黒の剣士I

効果を確かめられ、認められた回復結晶の欠片を埋め込んだネックレスの売上は上々だった。その他にも別の種類の結晶の欠片を使ったアクセサリーはたちまちアインクラッド中に広まり、ソードアート・オンラインの中での死亡率はここの所統計によると下がり続けている。リスク回避のために自分用に購入していく人もいれば、組まれているパーティーやギルドでの購入を義務付けている所もある。別の使い方をするとすれば、恋人への贈り物だろう。日中はキリトと攻略組に置いてかれないためにレベリングをしており、帰ってからは夕食と入浴を済ませ、現在は副業であるアクセサリー作りに勤しんでいる。彼女にプロポーズを、と考えている男性からの依頼で指輪を完成させたライラは、うーんと背伸びをした。明日は依頼者に指輪を渡したあとに、キリトと一緒に先日依頼された仕事の下見に行く予定だ。作業はもう終わったのか、後ろからした声に振り向けば、頼んでいた材料の入手に行っていたキリトが立っていた。

「依頼者との待ち合わせは何時だ?はい、これ頼まれてたやつ」
「わぁ、注文通りだ!ありがとう〜!いつでもいいって言ってたけど、午後は下見に行くんでしょ?」

だから午前中に受け取るって話でね。終わったら11層のカフェでご飯食べてから行こ。美味しいお店をお得意さんに聞いたんだー。ふんふんと鼻歌を歌いながらくるくると回ったライラに思わず笑がこぼれ、あぁ、と返したキリトはその頭をくしゃくしゃに撫でた。






知っての通り、SAOは命をかけた正真正銘のデスゲームである。つまりゲーム内で殺されれば現実世界でも死亡する、ということだ。SAOでの死亡方法は笑いすぎて息が続かなくなり窒息死するしょうもない方法から食事や何かに毒を盛られてとえげつない方法があるのだが、最近その中でも問題になっているのが圏外で他プレイヤーによるプレイヤーキルである。フィールドに入れば攻撃不可のプロテクトが外れるために、そこを狙っては他プレイヤーを殺し、そこから出た装備などを売っては自分の生活の足しなどにするというものだ。プレイヤーは誰もが頭上にカーソルというものがあり、普通の場合であれば八割九割の人間はカーソンが緑になっている。しかし何かしらの罪、例えば盗みや傷害など、現実においても何らかの罪に問われるようなことを行った人間は、頭上のカーソルがオレンジ色になってしまう。所謂オレンジプレイヤー、というものだ。近くにいると何をされるのか全くわからないため、近づく人はほとんどいない。そしてその犯罪行為がさらに行き過ぎると、カーソルはオレンジから赤になる。そしてそのレッドプレイヤーはSAOの中では殺人者と呼ばれている。閑話休題。依頼人に指輪を渡し、えらく感謝されたあと、昼食を摂り終えた二人は、35層にある迷いの森をうろついていた。実は先日たまたま通りかかったある場所でキリトが依頼を受けたのだ。話によるとどうやら一緒に行動していた人からパーティーの仲間を皆殺しにされてしまったという。その仇を打ちたいため、ありったけの財産をはたいて転移結晶を購入し、キリトに渡したのだ。依頼者いわく、一緒に行動していた人はこの35層を根城に活動しているらしい。彼らが今いるのは迷いの森。広い上に迷子にやりやすい、故にそう名づけられた森である。昼頃には森に入ったはずだが、気が付けばそろそろ夜に差し掛かった夕方になっていた。夜になれば、このフィールドに出没するモンスターも高レベルのものとなる。攻略組で前線で戦っているキリトとライラにとってはさほどの脅威ではないが、やはり当たり前のこととして夜には家に帰りたいものだ。本日は収穫なし、また明日にしよう、そう言いかけたキリトは、遠くに三体の大きなゴリラ型のモンスター、ドランクエイプがいたのを見つけた。群れで生息するモンスターとはいえ、この時間にここで何をしているのか、考え込んでいたキリトの耳に、あ、というライラの声がした。

「どうした」
「プレイヤーだ。それも低レベルの。危ないかも」
「パーティーか?」
「ううん、ソロみたい」

早く行こう、先に走り出したライラについてキリトも走り出す。大きな棍棒を振りかざそうとした一匹のドランクエイプに、ライラが繰り出された細剣が刺さる。代わるようにキリトが飛び出し、二匹目を倒す。二人で同時に三匹目を倒せば、三匹は悲鳴をあげてポリゴンとなって散っていった。大丈夫?剣を収めながらライラは地面にうずくまっているプレイヤーに駆け寄った。まだ若い女の子だった。目にいっぱいの涙をためた彼女は、目の前にある光る羽根をそっとすくいあげた。

「……それは?」
「ピナです……」

ピナ、告げられた名前を復唱して、ライラは後ろを振り向いた。君は、ビーストテイマーか。はっとしてキリトが彼女の隣に近づいた。もうだめだ、一人になってしまった、泣きながらそう零した彼女に、それに、アイテム名はついてないか?とキリトが聞けば、彼女はそれを確認した後に再びわっと泣き始めた。

