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モンスターの攻撃による状態異常で動物になるのはナーガ系統のトード化のみ。そして今日も今日とて洞窟内でナーガに遭遇した一行は、ナーガの攻撃により地面でゲコリと鳴いて跳ねるハメになってしまう。居心地の悪い数分を過ごし、戻った"彼ら"は今だと言わんばかりにナーガに一斉攻撃をする。それからは早かった。ものの数分でナーガは討伐された。レストランの店主からの依頼を終え、洞窟を出ながらお疲れ、とお互いの働きをいたわった"彼ら"は、聞こえてくるはずである五人目の鈴を転がしたような優しい声が聞こえないことに気付いてふと立ち止まる。くるり、とプロンプトが振り返った。

「あれ、ノエル?」
「いねぇのか?」
「迷子か?」
「ナーガと戦い始めた時までは一緒にいたのだが…」

メガネのフレームをカチャリとあげたイグニスは、おかしい、と目を細めた。あいつはまた勝手に、舌打ちしたノクトは、少しイラついているようでタンタンとリズムよく地面を蹴っている。おーい、ノエルー?おいノエル!プロンプトとグラディオの声が、洞窟にこだまする。

「にー」

ふと聞こえてきた声に、イグニスはん?と周りを見回した。プロンプトとグラディオに静かにするように言って耳をすませる。

「みゃー」

声は足元からだった。視線をしたにずらせば、足元には一匹の白猫が行儀よくちょこんと座っている。澄んだ水色の大きな目で、じっとイグニスを見上げる。猫か、ぽそりと呟いたイグニスに、えっえっ!?とプロンプトがはしゃいだ。イグニスの足元に座っている猫をみて、わぁ、とはしゃぐ。

「うっわぁーはは、かわいいー!どこの子かなー?」
「にゃー」
「ここにいちゃ危ないよー!外に出ようねー?」
「にっ!」

小さくそう鳴いた猫は、たしっ、と前足をプロンプトの鼻に乗せる。えっ、と固まったプロンプトの手の中をするりと脱出して、真っ白いお猫様はノクトの前に座る。猫…そう呟いてノクトは猫を抱き上げた。

「よっ」
「にゃ」
「ききてー事あるんだが、いいか?」
「おい何してんだノクト」

呆れた表情のグラディオは、にゃ、ノクトに小さくそう返した猫をまじまじと見つめる。人の言葉がわかんだな、この猫。しみじみと呟けば、猫はくるんとグラディオの方を見てフシァー!とグラディオを威嚇した。その様子はまるで私をバカにするな!と言っているようで、気の強いねこだな、とグラディオは少したじろいだ。

「お前、ノエル見なかったか」
「にゃーん」
「どこだ」
「にゃーーん」

たし、肉球がノクトの鼻に乗った。そのままぺしぺしと叩かれる。しばしの沈黙が流れて、ふぅーん、と声を漏らしたノクトは、戦闘服のジャケットを脱ぎ、私服のフード付きのジャケットを羽織る。動くなよ、猫に声をかけてフードに入れたノクトは、帰るぞーと気だるそうに三人に声をかけて歩き出した。え、プロンプトが慌ててノクトの隣に並ぶ。

「いやいやいや、ノエル!」
「ノエルがどーしたんだよ」
「見つかってないじゃん!」
「見つかってんじゃん。コイツだよ」
「は?」

ポカン、と口を開けたプロンプトに、コイツだ、とフードに入っている子猫を指させば、人を指さすなとばかりにぺしんと指を前足で跳ね除けられる。へーへー悪かったな。心無い返事に子猫は怒ったようでノクトの首筋に爪を立てる。イッテェよバカ!怒ったノクトは子猫の首根っこを捕まえてぶらんぶらんと揺らした。ふにゃーー!ジタバタとノクトの手の中でもがいた子猫は、しゅたっと鮮やかに着地して、グラディオに向かって一直線に走った。目にも留まらぬ鮮やかな動きでグラディオの体を登り、肩に鎮座する。まじか、グラディオが猫をまじまじと見つめて言った。顎をなでてやればゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らす。猫じゃん、そう言えば遠慮なく爪を立てられて小さな白猫はイグニスの腕の中に避難した。







