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レスタルムで最後の補給を行い、カエムに再び向かう。あー、五人乗りのレガリアってこんなんだったよねー、としみじみと呟いたプロンプトは、どうやらノエルと二人で乗った車の方が気に召していたらしい。そちらがいいのならプロンプトには単独で移動してもらうが。そう言い放ったイグニスに、違う!違うからね!とプロンプトが必死に弁解していた。ちったぁ声小さくしろ、二人が起きるぞとグラディオに注意されてプロンプトが後ろを振り向けば、一時的に和解をしたノクトとノエルが、お互い寄りかかるように眠っていた。早く仲直りしちゃえばいいのに。はぁと溜息をつきながら言ったプロンプトに、それが出来れば今頃こんなんになってねぇよ、とグラディオが呆れ気味に返した。しかし、イグニスがバックミラー越しに眠る二人を見て、ポツリと話す。

「ノクトはともかく、ノエルも最近よく眠るようになったな」
「確かに。たしか、ノクトがよく寝るのって消費した魔力を取り戻そうとしているからなんでしょ?」
「あぁ」
「ノエルは、なんでだろ」
「さぁな、でもまぁ、起こしたらちゃんと起きるからいいだろ」
「うっわぁ、グラディオ雑〜」
「……ふむ、そろそろ最後の補給だろう」

この先に休憩所がある。カーナビを見て言ったイグニスに、はらへったー!とプロンプトが騒ぐ。丁度クローズネストも近いからそこで決まりだな、とグラディオが地図を広げながら、仲良く寝ている二人を揺り起こした。





「食欲はあるか」
「うん、食べる気はあるけど。ポテトしか入らない」
「そうか、よかった」

目の前に置かれた山盛りのフライドポテトと飲み物が載ったトレーを見て、ノエルは眠たそうに欠伸をした。ケチャップはいらない?とボトルを差し出してきたプロンプトに頭を横に振り、ほんのりと塩味の付いているそれを食べる。その横ではフォークを使ってバーガーの野菜をすべて取り出そうとしているノクトが。

「ノクト」
「んだよ」
「野菜ジュース」
「…………わぁったよ」

頬杖をつきながら外を眺める。荒野で殺風景なリード地方よりはマシなのだが、やはり緑も見ている時間が長くなると見飽きてくる。ラジオから流れるインソムニア現状を伝えるニュースに耳を傾けていると、キィーンという耳につく音がした。なにか近づいてきているらしい。その衝撃の振動で、店内の棚に飾られていた酒の瓶がカタカタと音を立てる。あ、あれ。プロンプトの指さした先を見れば、ちょうど目の前に帝国軍の揚陸艇が大量の魔導兵を投下していた。バレないように行くぞ、イグニスの声に、四人は顔を見合わせて頷いた。バーガーやポテトは持ち帰りをして車に持ち込む。帝国に気付かれないように森林地帯を抜けて、やがて車は海岸沿いまで出た。これでカエムまで後少しだね。何週間かぶりに見た海に、プロンプトがカメラを構えながら言い、カシャリとシャッターを切ったのだが、あれ、と不思議そうな声を上げた。どうしたの?自分のポテトをつまもうと伸びてきたノクトの手を叩きながら、ノエルはプロンプトに聞いた。

「………帝国の揚陸艇だ」
「え?」
「ほんとか」

車はすぐさま近くのパーキングに止められた。ゆっくり徒歩で近くまで行けば、そこにはまるで道路を封鎖するかのように魔導兵が大量に立っている。大剣とレイピア、どっちの方が殺傷性が高いのかな、じっと魔導兵を見て言ったノエルに、そりゃ大剣だろ、とグラディオが言う。陽動を頼まれて飛び出したノクトを皮切りに、四人は魔導兵へと襲い掛かった。倒しても倒しても次々と揚陸艇から出てくる魔導兵に思わず舌打ちが出たノエルに、怖いよ〜とそうプロンプトが茶化しながらノエルの倒し損ねた魔導兵に弾を撃ち込んでいく。なんだこれ、きりがねーな。大剣を振り回しながら首を傾げるグラディオの頭上を、もう一隻の揚陸艇が通り過ぎた。戦っている五人の少し後ろで止まったそれは、何体かの上級魔導兵と、大きな鉄の箱を落として去っていく。衝撃で砂埃が舞い上がり、少し揺れた地面に踏ん張っていれば、ビーという高い音がして箱が開いた。その中から何かがぬるりと現れ出る。青と濃い緑の縞模様のそれはドクロを巻いてゆらりと砂煙の向こうにその姿を現した。あの憎たらしい姿は、二人にとっては忘れられないものだった。

「「!!」」
「あれって、」
「おいお前ら、飛び出すんじゃ」
「っ、おい!ノエル!」

グラディオの注意も聞かず、ノクトが走り出すよりも先にノエルはそれの前に飛び出した。見たことのないシガイを、プロンプトがまじまじと見つめる。帝国軍ってシガイも操るのかよ、ってかあれ何?プロンプトの質問に、イグニスがそっと眼鏡をあげる。

「あいつは、」
「アイツは、アイツは俺を殺そうとしたやつだ」
「え?」
「だからってノエルが飛び出した訳じゃねぇ、…………っ、」

蒸し暑い、夏の夜だった。目の前に倒れた生きていた人間。赤く染まる白いワンピース。むせ返る血の匂い。遠くから聞こえる剣と剣がぶつかり合う音。目を閉じれば、今でもそれは鮮明に思い出せる。何も出来ずにただ立ち尽くした自分の目の前に、守るように立ちふさがった彼女の後ろ姿は、小さかったが、大きくて、どこか安心させた。ギリ、と自分の剣を握り直したノクトを、プロンプトが訝しげに見る。

