赤鼻のトナカイ

SAOの世界にも、クリスマスイブがやってきた。窓の外でしんしんと降る雪を、ライラは窓から眺めてはおぉと歓声をあげる。

「雪だよキリト!」
「見たことないのか?」
「あるけど、でも雪だよ!」
「そうだな」

ライラは嬉しそうに外を眺めていたが、しばらくするとどうやらもう飽きてしまったらしい。自分の机に戻り、テーブルに散らばったいくつかの結晶をかき集めたライラは何かを作り始めた。それをぼんやりと見つめていると、はい、と何かをズイッと差し出されて、キリトは思わずのけぞった。よく見れば、赤い石がきれいなペンダントだった。それを摘み上げて光にかざすと、光を反射してキラキラと光った。

「…綺麗だな」
「それ、キリトにあげる」
「え?」
「回復結晶の欠片で作ったペンダントなの。ポーションほど効果はないけど、気休め程度には体力を回復させてくれる、はず」
「はず?」

初めて作ったんだけど、効果は出るかどうかわかんないの。困ったようにそう言ったライラに、キリトはおいおい、と顔を引きつらせる。俺に実験台になれってか?そう言えば、ライラはまぁ、と言葉を濁しながらそっぽを向いた。

「でも、これで効果が出るんだったら、一儲けできる」
「なんだかなぁ…まぁ、使ってみるよ」

ペンダントを首にかけたキリトは、それを服の中に仕舞った。キリト、ライラに呼ばれて、なに?とキリトはライラを見た。

「…あのね、」

言葉が出ないのだろう、視線を彷徨わせたライラは、やがて意を決したようにキリトを見た。

「私は、キリトが守ってくれたから、生きてるの」
「…っ」
「キリトは、決して、なんて言うか、その、思いあがっては、いな、い?」
「……あぁ」
「倒せても、倒せなくても、欲しかったアイテムじゃなくっても、ちゃんと帰ってきて」

そのときは、またキリトに追いつけるようにレベリング手伝って貰うから。足並みをそろえていたはずのレベルが、自分のより少し高くなっているのに気付いたらしい、恨めしそうにこちらを睨んでくるライラに、キリトは思わず笑ってしまった。時計を見ればもうそろそろ宿を出なければいけない時間で。防寒装備に着替えたキリトはぽん、とライラの頭を撫でた。

「あぁ、ちゃんと帰ってくるさ。行ってきます」
「いってらっしゃい!」

帰ってきたらクリスマスパーティーしようね!ニコニコしながら手を振るライラに見送られながら、キリトは部屋を出た。





「随分と無茶なレベル上げをしているそうじゃないか」

どこでそんな噂話聞きつけたのだろう、いつの間にか隣にいたアルゴに、カップルでにぎわうクリスマスマーケットをぼんやり眺めながら、新しい情報が入ったのか、と聞けば、金を取れるようなものはない、と返される。つまりはみんなおぼろげな情報であることだ。クリスマスにちなんだ期間限定イベントで、十二月の二十五日になった途端、層にある迷いの森に出現する背教者ニコラス。そのモンスターを倒すと、死んだ人間を生き返らせることができる蘇生アイテムが手に入るといううわさが耳に入ったのはつい一か月前。それに見合うように、キリトは必死にレベル上げをした。ライラはと言うと先程キリトに渡したネックレスの作成のためにずっと借りていた宿に缶詰になっていたため、キリトがレベル上げをしていることは知っていたが、理由は分かっていない。腐ってもイベントボスである。ソロでの討伐は不可能に近い。一人で行くつもりなのか、危ないのではないか、心配そうにこちらを見やるアルゴを無視して、キリトは立ち上がった。

「お前はそれでなくなってもいいと思っているかもしれないが、ライラはどうするんだ」

アルゴからかけられた言葉に、思わず足が止まった。しかしそれも一瞬のことで、再び迷いのない足取りで人混みの中に消えていったキリトを見て、アルゴはため息をついた。

「悪いがキリト、これはライラに報告させてもらうぞ」

キリトとは反対の方向に歩き出したアルゴは、今まで得た情報を頼りにキリトとライラが借りている宿に辿りついた。NPCである酒場のオーナーと言葉を交わし、彼らの借りていた部屋にたどり着いたアルゴがドアをノックすると、はーい、と元気のいい返事がしたあとに、ドアが開かれた。いかにもクリスマスといった可愛らしくかつ暖かな服装で出迎えてくれたライラは、アルゴを見て瞳に少し落胆の色を滲ませた。それを見てアルゴはふっと笑った。

