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「それでね、」


お互い歳を一つ重ねた。ひざに動物図鑑を載せ、自室で私服を着てソファーに座るノクトの向かい側には、リボンのついた濃紺の少し硬いフェルトの帽子に、白い、フリルのついた襟が覗く濃紺のワンピースを来たノエルが座っている。きゅ、と結ばれた臙脂色の紐リボンが、ノエルの動きに合わせてゆらゆらと揺れる。幼稚園の制服である。今年四歳になるノエルは、幼稚園に通い始めたのだ。対してノクトは、将来の王としてのあれこれについて、城で家庭教師から学んでいた。ノエルが幼稚園に行っている分、二人の時間は減っていくし、ノクトは嬉々として幼稚園で起こったことについて語るノエルが、少し嫌だった。幼稚園の先生がね、と言ったノエルに、ねぇ、とノクトが口を挟んだ。


「なぁに、ノクト」
「そといこ」
「…うん!」


ばっ、とソファーから降りたノエルは、帽子をテーブルの上に置いてん、とノクトに手を差し出す。それを掴んだノクトは、ぎゅ、とノエルと手を繋いで部屋を出た。すれ違うメイド達に挨拶されながら、二人は温室に向かう。全面ガラス張りのそこは一年中暖かく、色とりどりの花が咲いている上に、蝶々まで飛んでいる。生ぬるい、ジメッとした空気に、2人は顔を見合わせる。色とりどりの花で冠を作って、蝶々を追いかけて。その途中で見つけた換気用に開けられた窓を見つけて、二人は内緒だね、と頷きあってそこから外に出た。コンクリートの、下に降りる階段を見つけて降りると、そこには電線やら排気管やらいっぱい置いてあり、どこか薄暗かった。


「くらいね」
「うん」
「…ねぇノクト」
「なに?」
「こわくない?」
「え、」


横を見ると、そこには今にも泣き出しそうな顔をしたノエルがいて。じゃあ戻ろう、とノクトはすぐに引き返した。部屋に戻りればやることがなくなる。そうだ、こっち、とノエルに手を引かれて、ノクトがやってきたのは、彼自身でさえ滅多に来ない母の部屋だった。


「しつれいしまーす」


珍しく挨拶しながら部屋に入れば、消毒液の匂いがツンと鼻を突く。顔の半分はある大きな酸素マスクをつけたノクトの母は、二人に気づいてゆったりと微笑んだ。さっき二人で作った冠を、ノエルは母のベットの上に置いた。


「ソフィアさま、おかげんはいかがですか?」
「とても調子がいいわよ、ノエルちゃん」
「かあさま…」
「ノクトも、ここに来るのは久しぶりですね」


しばらく見ないうちに大きくなりましたね。ぽんぽん、とゆっくりとしたリズムで頭を撫でられて、ノクトは少しくすぐったかった。







季節は春から夏へ。夏休みに入ったノエルは、去年と同じようにまた毎日ノクトと一緒に過ごした。かき氷を食べたりプールに行ったり、花火を見たり。夏祭りも一緒に行った。ざわざわと騒がしい人混みの中を、ドクトゥスと手を繋いで歩く。買ってもらった狐のお面で顔をつけて、腕にはドクトゥスに掬ってもらった金魚の入った袋、手には大きな綿あめがある。甘い。ふわふわしてて、すぐに溶けちゃって、甘い。反対側にいるノエルは、ベビーカステラが食べたい、やらたこ焼きが食べたい、やら。ノクトの知らないものばっかりドクトゥスに言って宥められていた。赤と紫の朝顔が咲き誇っている白い浴衣は、夜闇の中でよく目立った。すれ違う屋台のおじさん達は、ノエルを見ては別嬪さんだね、なんて笑ってちょこちょこと食べ物を与える。ありがとうおじさん!ぺこりと勢いよくおじぎするのに合わせて、絞りの兵児帯がふわりと揺れる。


「ノクト?」
「へっ?」
「ぐあいわるい?」


ぼぉっとしていたら具合が悪いと勘違いされたらしい。しゅんと眉を下げてこちらを見るノエルに、ちがうよ、と告げてノクトはノエルの持っている袋に目を向けた。そしてドクトゥスに目を向ける。ノエルと離された手には、木で出来た船型の皿に、まぁるい、茶色いものが八つ、並んでいた。


「それって、なに?」
「あ?これか。たこ焼きだよ。食べるか?ノクト」
「うん」
「じゃあ、移動するか」


ノエルお前はぐれるんじゃねーぞ。はぐれないもん!そんな会話をして、ドクトゥスはノクトと手を繋いだままどんどん人混みから離れていく。やがて人のいない、神社の境内にたどり着く。ハンカチを敷いた階段に座って、ドクトゥスはほらよ、とたこやきをノクトに差し出した。熱いし丸いから上手に食えよ、と言われて、ノクトはゆっくりとたこやきをすくい上げて口に運ぶ。


「、あっふ、」
「あついよー!」


しゅわしゅわと泡が弾けるラムネの瓶を持ったノエルは、あまりの熱さに今にも泣き出しそうになっているノクトをみてケラケラと笑う。ゆっくりとたこやきを飲み込んだノクトは、むっとしてノエルを睨みつけた。その本人は全く気にせずに、上手に箸を使って焼きそばを口に入れる。それも欲しい、そう言いかけたノクトの言葉は、ドン、という耳をつんざくような爆音に掻き消された。


「わ!はなび!!」


赤、青、緑、黄色。色とりどりの花が打ち上がり、儚く散ってゆく。こんなに近くで花火を見たのは初めてで、ぽかんと口を開けたノクトに、ノエルは笑う。


「またいつかこようね」
「……うん、きたい」


とりあえず今日は帰ってからレギスの説教でも聞くか、めんどくさそうにガシガシと頭をかいたドクトゥスに、ノエルとノクトは顔を見合わせてへへ、と笑った。

真夏の夜は誰のもの