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「わ、猫かわいい」


突然上から降ってきたはしゃいだ声に、プロンプトは驚いて飛び上がった。教室の一番後の端っこの席。休み時間になれば誰も来ないところに誰が、と振り返ったプロンプトに目の写っていたのは、いつもは話題の渦中にいる、学校の有名人だった。ノエルは猫の写真を見てはキラキラと目を輝かせ、次の写真は?と催促してくる。あっ、と我に返ったプロンプトはカチカチとボタンを押す。その時、そばの席でじゃれていた男子が体制を崩してこちらにぶつかった。がたん、とずれた机に男子は振り返って、申し訳なさそうな顔をした。


「あっ、ごめん……ってノエル、大丈夫か?ごめん」
「ううん、平気平気。教室じゃ狭いから、遊ぶなら外にしてね」
「おう、そうする。お前ら行こうぜー」


おう、と教室を出た男子達を見送って、ノエルはプロンプトを見る。大丈夫?という気遣わしげな声にうん、と小さく頷いて席を立った。ちょっと一人になりたいなと思うし、写真をせがんでくるノエルに写真の続きを見せたいとも思う。教室を出たプロンプトの後ろに、どうしたの?とノエルが付いていく。


「ノクティス王子、召使いって何人いるの?」


聞こえてきた聞きなれた名前と女子の声に、プロンプトとノエルは立ち止まって前を見る。そこには女子に囲まれているノクトが少しつまらなさそうにしていた。そんなノクトに気づかず、女子たちは話しかけ続ける。


「百人くらい?」
「もっとでしょ、だって王子様だよ?」
「じゃあ何人ぐらい?」


はぁ、と気付かれないように小さくため息を吐いたノクトは、くるりと振り返った。そして立っている人に気付く。スタスタと近づいてくるノクトにプロンプトは身を固まらせたが、そんなプロンプトを気にもせずに、ノクトはそのままプロンプトの横を通り過ぎる。


「ノエル」
「ん、どしたのノクト」
「今日一緒に帰ろ。プライナが来てる」
「プライナ!行く!ちなみにおやつは何?」
「……なんだっけ、もものなんか」
「もも!あっ、予鈴」


キンコーンと鳴った予鈴に、ノエルとノエルは揃って上を見る。次の授業なんだっけ、算数じゃないかな、なんて会話を交わしながら、二人は教室に向かって歩き出す。数歩歩き出して、あ、とノエルはくるりと振り返った。


「プロンプトくん!」
「はっ、はぃい!」
「また今度、写真見せてね!」
「え、」


じゃあ、とノクトに向かって走り出したノエルにびっくりして、本鈴がなり始めるまでプロンプトはそこに立ち尽くした。







怪我した犬を保護したら、いつの間に犬がいなくなって代わりに家の郵便受けにいい匂いのする手紙が届いた。送り主はルナフレーナ様と言う人で、プロンプトが保護した犬は彼女の飼い犬で、ノクティス王子のところに行かせていた犬だそう。たしかその日にノクティスとノエル様がそんな話をしてた気がする。とプロンプトは思い返す。彼女はプロンプトがノクトとノエルと同級生であることを知っているようで、プロンプトには忙しくしているノクトの支えになって欲しい、と綴ってあった。


「僕が、ノクティス王子のご学友?友達?友達になってもいいってこと?」


手の中の手紙がグシャ、と音を立てたことに気付いたプロンプトは、慌ててそれに出来た皺を手で広げる。手紙を広げながら、胸の中に広がるのは歓喜。そして次の日。おしゃべりな女子達から校舎裏に避難したノクトを校舎の影からプロンプトは覗いていた。じっと地面を見つめるノクトに、よし、とプロンプトは心を決めて一歩踏み出す。


「あ、あの!王子!」
「ん?」


コーンとコーンの間にかけられたバーを超えながら、プロンプトはノクトに話し掛ける。


「僕と友だちうわぁっ!?」


うまくバーを超えられなかった。足を引っ掛けて転んだプロンプトに、ノクトはぎょっとしながら駆け寄る。


「大丈夫?」
「あっ、はい、カメラは…」


手元にあるデジカメが無事なことを確認して笑ったプロンプトに、ん、とノクトは手を差し出す。えっと、とカメラを差し出したプロンプトに、あはは、とノクトが声を出して笑った。


「違うよ」
「え、へへ、ごめんなさい」


手を出したプロンプトを掴み、ノクトは引っ張る。うぅ、と少し唸っておも、とこぼしたノクトに、え、とプロンプトは固まった。


「ノクトー?イグニス来てるよ?」
「分かった!じゃあね、」


プロンプトが立ったことを確認して、ノクトはプロンプトの横を通り過ぎる。ひょいと身軽にバーを飛び越えたノクトは、校舎裏から姿を消した。あっ、と振り返ったプロンプトは、こっそりとこっちを覗いていたノエルと目が合った。

「あっ、」
「やっぱり、プロンプトくんだ」
「えっ、あっ、あの!!僕と友達になってください!」
「…………………えっ?」
「えっ?」
「っふ、あははは!いいよ!」

よろしく、と手を差し出したノエルの手を握る。一回、二回と振っても離されない手にん?とノエルが頭を傾げていると、あの、とプロンプトから声が掛かる。

「なに?」
「やっぱり僕って、重いのかな?」
「…………ぶっちゃけかなり重いと思う」

神妙な顔をして言い放ったノエルに、そっか、とプロンプトは落ち込んだ。どうすればいいんだろう、そうこぼしたプロンプトに、そりゃまぁ、とノエルはビッ、とプロンプトのお腹を指さした。

「痩せるしかないと思う」
「痩せる?どうやって」
「…………うーん、私太ったことないし、ダイエットしようと思ったことないし」

うーん、と腕を組んでしばらく唸っていたノエルは、やがてあっ、と声を上げて手を叩いた。

「わかったよ!!痩せる方法」
「ほんと!?」
「ほんと!!ずばりね!」
「ずばり?」
「走ることよ!」
「走る?」
「うん、毎朝走るの!うちのメイドがね、最近太っちゃったらしくて」
「うんうん」
「痩せたいから毎朝走ってるんだって!」
「へぇー、」
「毎朝ちょっとずつ走ってたら、そのうち痩せるよ!」

塵も積もれば山となる!ぐっ、と拳を握りしめたノエルに、うんうん、とプロンプトは頷いた。そのカメラで記録を残せばいいんじゃないかな、と言ったノエルは、あっ、とプロンプトを見た。

「えっ、な、なに?」
「ノクトと帰る約束してたんだ…校門でイグニスと待たせちゃってる」
「えっ、大変だよ、それ。早く行きなよ」
「うん!ありがとう!」

ノエルも軽やかな動きでコーンとコーンにかかったバーを飛び越えて校舎裏から去っていった、かと思えば、ピタリと立ち止まって振り返る。

「プロンプトくん!」
「はっ、はいぃ!」
「天候が悪いからって、サボっちゃダメだよ!」
「え、えぇー?」
「じゃあね!」

ノクトと友達になれる日、楽しみにしてるよ!そう言い残したノエルが消えていった後を、プロンプトはしばらく見つめていた。


通りすがりの神様