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ジールの花が一面に咲き誇る花畑で冠作りに熱中するノクトとルナフレーナを見て、ノエルは静かにその場を離れた。確かルナフレーナの話によると、ここには大きな図書室があったと覚えている。話を便りに図書室の場所を探し出そうとして、散歩がてら午後の麗らかな日差しが照り込む静かな廊下を渡っていると、おい、と後ろから声をかられた。どうにかして振り返ろうとノエルは車椅子を動かすが、うんともすんとも言わない。どうしよう、と落ち込んだノエルの上に、影が落ちた。


「すなまい。そんな顔をさせるつもりはなかったんだ」


顔をあげれば、そこにいたのはルナフレーナに似た、しかしもう少しは歳を上に行っている男性で、ノエルを見ては見慣れない顔だな、と呟いた。


「あっ。あの、私はノエル・アロレックスです!」
「あぁ、ルシス王国のか。俺はレイヴス。レイヴス・ノックス・フルーレだ」
「ルナフレーナ様の、お兄様ですか?」
「そうだ」


訓練かなにか行っていたのであろうか、服装は随分ラフで、腰には木刀がさしてあった。後ろでまとめられている金髪は日に当たってキラキラと光っている。こんな格好ですまないな、と二度目の謝罪に、いいえ、とノエルは微笑む。


「あの、レイヴス様」
「レイヴスでいい」
「では。レイヴス、図書室はどこでしょうか?」
「それならそこの角を曲がった少し先だが」
「そうですか、ありがとうございます」


お礼を言ってハンドリムに手をかけたノエルは、待て、と言うレイヴスの言葉に動きを止めてレイヴスを見る。


「一人なのか?」
「?はい」
「ルナフレーナとノクティスは」
「花畑で花冠を編んでいますが」
「そうか」


なんだ、と首を掛けるノエルの目の前で、ふむ、とレイヴスが考えること数秒。ノエルの後ろに回ったレイヴスはゆっくりと車椅子をおしだした。図書室とは真逆の方向に。なんで、と困惑するノエルの頭の上から、声が降る。


「俺が図書室に連れて行こう。その前にシャワーを浴びたいのだが、君をここに置きっぱなしにしてシャワーには行けないだろう」


要するに一旦レイヴスの部屋でシャワーを終えるまで待つと言うことで。お手を煩わせる訳にはいきません、と固辞するノエルに、レイヴスは言い放つ。


「こういう時こそ人に頼っておけ」
「しかし…」
「俺は今、客人にもてなしをしている」


そこまで言われるとぐぅの音も出ない。大人しく座り直したノエルをみて、レイヴスはそれでいい、と微かに笑った。







長い滞在も、そろそろ終わりを告げる頃がやってきた。ルナフレーナとレイヴスの母、シルヴァに誘われて城から少し離れた森の中にやってきたノクトとノエルは、見たことのない植物や動物に溢れているここに目を奪われた。そばに流れる小川で泳ぐ小魚を見れば喜び、切り株から顔を覗かせるうさぎを見ればはしゃぐ。そんなふたりを周りが微笑ましそうに見守る。まるで雪が降ったかのようにひらひらと舞い落ちる花びらを見上げたノエルは、いつか聞いたことのある微かなエンジン音と、この国には似つかわしくない大きな鉄の塊を見つけた。不思議そうに空を見上げるノエルに連れられて、ノクトも空を見上げた、次の瞬間。ダンっ、と大きな音を立てながら次々と落ちてくる鉄の塊に、周りは騒然とし始めた。衝撃で土埃は舞い上がり、地面は緑がえぐられ土が顔を表す。一番最後に降りてきた、全身甲冑に覆われた男は、逃げ惑う人々をぐるりと見回し、一直線にこちらに背を向け、ノエルの車椅子をおしているノクトの元へと向かう。


「ノクト!」


どん、とレギスに背中を押されたノクトはその衝撃を殺すことが出来ず、車椅子を押してしまう。木の根に躓いた車椅子は大きく揺れ、それに乗っていたノエルが大きく宙に放り出された。立つことさえままならない、自分の言うことを聞かない脚にもどかしさを覚えながら地面に転がったノエルは、上半身を大きくひねって後ろを見る。ノクトを守るために戦っているレギスや、必死に抵抗するテネブラエの兵士達。ノエルは今ここで自分ができることを必死に考えて、ふと鎖骨にあたる硬い感触のそれに気付いた。インソムニアを出る際に、念のためにとドクトゥスから渡されたそれは、象牙でできた、乳白色の小さな笛だった。木々の間から漏れこんだ日差しを反射し、鈍く光るそれを取り出して、ノエルは大きく息を吸って、それを吹いた。



ピィーーーーッ



思いのほか大きな音を出さなかったそれに少し落胆していると、タッタッタッ、と何かがこちらに駆け寄ってくる音が聞こえた。これを吹けば何かが来てくれるとは父親は言ってくれたが、如何せん初めての長旅にはしゃいで何が来るとは一言も聞いていなかった。あの時の自分を、ノエルは少し殴りたくなった。やがて足音のようなものは止み、大きな影が自分の前に落ちた。とりあえずはと顔を前に向けたノエルの目に写ったのは、一対の茶色い足だった。ク?と聞こえた鳴き声に、バッ、とノエルは勢いよく顔をあげた。


「チョコボ…」


ビー玉のような、真っ黒な丸い目に、ふわふわした黄色い羽、羽の色と同じ色の尖った嘴。たん、と一度地面を蹴ったチョコボは、こてんと首をかしげて、ぐるりとノエルの周りを一周した。


「お願い、チョコボ。私歩けないの」


言葉が通じるかどうかわからない、一か八かでそう伝えれば、チョコボはクゥ、と鳴いてしゃがんだ。そして器用にその嘴でノエルの着ていた上着を咥え、ノエルを持ち上げて背中に乗せた。ありがとう、お礼を言ってそのふわふわな毛をなでてやると、チョコボは嬉しそうに鳴いた。


「あのねチョコボ、」
「クゥ?」
「そこにいるノクトも、乗せてくれる?」


クゥ!と一声鳴いたチョコボは、タッタッタッとノクトに駆け寄ってしゃがみこむ。びっくりしているノクトに乗るように伝えて、ノクトが乗ったのを確認すると、ゆっくりとチョコボは立ち上がった。


「レギス様!」


大きな声で叫んだノエルに、敵軍と戦っていたレギスは振り返る。見慣れたフォルムのチョコボに乗っているノエルとノクトを見て、レギスは頷いた。


「お前達は先に逃げろ!後で合流しよう!」
「はい!」


走り出したチョコボにしっかりと捕まり、ノエルとノクトはその場から速やかに脱した。
ガラスのように砕け散る