ノエルはやっぱりノエルで、そして猫だった。ほら目線こっち!パシャパシャと写真を撮っているプロンプトの前には、むんっと胸を張る小さな白猫、もといノエル。首には予備で持っていた小さなリボンが結ばれている。全ての状態異常を防ぐ効果があるそれはこの謎の猫化を解いてくれるかと思ったのだが、今のところ効果は現れていない。どうしたものか、今度はプロンプトと猫らしく猫じゃらしであそび始めたノエルにノクトが声をかければ寝っ転がっていたノエルは慌てて起きてノクトの元に寄った。抱き上げられたノエルは、大人しくノクトに身を預ける。

「お前晩飯なに食うんだ?」
「………にゃー、」
「やっぱわかんねぇか…刺身はいいだろ」
「にゃ」
「おー、んじゃそゆことで。イグニス、晩飯魚な!」
「分かってる。先程釣ったのを調理しよう」

クーラーボックスから魚を出したイグニスを見て、ノエルはにゃー、と小さく鳴いた。迷惑かけてごめんってよ、ノクトがそう伝えると、気にするな、と帰ってくる。ざらりとした感触の舌がノクトの鼻をくすぐる。

「やめろ、くすぐってぇよ」
「にー」
「てめぇ」

ぎりぎりと睨み合う一人と一匹に、流石だなーとプロンプトがシャッターを切る。ノクトと遊ぶのは飽きたらしい。腕から脱出したノエルは、器用に猫じゃらしを咥えてグラディオの膝に乗った。邪魔するように本に体を載せると、わぁったから、とグラディオは苦笑して猫じゃらしを持った。おらおら、とノエルとじゃれているのをノクトが見ていると、ススス、とプロンプトが近付いてきた。

「すごいねー、」
「あ?」
「いやだって、ノエルの言うことわかるんでしょ?」
「……あー、だな」
「なんで?」
「なんでって…」

うーんと唸りながらノクトはじぃとノエルを見つめる。猫は気まぐれだ。猫じゃらしで遊ぶのにも飽きたノエルは、グラディオの膝の上で丸くなってじっと焚き火を眺めている。ぶぉんふぉんとしっぽが揺れていて、恐らくは考え事をしているんだろうか。あの様子だと何時になったら戻れるのか、そもそもどうして猫になってしまったのかを考えている様子にも見える。まぁずっと猫でいる訳じゃないしそのうち戻るからいいだろ、なんとなくそう思ってノクトはなんとなく、と言葉を出した。

「なんとなく…?」
「おう」
「……はぁーー!愛だね!」
「は?」

拳を握ったプロンプトは、くぅ、と感動したように天を仰ぐ。

「愛だね!ノクト!」
「いや意味わかんねーし」
「なんてゆーの?言わなくてもわかる?以心伝心?すごいねー」
「おいノクト」
「なに?」

本を閉じたグラディオは、膝の上ですやすやと眠るノエルを指さした。

「俺ちょっとトイレ行って来るからこいつ頼む」
「おう」

ノクトがノエルを抱き上げると、すまんなとグラディオは謝って立ち上がる。標から離れたグラディオを見送り、ノクトは腕の中ですやすやと眠る子猫を見る。

「オメーは呑気だな、ちょっとは焦っとけ」

そう言うと、腕の中のノエルはゴロゴロと喉を鳴らした。きっといい夢を見ているんだろう、ふっとわらったノクトは、そっと子猫のふわふわした額に唇を寄せた。

ボフン!

「なんだぁ!?」
「うわっ」

いきなり上がった緑色の煙に、ノクトは思わずほぼ反射神経でノエルから手を離して地面に捨ててしまった。やべぇ、猫投げちまった、と顔をひきつらせたるノクトとパタパタと煙を払っていたプロンプトは、ふと煙の向こうにいる人影に気付いた。ちょうどその時吹き始めた風も相まってなんともファンシーな色をした煙が晴れる。煙の中から姿を現したのは、無事人に戻ったノエルだった。お!戻ったじゃん!おめでとう!そう声をかけようとしたプロンプトは、おや、と首を傾げる。目の前にいるノエルは、額に手をあてて顔を真っ赤にして俯いていたのだ。さっきノクトが猫のノエルにした行動と、今のノエルの態度。気付かなくともピンときたプロンプトは、ははは、と乾いた笑いを漏らして呟いた。

「やっぱ愛じゃん…」
猫のお姫様