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陽気な音楽が流れる車内で、枕とブランケットを持参したノエルはすやすやと寝ている。こんなにうるさいのによく眠れるな、と呆れた顔をしたノクトに、八割お前のせいだろう、とイグニスはため息をついた。その内に車は城の門をくぐり、城の前にある車寄せに止まった。車は駐車場に止めてくるというので、ノクトは何とかしてノエルを起こして、城に入る。

「お待ちしておりました、王子」
「ドラッドー、久しぶり」

片手をあげたノクトに、ドラッドーは胸に手を充てて小さく一礼した。そして後ろにたっているノエルを見る。

「ノエル、車は」
「イグニスが駐車場に止めてる」
「そうか、ご苦労。王子、用事が済んだらご自宅にお戻りに?」
「そのつもり」
「ならば後ほど、城の者に送らせますん」
「どーも」
「ノエル」
「はい」
「イグニスに伝言だ『いつでも連絡を取れるようにしておけ』とな」
「了解」
「今日も陛下はお忙しい。いつ時間が開くか分からん」

今も忙しくて会えない。そう言ったドラッドーに、ノクトはなんだよ、と口を尖らせた。そんなノクトの背中を、ノエルが叩く。

「あんたも王様になったらこんなに忙しくなるんだよ。それに、今は和平条約の調印式の日取りとかを決めるのに忙しい大切な時期なの、分かって」

そう言い、ノエルはドラッドーと目を合わせて小さく頷く。ドラッドーと別れた直後にイグニスが合流して、三人はノクトの部屋に向かって歩き出した。

「ノエル」
「お父さん!」

後ろから呼ばれて振り返ったノエルは、ドクトゥスの姿を確認して駆け寄る。ちょっと借りてくぞ、とドクトゥスはノエルの手を引いて歩き出した。少し遠回りしてからノクトの部屋に行くことになったらしい。後でちゃんと行くから、そうノクト告げてノエルは歩き出した。

「会議は…関係ないから出てないか」
「あぁ、でも調印式は明後日だからな」
「出るの?」
「一応、な」
「気を付けて」
「あぁ。まぁでも、なにか一悶着起きそうでな。こっちもハラハラしてんだよ」
「クリスタルは?」
「相変わらずだ。ピリピリしてる」

お前はどうなんだ、ドクトゥスに尋ねられ、ノエルは立ち止まる。周りに人がいないかをキョロキョロと確認して、一番近くにあった部屋にドクトゥスを引っ張りこんだ。

「なんだ」
「最近、少しだけど睡眠時間が長くなってるの」
「そんなに寝不足なのか?」
「お父さん!」
「ごめん、で?」
「六神が、」
「六神が何か言ってんのか?」
「『世界は闇に包まれる』って」
「星の病、か?」
「みたい」

こりゃ調印式の日にノクティス王子を追い出して正解だな、頷いたドクトゥスは、ノエルの肩に手を置いた。

「わかっているな」
「もちろんよ」
「何があっても」
「王を守り抜き、その力となる」

こくり、と頷いて部屋を出る。頭の後ろで手を組みながら、でもなぁ、とドクトゥスはノエルを見る。

「そうは言うが、やはり父親としては心配だな」
「それ、自分の娘を毎年インソムニアの外に放り出した人が言うセリフ?」
「ははは!」
「笑い事じゃない!」
「可愛い子には旅をさせろって言うじゃねーか」
「そーですか!」

思いのほか大きな声だったらしい。前を歩く二人組、ノクトとイグニスが振り返る。ドクトゥスと別れたノエルは、二人に駆け寄った。

「歩くの遅くない?」
「お前を待ってたに決まってるだろーが」
「痛いよノクト」

おりゃとノクトの脇腹をつつくと、やめろよ、とノクトが身をよじる。ここでじゃれるのはやめろ、とイグニスがメガネをカチャリをあげた。そんな一行に、二人の衛兵が駆け寄る。

「王子!おはようございます!」
「おはようございます、王子!」
「おぉ、おはよ」

挨拶のためだけに近寄ってきたらしい。挨拶を終えるとすぐさま持ち場に戻った二人に、こういうのがなーとノクトがめんどくさそうな顔をすると、挨拶までめんどくさがるな、とすぐさまイグニスがお叱りの声が飛ぶ。そーじゃなくて、わざわざ俺を向いて頭下げなくてもいいだろ、と弁解したノクトは、向かいからやってきた人達にぶつかった。

「あ、わりぃ」
「おぉ、済まないな、大丈夫か」
「よそ見しないでくれよ…っと、ノエルじゃねーか」
「あら…忙しそうね、平気?」
「出来れば手伝って欲しい…と言いたいところだが、連れはいいのか?」
「二人でなんとかなるもんだから、私は付き添い。で、何すればいい?」
「これを地下まで運ぶんだよ」
「わかった、すぐ行くね」
「おう、助かる」

走っていった人たちを見て、ノエルはノクトを振り返った。

「と、言うことで」
「知り合いか?」
「うん、王の剣の人達。しばらくお世話になってた時期あったからね」
「ふぅーん」
「じゃあ、夕方には家に行くから」

ノクト達を見送り、ノエルは王の剣の本部が置かれている部屋に向かう。部屋にいたニックスの指示通り、武器の入った箱を持ち上げ、怪我をしたらしく、杖をついていたリベルトと歩き出すと、ところで、と前を歩いていたニックスに聞かれる。

