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それから時計の長針が半分回った頃にレギスは車に戻ってきたが、誰も連れておらず、車に乗るなりエンジンをかけてテネブラエから離れたレギスに、ノエルとノクトは顔を見合わせた。間に数度休憩を挟み、来る時に比べて半分の時間でインソムニアに帰ってきたレギス達に少し驚きながらも、ドクトゥスは持ってきた予備の車椅子にノエルを乗せた。


「随分帰りが早いな」
「あぁ、少しまずいことが起こってな」
「まずいこと?」
「奴らが襲ってきた」


奴らが?眉を顰めたドクトゥスは、ノエルの車椅子をおしているノクトを見る。


「お前にノクティス王子…ルシス王家が狙いなのか?」
「あぁ、それもあるが、テネブラエを陥落らせる事も狙いなのだろう」


ドクトゥスのチョコボからもらったのであろう、黄色い羽根をくるりと回したノクトは、なんか臭いと言って羽根をノエルに渡して、レギス達の方を振り返る。


「ねぇ父さん」
「なんだノクト」
「ルーナは、レイヴスは?」
「……………あぁ、」


曖昧に笑ったレギスに、おそらくはレイヴスに教わったのだろう、上手に車椅子の向きをこちらに変えたノエルは、どうして、と小さく零した。


「こうするしか、なかったんだ。分かってくれ」
「………なんで、何で置いていったの?だったら僕が」
「それはならん!」


珍しく大きな声で怒鳴ったレギスに、ノエルとノクトは大きく肩を震わせた。僕、もう知らない。城に向かって駆け出したノクトを見送ったレギスは、大きなため息をついた。


「レギス様?」
「…なんだい、ノエル」
「ノクトは、なんですか?」


神凪であるルナフレーナ様を助けずに置いていってまでも守らなくてはならない存在なのか、ノクトがこのルシス王国の時期国王であることを念頭に置いた上、ノクトの存在理由を問うような質問に、レギスは苦笑して自分の親友であるドクトゥスを見た。


「お前の娘は賢いな」
「はは、俺の娘だからな」







ここではなんだから、と城内の部屋に移ったノエルに、レギスは小さく咳払いした。


「三年前、クリスタルによって時期ルシス王国の王が選ばれたのは知っているな」
「はい。それがノクト、ですよね?」
「あぁそうだ。しかし今回の王の選出はクリスタルによって行われたものだ」
「………クリスタルによって選ばれだ、のがポイントですか?」
「ご明察。ノクトは、クリスタルによって選ばれだ真の王だ」


真の王…、口の中でその言葉を転がしてみるがなんの意味かさっぱりわからない。真の王様はただの王様と何が違うの?と首をかしげたノエルに、レギスは言葉を続けた。


「真の王とは、世界に危機が訪れた時、その命を捧げて大いなる敵を打ち倒す存在だ」


ノエルには少し難しかったかな、と言ったレギスにつまり、とノエルは返した。


「つまり近々大いなる敵が現れて、ノクトはその大いなる敵を倒さなくちゃいけないってことですか?」
「……あぁ、そうだ」
「その命を捧げて…ってことは、その大いなる敵を倒したら、ノクトは…」


死んじゃう?茫然しながらそう呟いたノエルは、うそ、ですよね?と確認するようにレギスを見たのだが、それにレギスは悲しそうな顔をしただけだった。そんな、俯いたノエルの頭を、レギスはゆっくりと撫でる。


「なに、今すぐに、というわけじゃないよ」
「……はい」
「だから……その時が来るまで、ノクトのそばにいてくれないか」
「もちろんです!だって…友達、ですから」
「そうか」


穏やかに微笑むレギスに失礼しました、と声をかけてノエルは部屋を出た。ギィ、と車椅子を動かし、窓から外を眺める。クリスタルの力によって作られた魔法障壁に護らているインソムニアは、今日も平和である。早く歩けるようになりたいな、と思いつつ、ふと聞こえたコツコツという足音のする方を見ると、曲がり角からイグニスがやってきた。なんだか難しそうな本を小脇に抱えたイグニスはノエルを見つけると、少し眉をひそめて近付いた。手に持っていた本をノエルの膝の上に置いて、後ろに回って車椅子をおしだす。


「どこに行くつもりだ?」
「え?んー、」
「決まってないのか」
「うん。イグニスは?」
「図書館だ。本を返しに行く」
「じゃあ一緒に行く」
「そうか」


二人しかいない広々とした廊下には、きぃ、と車椅子をおした音がこだまする。イグニスの借りていた本をパラパラとめくっていたノエルは、あまりの内容の難しさに読むのを諦めた。


「大変だったな」
「…………まぁ、でも、ルナフレーナやレイヴスが」
「あぁ、聞いた」
「大丈夫、かな」
「フルーレ家のご子息だ。無事なはずだろう。それに、ルナフレーナ様は神凪でおられる」
「…………うん」


そうだね、と少しスッキリした面持ちで大きく頷いたノエルは、パタパタと足を遊ばせる。おや、とイグニスが少し口角をあげた。


「ところでノエル」
「うん?」
「お前もう歩けるんじゃないか?」
「えっ?」


たしかにさっき脚は動かせた。そっと地面に降りたノエルは、小さく一歩踏み出した。そしてぱぁっと顔を輝かせてもう一歩踏み出す。嬉しそうに振り返ったノエルに、おめでとう、とイグニスは声をかけた。


「うん!ありがとうイグニス!ねぇ、ノクトどこ?」
「確かグラディオと練習場にいるぞ」
「ありがとう、イグニス!」
「あぁ…廊下は走るんじゃない!」
「はーい!」


元気よく答えながらもやっぱり走っていったノエルに、やれやれ、とイグニスは小さく笑を零した。


「……車椅子、返しておくか」







「ノクト!」


訓練の休憩中にノエルの声が聞こえたかと思えば、ドン、と背中に大きな衝撃がやってきた。後ろからぎゅうと回された手が離されたかと思うと、ぬっ、と目の前にノエルが現れてノクトはびっくりした。


「どうしたの、ノエル」
「ノクト、見て!」


くるりとその場で一周回ったノエルは、ジャン、と両手を広げてニコニコとノクトを見る。そんなノエルをノクトはしばらく見ていたが、やがてあっ、と気付いた。


「ノエル、足!」
「えへへ!」
「歩けるようになったんだね、おめでとう!」
「ありがとう!」


なんだ、とやってきたグラディオも、見てー、と駆け寄ってくるノエルに驚いておめでとう、と頭をわしゃわしゃと撫でた。ねぇノクト、ノエルの声をかけられて、ノクトはなに?と返そうとしたが、ぎゅぅ、ノエルに抱きしめられて言葉を途切らせる。


「私、ずっとノクトのそばにいるね」
「え?」
「何があっても、私はノクトの味方だから」
「………………うん、」


ノエルが何を怖がっているのか、ノクトはわかった気がする。かつて父に言われた、自分の使命。いつかは果たさなくてはならないそれを、ノエルは知ったのだろう。大丈夫、その時までは、ずっと一緒だよ。そんな気持ちを込めて、ノクトはノエルの背中にゆっくりと手を回した。
まだ無垢なままでいたかった