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人がひしめくホールの隅に、大きなクリスマスツリーが鎮座している飾られている。その下にはおそらくは空なのだろう、大量のプレゼントまで置かれている。ツリーに飾られているオーナメントやリボンは、どうやらインソムニアの外で活動する職人から買い取ったもので、噂によるとそのオーナメントを提供した人は今夜、近所の人々を集めて豪勢なクリスマスパーティーを開いているらしい。レギス陛下が指示を行い、使用人が思い思いに飾り付けた城の中は、クリスマス一色に染まっていた。赤と緑をベースにしたものがあちらこちらに飾られている。クリスマスパーティーのために雇われたアルバイトなのだろうか、見慣れないボーイに礼を述べてからシャンパンを受け取ったノエルは、その澄んだ黄金色を見ながらグラスをくるりと回す。ぱちぱちと泡が弾ける。おそるおそると口に入れれば、酸味と、ほんのりとした渋み、そして甘味が口の中を駆け巡る。

「………びみょ」

これ以上飲む気にはなれない。手に余ったそれをくるくると回しながら、バルコニーに出る。冬の寒い北風が肌を滑り、思わずふるりと震えた。ショールどこに置いたっけ、とぼんやり考えていると、後から肩にふんわりとジャケットをかけられた。すん、と小さく鼻を鳴らすと、漂ってくるのは爽やかなベルガモットの匂い。

「ノクト、外に出てていいの?」
「ん」
「ん、じゃないでしょ。挨拶終わってないよね?」
「んー、」
「人の話聞いてる?あっ、ちょっと、私のシャンパン」

ひょいとノエルの手からグラスを奪い取り一口でそれを煽ったノクトは、まぁまぁだな、なんて呟きながらノエルを見る。施された刺繍が美しい、ふんわりと広がったペールグリーンのプリンセスドレス。サファイヤとダイヤモンドを散りばめたネックレスに、真珠とルビーのイヤリング。よく似合ってるな、口からするりと出た言葉に自分で驚いていると、ノエルはほんのりと頬を赤く染めながらノクトを見た。ありがとう、はにかみながらそう返されて、ノクトは自分の体温がぐん、と上がった気がした。別に、思ったことを言っただけだろ、目をそらすようにそっぽを向けば、クスクスとノエルが笑った気配がする。閉まりきれていないバルコニーの扉から、屋内の喧騒が漏れ聞こえてくる。一曲終わったらしい、ぱちぱちと拍手が上がった。しばらくして拍手が止み、楽団が再びワルツを奏で始めた。この曲を、ノクトはよく知っていた。

「なぁ、」
「ん?」
「一曲お相手願えませんか、レディ」
「…………えぇ、喜んで」

差し出された白い手袋に包まれた手を自分の手を重ねれば、そっと包まれる。その温かさにほっとして、ハッとする。

「王子」
「ん?」
「上着をお忘れですよ、どうぞ」
「ん。わりぃ」

ジャケットを着せてボタンをしめる。襟の部分に王家の紋章を刺繍したスリーピースは、ノクトによく似合っていた。動き回ったせいで少しずれたクロスタイを少し直してあげれば、あんがとな、とお礼を言われる。いつもの事だから、胸ポケットに入っていたポケットチーフもついでにと別の折り方をして入れてあげる。もういいか、ノクトが本職の世話係に戻り、少し離れてこちらの身だしなみを観察するノエルに声をかければ、うん、と彼女は頷いてノクトの手を取る。ホールの見回りをしていた衛兵がホールに出ようとしている二人に気付き、慌ててバルコニーのドアを開けた。ホールに入り、そのまま二人は真ん中に進み出れば、先程まで騒がしかったホールが一瞬のうちに静まり返る。ノクトがそっと手をノエルの腰に添え、二人はゆっくりと動き出した。ステップ、ターン。動くたびにふわりと揺れるドレスの裾が、ノクトの足首をくすぐる。ぐっ、と腰を引き寄せれ、ノクトはノエルの耳元で囁いた。

「覚えてるか?」
「なにが?」
「これ、お前が好きな映画の曲」
「…………よく、覚えてたね」
「おう、さんざん聞かされたからな」
「散々は聞かせてない」
「あと散々付き合わされた」
「それは悪ぅござぃましたね」
「おかげで全部覚えてる」
「え?」
「踊ってやろうか、この場で」
「ほんと?」
「おう」
「嬉しい」