「一緒にいた人誰だ?」
「ん?いつの話?」
「さっきだ。イケメンと歩いてたって聞いてな」

あ、もしかして彼氏か?ニヤリとそう言ったニックスに、いたらとっくに自慢してたわ!とノエルが言い返して微妙な顔になる。

「…………いや、うん」
「なんだ?」
「ニックスはともかく、リベルトは聞かない方がいいかも」
「は?」

どうしてだ?と頭を傾げるリベルトに、いいから、とノエルは笑う。ニックスの耳に口を寄せて、小さくノクトの名前をつぶやく。名前を聞いて見る見るうちに目を見開き、顔を青くしたニックスに、リベルトはビクリと肩を震わせた。あー、と呻いたニックスは、まずいという顔をしてノエルを見る。

「大丈夫…なのか?」
「大丈夫だよ、もう今後会うことはほとんど……ないと思うし」
「ほとんど?」
「まぁ、ほとんど」

ならいいが、とニックスは少し落ち着いたのだが、その二時間後にドラッドーの命令によりノクトを家に送ることになり、さっきの失態をどう詫びようか切羽詰まった顔をしたニックスを見かけるのはまた別の話である。







プロンプトの手からマンガを取り上げてダンボールに詰め込む。あぁっ、という小さな悲鳴を無視したノエルは、手早くダンボールをガムテープで止めて、ふぅ、吐息を吐いた。それをグラディオが持ち上げて、壁際に積んであるダンボールの山に載せる。

「これで全部、かな?」
「こーやってみるとやっぱこの部屋広いなー」
「これで見納め、か」

帰ってきたら、新しい生活が始まるな?そう言って、イグニスはノクトを見る。なんか想像つかないねー、と笑ったプロンプトに、だな、とグラディオが相槌をうつ。

「そりゃ、王子がご結婚だもんな」
「あっ、グラディオ!」
「プロンプト?」

なんだ?とプロンプトを見たグラディオに、あぁ、いや、とプロンプトは曖昧に笑って恐る恐ると後ろを見る。四人の後ろに立っていたノエルは、振り返ったプロンプトにん?と首を傾げて小さく笑った。そんなノエルにプロンプトは慌て、ノエルの手を引いて部屋を出る。

「プロンプト?」
「あー、えっと、そう!ノエルの部屋の手伝いする約束してたんだ!後でまた帰ってくるから!じゃ!」

おい、プロンプト!?声を上げたノクトをスルーして、プロンプトはノエルをそのまま隣にあるノエルの家に連れていく。中に入ればノクトの部屋とは違い、また家具が残っている。ふんわりと漂ってくるのはお菓子の甘い匂い。高校に通っていた時によく貰っていたのを、プロンプトは思い出した。ねぇノエル、プロンプトは振り返り、ノエルと向き合った。ゆるりと両手を広げたプロンプトは、ノエルに向かってそっと言い聞かせるように言った。

「泣いて、いいんだよ」
「!!」

その言葉を聞いてくしゃりと顔を歪ませたノエルは、プロンプトに突進して抱きついた。目から溢れる大粒の涙は、どんどんとプロンプトの服を濡らしていく。

「おめでとうって、いえないの」
「うん」
「政略結婚だってわかっているけど、なんで私じゃないの」
「みんなノエルだったら良かったって思ってる」
「ルナフレーナ様よりノクトを支えられる自信あるもん」
「うん、そうだね」

泣きじゃくるノエルの頭を、プロンプトはそっと撫でる。でも、ノクトにはルナフレーナ様じゃなきゃダメなんでしょ、プロンプトが言うと、うん、とノエルは頷いた。

「どうして?」
「ひみつ、」
「んー、カード固いなぁ」

苦笑したプロンプトに、ノエルはいつか教えてあげる、と小さな声で言う。この場合のノエルのいつかは信用にならないんだよね、プロンプトがそうからかうと、間を置かずにノエルの拳が腹にめり込んだ。暴力反対!とお腹を抑えてしゃがみこんだプロンプトに、ノエルはクスクスと笑う。その顔は晴れやかで、つられてプロンプトもへへっ、と笑った。ノエルから差し出された手を掴んで立ち上がったプロンプトは、いよいよだね、と窓の外を見る。

「インソムニアの外に出るのかー、」
「楽しみ?」
「そりゃ!そっか、ノエルは毎年出てるもんな…どう?」
「怖いよー?夜になれば幽霊出るし」
「ちょちょっと待って!無理!」
「うそー」
「えっえっ?嘘だよね?嘘だよね?」
「さぁ?」

それは自分の目で確かめないとね?ウィンクしたノエルは、さ、ノクト達のところに戻ろうか、と隣の家に戻る。ノクトが少し伺うように自分のことを見ていることに気付いて、ノエルは少し申し訳なくなった。

「ノクト」
「……なに」
「結婚、おめでとう」

そう言えば、ノクトはくしゃりと顔を歪ませた。

「……あぁ」
リセットしよう水も星も