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キカトリーク塹壕跡から二人目である修羅王の力を与えてもらったノクトは、出ないよね?と得体の知れぬものに怯えるプロンプトを引っ張りながら外に出る。思いのほか時間は経っていたようで、外は既に暗くなっていた。

「おかえり」

聞こえてきた声に、ノクトは足を止めて前を見る。入口の前で立っていたノエルは、呆然としているノクトを見て一緒に行けなくてごめんね、と申し訳なさそうに笑った。

「いや、いい、お前も疲れてたし」
「え?」
「王都で夜通し戦ってたって」
「………将軍ー」

情けない声を出して、ノエルは空を仰いだ。あまり知られたくなかったらしい。聞かなかったことにしてね、真剣な目をしてこちらを見たノエルに適当に返事をして、集落に戻る。モービルキャビンと標があるけどどっちに泊まる?歩きながらそう聞いてきたノエルに、ノクトは少し考えながらキャビンだな、と答えるとはぁ?とグラディオが異議をとなえた。

「断然キャンプだろ」
「はぁ?キャビンに決まってるだろ」
「はいはいはーい!俺もキャビンがいいでーす!」
「っち、イグニスは」
「どちらでもいい」
「ノエルは」
「んー、キャンプかな」
「はぁ!?」

お前裏切んなよ!信じられない、と言うようにこちらを見るノクトに、ノエルはだって、と空を見上げた。

「星綺麗だし」
「だけじゃん」
「火起こすのも楽しいよ?テントの中でワイワイするのも楽しいし」
「さすがノエル、お前分かってんな」
「うちが旅してきた時も出来るだけキャンプしてるからなぁ…」

意見は分かれたまま、一行は集落に辿り着く。右に行けば標、左に行けばキャビン。どちらも譲らないようにジリジリとにらみ合いを続けていると、はぁ、と後ろからイグニスのため息が聞こえた。

「どうせ距離はそう遠くない。食事はキャンプでして、ノクトとプロンプトはキャビン、グラディオとノエルはキャンプすればいいだろ。俺はノクト達と寝る」
「えっ、ほら!イグニスもキャビンだって」
「お前達が夜更かししないように見張るからだ!異議はないな」
「…あぁ」
「おう」
「ではひとまずここで解散だ。また翌朝に会おう」

イグニスの言葉で一同は二手に分かれた。ゲームしようぜー、なんて誘ってくるプロンプトにいいぜ、と答えるるノクトは、気になって後ろをちらりと振り返る。車からキャンプ道具を抱えて出てきたノエルとグラディオは、楽しそうに話しながら標への道を上がっていく。そんな二人を見ながら、ノクトははたと気づく。どうしたのノクト?不思議そうな顔をしたプロンプトになんでもない、と言ってノクトはキャビンに向かって歩き出すが、その足取りは重く、しきりに後ろを気にする様子に、プロンプトとイグニスは顔を見合わせ、肩を竦めて苦笑した。

「気になるんでしょー」
「はぁ?別に」
「………ほぉ、そうか」
「んだよその間は」
「いや?なんてもない」

その後も二人の問いかけをするりするりとかわしたノクトは、キャビンに入るなりお休みと言ってベッドに寝っ転がった。どうやら王子は機嫌を損ねてしまったらしい。わざとらしくため息を吐いたイグニスに、うちの王子はヘタレですな、とプロンプトが同調する。それをひたすら無視しているうちに、ノクトは本当に寝てしまった。次に目を覚ましたのは二人共寝息がそろそろうるさくなってくる頃で、変に目が覚めてしまったノクトは、キャビンの窓から外を見る。集落の光を遮り、亀の首のように大きく飛び出た岩の上に人影を見つけたノクトは、お化けではないかと一瞬慄いたが、よくよく目を凝らすとそれは見知った影であったことに気づく。二人を起こさないように、ノクトはキャビンを出た。岩山を登れば、昼間とは違う冷たい風が肌を滑る。

「ノエル」
「………ノクト」

振り返ったノエルは、ノクトの姿を捉えて少し笑う。隣に腰を下ろして、ノクトはノエルに倣って空を見上げた。満月らしい。丸い月が淡い光を放ち輝いていた。

「ごめんなさい」

聞こえてきたつぶやきのような声に、ノクトはノエルを見る。体育座りをして、じっと靴の先を見ていたノエルは、何か言いたそうにしばらく口を開けたりしていたが、言葉が出てこないらしい。もう一度ごめんなさい、と謝った。

「あともう一足早ければ、もしかしたらレギス様は」

助かっていたのに。そう言いかけた言葉はノクトがノエルの腕を引っ張ったことによって体制を崩され、出てくることは無かった。そんな事、言うな。ノクトの声は、僅かに怒りが含まれていた。

「親父が悪いんだ、敵を自陣に招きこんで、勝てると思ってたのが悪いんだ」
「…………ごめん」
「っ、だから謝んな!」
「調印式の日程も、知ってたの」

知っててわざと言わなかった。ぎゅうと拳を握ったノエルは、ごめん、ともう一度謝った。

「四回目」
「え?」
「さっきから俺にごめんって言った回数」
「……………えっ、と」
「ありがとう」
「え?」
「オヤジを助けようとしてくれて」
「なにも、してないよ」

力なく頭を振ったノエルに、そんな事ねぇよ、とノクトは返す。

「オヤジ、お前のこと好きだからさ」
「………なによいきなり」
「いや、なんつーか、俺より可愛がってたし」
「そんなことないよ」
「お前に看取ってもらって、嬉しかったんだと思うぜ?」

多分俺よりも?なんで語尾が疑問形なの。ノクトの言葉にノエルは目を瞬かせたが、やがてくすりと笑った。

「そんなことないよ」
「ないって」
「あるある。ノクトのことを頼んだって、言われちゃった」
「普通逆じゃねぇか?」

解せぬ、と言った表情をしたノクトに、私の方が強いから、とノエルは力持ちポーズを取る。へぇそう?棒読みしたノクトは、手を伸ばしてノエルを押し倒した。わけも分からず倒れたノエルは、上にあるノクトの顔をまじまじと見る。しばらくして自分の置かれた状況に気づき、ここから脱出しようと身をよじるが肩を押し付けられてびくともしない。ねぇノクト!キッと睨みつけても、ノクトは何故かその場で固まったまま動かなかった。ノクト、何回か呼べばノクトは我に返った。

「ノエル、」

囁くようにやばれたその名前は艶を含んでおり、ぎゅうとノエルの心を鷲掴んだ。細められためにはどこか情欲を含んでおり、無意識にノエルは唾を飲み込む。知らぬうちにどんどんと近づいてくるノクトの顔に、ノエルは思わず目を閉じた。ふわり、と額にノクトの唇がおりる。

「え、」

ばっと目を開き既に離れたノクトを見上げると、ふっと笑いかけられる。くしゃりと髪の毛をかき回し、男の方が強いって覚えておけよと言い残し、消えたノクトがいたところを、ノエルはしばらく呆然としながら見つめていた。
満月の夜に