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レストストップ・ランガウィータにあるモーテルの店主に荷物り届けるというお使いをちゃっかり言い渡されたノクト一行は、そこのパーキングで降りた。クロウズ・ネストだ!と道路の反対側に駆けて行ったノエルが店に入ったのを確認して、店主に荷物を渡す。大盛りのケニーズポテトと人数分のジェッティーズを持って出てきたノエルは、車の前でおや、と立ち止まった。

「ノエル?どした?」
「……アンブラが来る」
「へっ?」

遠くをじっと見つめるノエルに、ノエルを除いた三人は顔を見合わせる。ちょっとそわそわしているノクトは、ワンと犬の鳴く声が聞こえて一歩踏み出した。ノエルの言う通りに駆け寄ってきたアンブラは、ノエルの周りをくるりと一周回って、ノクトの前におすわりした。お疲れ様。労うようにその頭を撫でたノクトは、斜めにかけている布の中から赤い表紙のノートを取り出してめくる。その間アンブラは、おーよしよし、と嬉しそうにしているノエルから猫可愛がりされていた。可愛らしいシールの下に一言、"テネブラエを発ちました"。その言葉に、ノクトは少し笑った。ポケットに忍ばせていたハンマーヘッドのシールをその隣のページに貼って、その下に一言、"久しぶりに会えるな"。書く言葉は一言でいいの。書きすぎると最終的に何が書きたくなるか最後にはわからなくなってしまうでしょう?ルーナと交換日記を始めたばかりの頃にノエルに言われた言葉を思い出して、ノクトはよし、と頷いた。ノクトが手帳を書き終えたことに気付いたアンブラは、再びノクトの前に戻ってくる。手帳をアンブラに括りつけて、走っていったのを確認すると、ノクトは立ち上がった。それを見て、イグニスはメガネのフレームをカチャリとあげた。

「ガーディナに行くぞ」

車に乗りこんで、ガーディナに繋がる道を道なりに進む。改めて乗って見ると狭いわね、グラディオを見ながらそういったノエルの頭を、グラディオはぐしゃりと撫でる。つけているラジオからは今回のノクトとルナフレーナの結婚について報道していた。話を聞いてたプロンプトは、そうだよね、としみじみと呟いた。

「政略結婚だもんな…」

グラディオがシートポケットからヘッドホンを取り出してノエルに被らせる。何すんの、文句を言おうとこちらを睨みつけるノエルに、彼女の好きなアーティストの曲を流すと、ノエルはすぐそちらに気を逸らした。

「でも、王子もまんざらじゃねーだろう」
「んー、知らない人と結婚させられるよりはマシ」
「だよねー」
「んで、」

グラディオに見られている自覚があるノクトは、なんだよ、とグラディオを見る。

「ノエルはどーすんだ」
「ちょっ、グラディオ」
「お前、まだ諦めてないだろ」
「え?」
「ったりめーだよ」
「ええっ!?嘘でしょ!」
「プロンプト、少し静かにしてくれないか」
「いやいやいや、イグニス!だって!」

そこまで言って、プロンプトははぁ、とひときわ大きなため息をついた。頭が痛いよ、とうなだれたプロンプトは、いつも見る陽気なムードメーカーの欠片すらない。なんだ、と訝しげにしている三人に、プロンプトはノクトを見る。

「ノクトが悪い」
「は?なんなんだよいきなり」
「ノクトのヘタレ」
「うっせぇよ!なんなんだよ!」
「ノエル、ノクトのこと諦めてるよ」

しん、と沈黙が一行を包み、ふんふんと何も知らない楽しそうなノエルの鼻歌だけが車内に流れる。諦めたって、どういうことだよ。僅かに震えたノクトの声がする。あっ、でも!プロンプトは気落ちしているノクトに慌てて訂正する。

「諦めかけてる、が正しいよ!」
「…………」
「これはノクトが悪いな」
「だな」
「んだよっ!」

いつまでもチンタラしてるお前が悪い。シートポケットから本を取り出したグラディオは、もう用はないとばかりに本の世界に入り込んだ。ノクト、イグニスに声をかけられて、なんだよ、とノクトは返事をする。機嫌悪いね、とプロンプトがつぶやいた。

「今後どうなるかはぜんぶお前にかかっている」
「…………」
「ノクトから言わないと何も始まらないぞ」
「わあってるよ」

隣にいるノエルを見たノクトは、俺次第、か、とつぶやいて息を吐き、ノエルからヘッドホンを取り上げる。ちょっ、なにすんの!と怒るノエルに寄りかかって、肩口に頭をのせた。

「ぜってーもう一度振り向かせてやっから」
「?」
「待ってろし」
「なに、どゆこと?」
「寝る」

そう言うなり寝息を立て始めたノクトをノエルは怪訝そうに見た。誰に向かっての独り言だったのだろうか、グラディオやプロンプトを見ても何も答えてはくれない。まぁそのうち分かるだろう。ノクトの柔らかい髪の毛を軽くなでて、ノエルはくぁ、と小さくあくびを漏らして目を閉じた。







