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次にアーデンがレイヴスの部屋を訪ねた時には目を真っ赤に泣き腫らしたノエルが部屋の隅にあるソファーベッドの上で寝ていた。微かに驚いたアーデンは、おやぁ、将軍様泣かせちゃった?なんてレイヴスをからかってみせたが、レイヴスはちらりとアーデンを見ただけですぐに自分の仕事に戻ってしまう。なぁーんかつまんないなぁ、と思ってノエルに一歩近づけば、彼女につけたメイドがノエルを庇うように前に立った。大好きな王子様のところに返したいんだけど、そういえばメイド渋い顔をしながら道を開けた。隣からトントンと書類を揃える音がして、レイヴスが立ち上がる。そのままアーデンの前に立ち、ソファーベッドで寝ているノエルを抱き上げ、アーデンを振り返った。

「アラケオル基地に行くんだろ、俺も行く」

その言葉に、アーデンは驚いてマジマジとレイヴスを見た。







「おう、ありがとう」

ラムウから啓示を貰い終わると、雷は止み、ざあざあと降っていた雨も嘘かのようにピタリと止んだ。雲一つないからりと晴れた青空を見上げていた三人は、礼を言って電話を切ったノクトを見る。シドニーからの電話であるそれに、なんでそんなに素っ気ないの、もっと優しく返してよとプロンプトが文句を言っている。行方知れずだったレガリアはどうやら帝国の基地にあるらしい。とりかえしに行くしかねぇな、と背伸びしたグラディオに、そうするしかないな、とイグニスがメガネをあげた。そんな一行の上を、轟轟と音を立てながら帝国の飛行基地が通り過ぎて行った。もし雷と雨が酷くなかったらレガリアはとっくにここからいなくなっているかもしれないな、巨大な飛行基地を見上げながらそう言ったイグニスに、あれ、とプロンプトは立ち止まった。

「どうしたプロンプト」
「んー、いや、かも知れないの話だけどさぁ」
「なんだ、言ってみろ」
「ノエルも、もしかしてそこにいたりして」

ここから見える基地を指差したプロンプトに、ノクトは立ち止まってプロンプトを振り返った。君の大好きなお姫様、一旦預けさせてもらうよ、あ、ちゃんと返すからそうカリカリしないでね。人の食えない笑みでそう言ったアーデンを思い出して、ノクトは小さく舌打ちした。雨のせいで飛行機基地が動けなかったくらいだから、たぶんアーデンもこのダスカのどこかにある帝国の基地から脱出できていないに違いない。プロンプトの"かもしれない"がもし今から目指しているアラケオル基地ならレガリア奪還という目標にノエル奪還まで加わり、一層やる気が出てくる。プロンプトの"かもしれない"が外れたら外れたで問題ない。その場合はダスカ中の帝国の基地を潰しまわりに行くだけだ。ノクトをおびき寄せるのが目標なら、ノエルがそこに居てもおかしくはない話だ。チョコボに乗りながらそう言ったイグニスに、そうか、と相槌を打ってノクトはチョコボの横腹を蹴る。

「分かってんな、チョコボ」
「クェッ!」

短く鳴いたチョコボは、力強く地面を蹴って走り出した。







どこをどう移動したのかはよくわからないが、これだけはよく分かった。移動に半日もかかったのだ。深夜に出かけたはずなのだが、外はもう既に白み始め、太陽が顔を覗かせていた。帝国軍の揚陸艇にあった窓からダスカの豊かな大地を見下ろしていたノエルは、レイヴスを振り返った。

