ライラは目を瞬かせてそうね、と呟いた。シリカちゃんは私とこっちね。抱き合ったままよいしょよいしょとキリトからの後ろに移動したふたりを、お前らマジかよ、という目でキリトが見ていた。はぁ、仕方ないとばかりにため息を一つついたキリトは、前に向き直り、おまえら出てこいよ、と言い放った。頭のうえにはてなマークを飛ばすシリカに、んー、こっちの仕事。とライラが説明する。キリトの言葉通りに、木の後ろからパーティーが一組出てきた。一昨日の夜、依頼を受けた人から言われていたグループだった。どうやらシリカの事も知っているらしく、リーダーであるらしき女性、ロザリアはつらつらと言い訳を連ね、シリカの使い魔蘇生アイテムを強請ってきた。もうちょっと、下がってようか。キリトの視線を受けて二人が三歩後ろに下がると、ゾロゾロとでてきた彼女の手下に、キリトが囲まれた。キリトさん!?驚いた声を出して前に出ようとするシリカを、ライラは引き止める。なんで!キリトさんが!必死に訴えてくるシリカに、キリトなら大丈夫だよ、とライラが言った。あんなふうに見えて、結構強いからね。付け加えたライラに、こんなふうに見えて悪かったね、とキリトは攻撃されながらも肩を竦め、そして何かに気付いたように慌てて振り返った。

「ライラ!避けろ!」
「えっ?」

避ける?こてり、と頭を傾げたライラの頭の横を、何かがヒュンッと飛んで行った。投げられたのはおそらく毒の塗られたタガーなのだが、幸いにもそれはライラの被っているポンチョを掠っただけだった。代わりにと言ってはなんだが、そろそろ替え時だと思っていた耐久値の低いフードポンチョがポリゴンとなって砕け散り、フードの中に仕舞われてした髪が、ふわりと音もなく広がった。場が一瞬にして静寂に包まれる。わぁ、とライラの腕の中で、シリカが小さな感嘆の声をあげた。あ、と何かに気付いたように、キリトを攻撃していたうちの一人がキリトとライラを見て悲鳴をあげる。

「こ、こいつら!こいつら攻略組だ!」
「黒の剣士のビーターと、そいつとパーティー組んで活動している、白雪!」

黒白だ!誰かの叫びに、まんまじゃないか、とライラの口元がひくりと引きつった。ネーミングセンス、ないですね。シリカの追加援護が地味に響いた。しかし固まった彼らの隙を見逃すキリトでは無い。目にも止まらぬ速度でロザリアに迫り、依頼主が全財産をはたいて購入した転移結晶を押し付けた。







「もう、戻っちゃうんですか?」

名残惜しそうにこちらを見上げるシリカに、ライラはキリトと顔を見合わせてそうだね、と言った。

「どうしても、ですか?」
「どうしても」
「もう五日も前線から離れたからな」

攻略組だからレベル、すぐ追いつかなきゃ行けないし、ずっと下にいると腕なまっちゃうし。うーんと背伸びしたキリトに、そうだね、とライラが頷いた。明日からはしばらくレベリングの日々だね。どのフィールドがいいかな。マップを広げながら相談をし始めた二人に、じゃあ!とシリカが声を張り上げる。

「私も、…………っ、」

私も一緒に行きたい、おそらくそう言おうとしたのだろう。しかし現在のシリカのレベルじゃ、ライラとキリトからのそれから遠く離れすぎている。彼らの荷物になったり、足を引っ張ったりしたら、もし無茶をして死んでしまったから、彼らを悲しませてしまうのではないのか、グルグルと頭の中を様々な思考がかけめぐり、シリカはゆっくりと口を閉ざした。シリカちゃん、ライラがシリカに近づき、おもむろに抱きしめた。

「レベルの差なんて、大したことじゃないわ」
「え?」
「そうだ。レベルなんてただの数字だ。幻想に過ぎない」

次は現実で会おう。そう言葉を残して、キリトとライラはシリカと別れた。

「ま、私は定期的に会いに行きますけどー」
「じゃあ俺はその間にレベル抜かしちゃおーっと」
「あーっ、なんだとぉ〜!キリトのくせに生意気な!」



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