「ピナの心。か」
「何か心当たりがあるのか?」
「うん。ビーストテイマーの友達に聞いた話だけど、ほら、47層のフラワーガーデン、あるでしょ」
「あぁ」
「その南にある、思い出の丘、っていうのがあるんだけど、」

そこに使い魔専用の蘇生ポイントがあるんだって。友達の使い魔もそこで蘇生できたってきいた。だからね、と彼女の背中をさすったライラは、大丈夫だよ、と微笑みかけた。ライラに話しかけられた彼女はぱぁと顔を輝かせるも、自分の今現在のレベルじゃあ47層に行けるレベルではないことを話してうつむいた。

「そっか…。それなりの価格を支払ってくれれば私たちで取りにいけるだろうけど、使い魔の主人じゃないと…」
「だめなのか」
「うん」
「でも、情報だけもらえて助かりました!いつか47層に行けるようになったレベルになったら、行きます!」
「あ、あのね、言いづらいけど、蘇生ができるのは死んでから3日なの」
「そんな…」

顔の絶望をにじませた彼女に、二人は顔を見合わせた。俺、女性用のアイテムは全部ライラにあげた気がする。キリトがそうつぶやけば、ライラは意を得たとばかりにうん、と頷いた。アイテム欄を呼び出し、彼女に似合いそうな装備を見繕い始める。彼女の名前はシリカというらしい。選び終えたアイテムをシリカに送れば、彼女は困惑した顔つきで二人を見上げた。

「あの、なんで、そこまでしてくれるんですか」
「……、笑わな言って約束するなら、言う」
「笑いません!」

シリカのまっすぐなまなざしから逃げるように、キリトは手で目を隠した。

「君が、妹に、似てるから……」
「っふ、ふふふ」
「ライラ!」
「キリトって、シスコンだよねぇ」

目じりににじんだ涙を拭きながらそう返したライラに、キリトはムスリと顔をしかめた。少し遅れてあははと笑い始めたシリカに二人がそちらを見れば、あっ、ごめんなさい、とシリカは気まずそうにそっぽを向いて、アイテム欄を呼びだした。いくらかかるがわからないけど、とお金を支払おうとしたシリカを、キリトが慌てて止める。利害の一致というやつで丸め込み、自己紹介を終わらせた三人は、森を抜け出す道についた。シリカは不思議な気分で前を歩く二人を見た。黒い服を着た、少し幼い顔立ちの男性と、隠れていてよくは見えなかったが、おそらくは美しい顔立ちをしているであろう、赤いフードポンチョを装備している女性。軽口を叩いては笑いあっている二人が、まぶしく見えた。

「あの、キリトさん、ライラさん」
「ん?」
「なぁに?シリカちゃん」
「お二人って、お付き合いとかされているんでしょうか」

シリカの言葉に、ふたりはキョトンとした。

「付き合うって、俺たちが?」
「はい」
「ないない。ただのパーティメンバーだよ」

SAOが始まった時からずっと、ではないけど解いてないだけ。パーティメンバーとしてはながぁーいお付き合いをさせていただいてます!ねー、と体をキリトに傾けたライラに、そうだな、とキリトが頷いて押し戻す。もとからお知り合いだったんですか?と聞いたシリカに、違うよ、とライラが笑った。ゲーム開始直後に私が捕まえて頼み込んだの。情熱的ですね。え、違う違う!そうじゃないよ!と会話をしているうちに、三人は35層の中心部のミーシェにたどり着いた。本日の宿屋を探し始めた二人に、メニュー画面を何度かいじったライラがじゃあ、と切り出す。

「私はここで」
「え?」
「あとはキリトと二人で頑張ってね。シリカちゃん」
「ライラさんは、一緒じゃないんですか?」

うりゅうりゅと目に涙をためながら言うシリカにうっと小さくうめいたライラが、一緒じゃ、まずいかなぁ、とじどろもどろに弁解を始めた。

「三人だと経験値、シリカちゃんに入りづらくなるだろうし、私とキリトとシリカちゃんじゃあ、パワーバランスが、ね?」

それに、と言葉をつづけたライラは、キリトを見る。

「キリトとパーティ外れた時に離されたレベルをとって来なきゃいけないし…」
「うっ、それは…」
「ということで、明日は私、アスナにレベル上げに付き合ってもらうことになるから…。明後日には合流するから…、ね?」
「…はい」
「代わりと言っちゃなんだけど、これ、あげる」

フレンドから届いたプレゼントを開けたシリカは、それを見てこれ!小さな悲鳴を上げた。

「ビアンカのアクセサリー!かわいいうえに実用性もあるっていうあの!朝の開店直後には売り切れる!こ、こんなに貴重なもの、貰えません!」
「えぇ…?」
「しかもこのデザイン、見たことないものです!わざわざオーダーメイドで作らせたものなんて!」
「ライラのそれ、そんなに有名なんだな」
「製作者ながら。その情報、初めて知ったわ…」
「せいさくしゃ…これ、ビアンカのアクセサリーって、ライラさんのお店なんですか…?」
「うん、そうだよ。それは、なんていうか、試作品だから、ね?遠慮せずに貰ってちょうだい?」

じゃあ私今夜はアスナのところに泊まりに行くから、じゃあね!そそくさと逃げていったライラの背中に、シリカの二度目の小さな悲鳴が届いた。



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