「悪かったな、キリトじゃなくて」
「むぅ、そうじゃないんですってば」
「それに、ノックされたからってホイホイ扉を開けるんじゃないぞ。悪い人だったらどうするんだ」
「アルゴさんだったのでいいですよーだ。それにここはセーフゾーンです」
「その裏をかいくぐる何かがあったらどうするんだ。全く、キリトには姫さんについてちゃんと言っておかないとな」
「ぬぬぬ……」

唸っていても仕方が無い。どうぞ中に入ってください。アルゴを中に招き入れたライラはそれで、とアルゴを見た。情報屋さんのあなたがわざわざ私のところに来るのは珍しいですもの。紅茶とクッキーを出したライラは、伏し目がちで言った。お姫さんはエスパーかな。そうからかいながら、アルゴは背教者ニコラスのことや、先程のキリトとのことを手短にライラに説明した。少し喋りすぎてしまい、紅茶を口に含む。カチャリと小さな音を立ててカップをソーサーに戻してライラを見れば、彼女はまっすぐにアルゴを見ていた。

「私と、取り引きしませんか」
「ん?」
「もしキリトが生きて帰ってきたら報酬はあげます。なので、なのでキリトの居場所を教えてくれませんか!」

まさかの申し出に、アルゴはしばらく目を瞬かせていたが、やがて突然火を切ったように笑いだした。向かいではライラがキョトンとしている。しばらくそうしていたが、はぁ笑った笑った。目尻に溜まった涙を拭いながら、アルゴはライラにニッと笑いかけた。

「こんなことで報酬出せとはせがまないよ」
「でも」
「オイラはこんなことで金をとるような人間に見えるか?教えるから、さっさと行ってやれ」
「はい!」

アルゴが口にした場所を聞いて、ライラは部屋から飛び出した。その後ろ姿を見ながら、アルゴはため息をつく。

「まーったく、客に部屋の留守番を任せるとは何事だい」

そう言いつつも、多くの人がその私生活を知ろうとして大枚をはたこうとするSAOの赤ずきんの部屋だ。入った以上、何かの情報は得たいものである。ま、キリトの居場所を教えた報酬はこれでいっか。そう独りごちながらクッキーを口に放り込んだアルゴは、部屋漁りを始めようと席を立った。





ライラが35層の迷いの森につく頃には、降っていた雪はもう止んでいた。無闇に森に入ってはキリトと入れ違いになる可能性が高いと知っているライラは、転移門から近い森の出口でキリトが出てくるのを待っていた。降ったばかりの雪にサクリサクリと新しい足跡をつけながら待っていれば、誰かがこちらにやってくる足音が。顔をあげれば、そこにはちょうど待っていた人が森の中から出てきていた。

「キリト!」
「………ライラ、お前」

ライラはキリトに駆け寄ってそのまま抱きしめた。体は酷く冷たくなっていた。おかえり。そう声をかけてあげれば、しばらくした後にただいま、と返されて、ゆっくりと抱きしめ返された。

「生きてて、よかった」
「あぁ、助かったよ」
「え?」
「死にそうに、なったんだ」

でも。ライラから体を離したキリトは、ごそこぞと服の中を探る。そこから引っ張り出した細いチェーンを見せれば、あっ、とライラが声をあげた。

「ボスの斧が偶然にもこのネックレスについていた回復結晶の欠片を割って、な」
「そっか…………良かった………」
「実験成功、だな」

薄く笑ったキリトに、ライラは笑い返す訳でもなく、小さく眉を顰めた。

「心配したんだからね」
「あぁ、分かってるさ」
「本当に?」
「本当さ」

ほらこのとーり。両手をあげたキリトをしばらく睨んでいたライラは、やがて諦めたようにはぁ、とため息をついた。

「信じます」
「そっか」
「信じたくないけど」
「えっ、それは、困るなぁ」

本当に困った、というような顔をしたキリトをみて、ライラはぷっと吹き出した。よーし、と大きな声を出したライラは、キリトの腕にするりと自分の腕を絡めた。

「それでは、せっかくのイブなので!」
「おっ?」
「帰ったらクリスマスパーティーをしましょう〜!」
「おぉー!」

ではまずパーティー会場である宿に帰りませんとな。パチリとウィンクしたライラに、そうだな、とキリトは同意するように頷いてから、アイテムボックスからいつも着ていた上着を取り出し、ライラの肩にかけた。

「そんな薄着で出てきて風邪引いたら怒るぞ」
「はーい」







あとがき
サチの送ったボイスメッセは二人で聞いてキリトが号泣したのをライラがそっとしておきました



v