「海です!」

両手を拳にして天に向かって突き上げたノエルに、イェーイ!とプロンプトが乗っかる。

「柔らかいベッドにマッサージ!」
「美味しい海鮮料理!」
「青い海に!」
「白い砂浜!」

車を降りるなり浜辺に向かって走っていこうとしたノエルとプロンプトの襟首を、ガッチリとイグニスがつかむ。ぐぇ、と情けない声を出した二人に、遊びに来ているんじゃないぞと言えば、とても残念そうな顔をしながらイグニスに文句を吐く。ガーディナ来れるからって水着持ってきたのに、としょんぼりしたノエルに、なにそれ見たーい!とプロンプトは首に下がっているカメラを軽く持ち上げる。ダメだ、とイグニスが一喝し、水着の代わりに日傘を渡された。細かいレースが可愛らしい日傘をくるくると回し、ホテルやレストランも併設されている渡船場に繋がる桟橋を渡ると、スタッフがガーディナへようこそ、と恭しくお辞儀をした。

「残念なお知らせです」

当然聞こえてきた声に、一行は声のする方を向いた。彼らに声をかけた男性を確認したノエルは、ゆっくりと目を見開いた。

「船、乗りに来たんでしょ」

一行の前に現れた胡散臭い男、アーデン・イズニアはそうだけど、というプロンプトの返答に渡船場を振り返った。

「うん、出てないってさ」

和平条約の調印式は今夜のはず。帝国の宰相はここで何をしているのだろうか。疑問が頭の中を埋め尽くした。誰だあんた。グラディオの質問に答えもせずに、アーデンは彼らの間をすり抜けた。

「待つの嫌なんだよね、帰ろうかと思って…停戦の影響かなぁ」

ノエルの前まで進んだアーデンは、おや、可愛らしいお嬢さんだ、とノエルの顔をのぞきこんだ。自分の事は覚えていないのだろうか、琥珀色の目と合う。ニッコリと笑うアーデンを見ていると、声がした。

ー哀れな王

「哀れ……?」

クリスタルの言葉をちいさな声で復唱する。小さな声にも関わらず、アーデンには聞こえたらしい。少し目を見開いた彼は、哀れってなに?と不思議そうな顔をして口の中で言葉を転がすノエルに微笑んでそうだ、と声をかけた。

「手、出してご覧?あぁいや、何もしないから。誓って」

おい、などとノクトが止める声が聞こえるが、今のところは信用に足る人だ。その言葉を信じて手を出すと、コロン、と手のひらになにか落とされた。細かい彫刻がしてあるその銀貨を、ノエルはまじまじと見つめる。貸せ、グラディオがやってきてノエルの手から銀貨を取り上げた。

「『停戦記念』にコインでも出たのか?」
「えっ、うそ!」
「出ねーよ」
「それ、お小遣い」

じゃ!ひらひらと手を振って桟橋を渡ったアーデンを見送って、一行は渡船場に向かって歩き出した。

「船出てないってほんとかな」
「そんなはずはないのだが」

そんな話をしながら渡船場へ行くと、船の姿は見当たらなかった。出航時間が書かれている掲示板には、本日運休、デカデカと書かれた文字がプリントされた紙が貼られていた。えぇー、なんでぇ!?何もない渡船場を見渡したプロンプトの、オルティシエを出られないんだって、と声がかかった。

「その筋の情報によると急に規制されたんだそうで。んで、君らノクティス王子ご一行だろ?」
「あれ、ディーノ」
「あ、ノエルじゃん!」
「こっち来てたんだ。てっきりノクトの結婚式の取材でオルティシエ行ってるかと」
「そっちも魅力的だけどねー、やっぱり俺はこっちで行われる和へ…むぐぅ」

慌ててディーノの口を塞いだノエルは、訝しげな顔をした四人にあはは、と誤魔化すように笑った。この人はディーノ、新聞記者なのよ、ね!にっこり笑いかけられるが、目は笑っていない。もしかして彼らは和平条約が行われるのが今夜だということを知らないのだろうか、口からノエルの手を剥がしたディーノは、そだよーと笑いかける。

「ところで王子、お忍びだろ?記事にされたくないなら、ちょっと俺の話を聞かない?」
「………聞いてやる」
「あぁ、ノリいいじゃん!じゃあ地図貸して!」

シドニーからもらった地図を出せば、ここからそう遠くないところにくるりと赤い丸がつけられる。なんだ?とそこを見る。

「場所の印付けといたんで、『原石』取ってきて。これ、宝石の原石」

ちょっと、とでも言いたげなノエルの目線を無視して、ディーノはな!と手を出す。

「代わりに船、乗れるように話つけてやるよ。ダメなら王子の情報に売っちゃう感じで」

脅しかよ、顔をひきつらせたノクトの後ろで、ノエルは頭を抱えた。
初めての車旅