「あれは、当時ノクトの乳母だったノエルの母君を殺した奴だ」
「………え?」

シガイに向かって走るノエルの後ろ姿を見て、プロンプトは驚いた。そう言えばノエルの父親の話や祖父母の話は聞いたことがあっても、母親についての話は聞いたことがなかった。少し肌寒くなってきたらしい、無意識に両腕をさすっていたプロンプトは、あることに気付いた。

「寒い」
「あぁ、寒いな」
「今って夏、だよね?」
「あぁ」

はぁ、と吐く息が白い。なぜ。周りを見回したプロンプトは、走るのをやめて歩き始めたノエルに気付いた。その手に握られているのは、見たことのないレイピアであった。

「また会えたわね」

コテリと頭をかしげたシガイに、ノエルもこてんと頭を傾げる。

「忘れてないわよね?私のこと。えぇそうよ、あなたに母を殺されたあの子よ。おかげでここまで生きてこれた」

この真夏でのありえない寒さの原因はどうやらノエルかららしい。彼女が歩く度に地面が凍り、あたりを白く染めていった。なにこれ、呆然としながら呟いたプロンプトに、魔力の暴走だな、とイグニスがジャケットを羽織った。プロンプトの視線の先で、ノエルはシガイに剣先を突きつけた。

「お母様を殺した仇、討たせてもらう!」

そう言い終わるや否や、ひときわ冷たい風が吹き、シガイが氷に覆われた。寒いよノエル!そう叫んだプロンプトに前のノエルは何も答えない。チッ、と隣にいたノクトが舌打ちをした。

「ノエル!」

ぐらりと揺れて倒れそうになったノエルを、ノクトがシフトで慌てて駆け寄り支えた。





ゆっくりと目を開ければ、目に飛び込んできたのは木でできた天井だった。ゆっくりと瞬きを一つしたノエルに、起きましたか?と声がかけられる。目玉を動かすのさえ億劫だったが、力を振り絞って小さく頷いてみせると、ノエルの顔を覗き込んだモニカは安心したようにほっと一息吐いた。みなさんに起きたことをお伝えしてきます、と言ってモニカが出ていったのを聞いて、ノエルは大きなため息をひとつついた。

「ノエルっ!」

バンッ、と大きな音を立ててドアを開けたノクト達が、部屋の中へなだれ込んでくる。イグニスに手伝ってもらって起き上がったノエルは、ごめん、と掠れた声で言って気まずそうに顔を伏せた。

「無理はしないでくれよ」
「………うん。あの、あれは」
「シガイ?ノクトがちゃんと倒したよ!」
「ノエルにも見せたかったな」
「おう」
「何かあったの?」

ノエルがそう尋ねると、四人は顔を見合わせてニヤリと笑う。聞いて驚くことなかれ!椅子を持ってノエルの近くに座ったプロンプトは、実は、人差し指を立てた。

「実はノクトが歴代王の力をちょっと扱えるようになったんだよ!」
「え、すごい」
「でっしょー!」
「なんでお前が誇らしそうなんだよ」
「イテッ」

まぁつっても本当にちょっとだけどな。プロンプトに手刀を落としたノクトは、恥ずかしそうに頬を掻きながらそっぽを向いた。それでも十分に凄いよ、微笑みながらそう言ったノエルに、ノクトは少し言葉に詰まったが、おう、と小さく一言返した。お兄ちゃん〜、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけどー!下の階からイリスがグラディオを呼ぶ声がする。おう、今行く。開いたドアから顔を出して返事をしたグラディオは、ほら、俺らも行くぞ、とイグニスとプロンプトを連れて部屋から出た。パタンとドアが閉まり、残されたノクトはさっきまでプロンプトが座っていた椅子に座った。いくら仲直りしたとは言え、それは一時的なもの。お互いが気まずくなり、部屋の中は沈黙に包まれていた。結局髪切れなかったなー。インソムニアから出た頃より伸びた髪をぼんやりと見ながらノエルは現実逃避をしていたが、それもあっけなく終わった。ノクトが、そっとノエルの手を握ったからである。ノエルより幾分も大きくて、骨張ったそれは冷えた指先をじんわりと温めていく。その上ノクトの親指がノエルの手の背をゆるゆると撫ではじめた。ぞわりと何かが背筋を駆け抜けていく。なにこれ、耐えられない。ちょっとやめてよ、そう言おうとしたノエルは、ノクトの言葉に遮られた。

「俺さ、多分ダメなんだと思う」
「…………何が」
「例え俺がルーナと結婚しようとも、ルーナとの子供ができようとも、俺は多分ずっと、一生、死んでもお前の事を忘れられない。…………それぐらい、好きなんだ」
「なんで、」
「ずっと考えてた。たぶん、ずっと一緒にいたから」

いろんな俺をさらけ出せたのはお前の前だけだし、多分俺の一番の理解者お前なんだと思う、俺にとって、俺の唯一の拠り所はお前だし。たぶん一生離れられない。思ったことを整理せずにそのまま言っているのだろう、随分下手くそな言葉だった。

「お前が、お前がそう望むのなら俺はもうこんな事は言わない。でも、たとえお前がほかの人と結婚したりしても忘れねぇで欲しいんだ」

ノエル、そう名前を呼ばれてノエルがゆるゆると顔を上げると、こちらをじっと見つめるノクトと目が合った。

「改めて言う。すんげぇ今更だけどさ、俺、お前の事、好きだ」
「……………ありがとう」
「おう」
「じゃあ、仲直りだね」
「そーだな」

にこりと笑って手を出し出したノエルの手を、握る。ふふ、と笑うノエルにつられて、ノクトも思わず笑い出した。お前、手すっげー冷てぇぞ、先程までの気恥しさを隠すようにノクトはノエルをからかった。
仲直り