コホン、と一つ咳払いしたノクトは、ノエルから一歩二歩と離れる。どうぞ、と差し出された腕を手をそっとのせれば、ホールはわっと盛り上がった。王家と付き合いの長い楽団だ。ノクトがやろうとしていたことをすぐさま察した彼らは、もう一度冒頭から曲を演奏し始めた。そのまま続けてもう一曲踊り終える頃には、二人しか踊っていなかったホールは大勢の人が踊っていた。再び騒がしくなったホール。入り口から一番近くまで踊りながら近づいたノクトは、そのままノエルを引っ張って開けっ放しにされていたドアから出た。ちょっと、とノエルが引っ張られながら懸命についてくる。歩きづらそうにフワリとドレスの裾が広がり、カツンカツンとヒールが床を蹴る。正直二人の進む速度は普段と比べて随分と遅かった。突然立ち止まったノクトに、懸命にそのあとを追いかけていたノエルがその背中にぶつかる。鼻頭を抑えながらちょっと、と恨めしそうに睨みあげてくるノエルに、ノクトはしばし考えてからうん、と頷いた。

「暴れるんじゃねぇよ」
「はぁ?っちょ、ひぃっ、」

手さぐりで膝裏にと背中に腕を回し、持ち上げる。突然の浮遊感に驚いた声を上げながら、ノエルはしっかりとノクトの首を腕を回した。ちゃんと捕まってろよ、一言をかけてから、ノクトは歩き出した。既に閉めてしまった一般公開区域を通り抜け、関係者区域も通り抜ける。王族の居住区域についた頃に、ノクトはやっとノエルが変な顔をしているのに気づいた。なんだよ、と抱えなおしてその体を揺らしてやると、ひょえ、やらふぁっ、やらノエルが奇声をあげてノクトにひっしと抱きついた。

「いやなんか、」
「ん」
「ノクトが優しすぎて気持ち悪い」
「オイコラどういう意味だ」
「だって普段こんなことしないじゃん!」

なんか理由あるでしょ!とぐっと顔を近づけくるノエルに心の中でどぎまぎしつつ、すました顔でそうだな、とノクトは返す。閉められていた自分の部屋のドアをノエルに開けてもらい、足で開き、ベッドにおらよ、とノエルを落とした。ぼふんと音を立ててベッドに落ちたノエルをよそに、テーブルの近づき、引き出しを開ける。

「ノエル」
「なぁに、ちょっとほんと投げないで欲しかったんだけど」
「ほらよ」
「うわっ、ちょっ、………なにこれ」
「やる」
「えぇ!?」

シルバーのリボンが結ばれた青い箱をキャッチしたノエルは、なにこれ、と箱とノクトを交互に見た。やる。開けていい?おう。短い会話を繰り返してノエルが箱を開けば、そこにはリボンの飾りが可愛らしいヘアオブジェとイヤーオブジェのセットがあった。見覚えのあるそれに、ノエルはバッとノクトを見た。

「これ、」
「お前それ欲しいつってたろ」
「なんで………」
「お前の友達に聞いた」
「………うそ、なんで」
「お前、今日誕生日だろ。二十歳」

どかりと勢いよくノエルの隣に座ったノクトは、箱の中からイヤーオブジェを取り出した。動くなよ、とノエルに声をかけてからそっとノエルの耳にある豪勢なイヤリングを外して、自分のそれを付ける。深い青のそれは、ノエルが最初につけていたあれに比べて、謙遜のないものだとノクトは思う。

「流石俺の見立て、よく似合ってるじゃん」
「〜〜〜〜っ、ありがとう!!」

がばりと勢いよく抱きつけば、ノクトはおー、どーもな、なんて返事をしながらゆっくりどうぞノエルの背中に腕を回してぽんぽんと撫でた。





「と、いうことがあってねー」
「うわぁー、あまぁーい!ごちそうさまーー!」

翌日朝イチにノエルに呼び出されたプロンプトが、ノエルの耳につけていた見慣れないものについて聞くと、ノエルは嬉しそうにはにかみながらことの次第を話してくれた。なんで、それでなんで付き合わないのノクトォ……と項垂れるプロンプトに、ノエルは苦笑する。テレビの画面に表示されたGame Overの文字が浮き出て、デカデカとその存在を主張する。朝早くから呼び出してごめんね、お詫びに朝ごはん作ってあげるから。そんな一言で嬉しくなる自分はかなり現金だな、なんてプロンプトは思う。だってノエルのご飯美味しいもん。アボカドとエビとチーズのホットサンドのこの話には丁度いい苦さのコーヒー。おそらくあと数時間したら起こしに来ないノエルに気付いてノクトがやってくるのだろう。せめてそれまではもう一人の親友とゆっくり過ごさせてくれ。そういえばノエル、ちょっと遅れたけどお誕生日おめでとう。リュックからプレゼントを取り出せば、彼女はありがとう、と嬉しそうに笑った。
HBD to you :)