「気分はどうだ」
「……まぁまぁ、かな」
「すまないな」

きゅ、と眉間にシワを寄せたレイヴスに、仕方なかったんだよ、とノエルは小さく微笑んで頭を振った。ノエルの父親が急にやってきた帝国の軍人であるカリゴ准尉によって殺されたのは昨日の夕方の事だった。ごめんな、とはこの事だったのか、と納得したのだが、今はそんな感傷に浸っている暇はなかった。百代と受け継がれてきたアロレックス家の記憶を片っ端から見ては今回の戦いに役立つ情報を整理しなくてはならない。昔から記憶力の良さには自分ながら感嘆していたのだが、まさかこんなカラクリのためにあったなんて、目を伏せながらノエルは目を閉じた。
その時、ボン!とどこからか大きな爆発音がして、揚陸艇が少し揺れた。よろけたノエルを、レイヴスが支えた。

「何、今の」
「さぁな、だが基地の方からだ。何かが破壊されたのかも知れん」

眉を顰めながらじっと下を見下ろすレイヴスに倣って、ノエルも窓から外を覗く。ここから少し離れた所から、もくもくと黒い煙が立っている。微かに青い光も見える所からして、今頃ノクト達が基地の中で暴れているはずだろう。やっとノクト達と合流出来ることに安心した傍ら、結局何故アーデンが自分を連れ去ったのかは最後までわからなかった。揚陸艦はゆっくりと降下して、基地の片隅に着陸した。お前はあとからゆっくり来い、と一言残したレイヴスが足早に駆け出した。残されたノエルはレイヴスのあとを追いかけようとしたのだが、すぐに姿が見えなくなった。こっちかな、あっちかな、と右往左往していればいつの間にか迷子になっていた。遠くから戦闘音が聞こえる。自分方向音痴だっけ、不思議に思いながら歩き出すと、パシリと腕を掴まれて、反射的に振り払う。

「そっちじゃないよ」
「…っ、アーデン!」

基地の中でできなかった武器召喚が出来た。レイピアを呼び出して反射的に構えるポーズを取れば、どうどう、とアーデンはノエルをなだめる。

「そう怒んなって。そっち行ってもいつまでも王子様の元に辿り着けないよ?」
「……知ってる」
「ねぇ、迷子でしょ?」
「…………」
「ほら、こっち」

そう言ってゆったりと二三歩歩いた後に、アーデンはノエルを振り返った。

「来ないの?」
「……っ、」

嫌な顔をしながらもこちら側に歩いてきたノエルを見て、アーデンは満足そうに頷いて歩き出した。高くつまれたコンテナや帝国のロボットをいくつか通り抜ける。だんだんと聞こえてきた人の言い争う声に、おや、とアーデンが楽しそうな声を上げた。







「選ばれし王である男が、こうも愚かで無力とは」

グラディオに剣を突きつけながら、レイヴスは目の前のノクトを睨んだ。本当に愚かだ。レイヴスはもう一度心の中で繰り返す。

「お前の命は常に誰かの犠牲の上に成り立っている」

らしくもない言葉を吐きながら、レイヴスは頭の中に二人の女性を思い浮かべた。闇を払うため、死も厭わずにノクトの隣に立つことを覚悟したルナフレーナ、ノクトの力となるため、この世から姿を消す運命になるノエル。んだよ、ちいさく悪態をついたノクトはキッとレイヴスを睨み返してファントムソードを纏わせる。

「はい、そこまでにしとこう」

二人の間を割って出てきたアーデンはノクトを助けに来たという。ここにある軍を撤退させるからさ、と言ってレイヴスを引かせると、後ろを振り返った。

「そうそう、君たちのお姫様、返しに来たよ」
「……は、」

小さく息を吐いたノクトは、アーデンの後ろを見た。白いワンピースを包んだノエルは、キョロりと周りを警戒しながらこちらに向かって歩いていたが、ノクト達を見るなり、顔を明るくさせて駆け寄ってきた。

「ノクトっ!」
「ノエル……、無事、だよな」
「えぇ、なんとも」
「うんうん、めでたしめでたし………次に会うのは、海の向こうかな?」

じゃあね、と手を振って去っていったアーデンを、その姿が見えなくなるまでノクトは睨んだ。
奪還