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ニフルハイム帝国との和平条約と、それに伴うルナフレーナ様とノクティス王子の婚姻のニュースは、瞬く間に王都に広がった。毎日帝国兵に怯える生活がなくなることに国民は安心しているが、その一方でニフルハイム帝国に対し反発する人も増えた。理由は簡単だ。ノクティス王子の結婚のことである。長年国内で報道されており、結婚まで秒読みか、と予測されていたノクティス王子がノエルではなく、まさかのルナフレーナ様と結婚である。全くその通りだが、ルナフレーナ様には非がなく、ニフルハイム帝国が婚姻を押し付けたと考える人が多いのが事実である。連日抗議書が城に届き、その通りだと思っている担当者が頭を抱えるのが日常となりつつある。
その間にきっちりと頭を冷やして、ノクトの言葉通り隣の部屋に帰ってきたノエルは、トランクに荷物を詰め始めた。来週に控えた、ノクトのオルティシエ行きの旅行の同行者としてついていく事になっている。結婚式を終えれば、イグニスは正式にノクト、そしてノエルはルナフレーナ付きになる事も既に決定している。旅に必要なものは鞄に入れ、残りの物は、来週の引き払いと共に実家に送ることになっている。もう詰まったトランクと、自分が今詰めている二つ目のトランク。流石に入れすぎかな、しばし考えたノエルは、一つ目のトランクを開けてものを取り出し始める。その途中でピンポーンと鳴ったインターホンに返事して出れば、顔を見せたのは隣人のノクトではなく、コルだった。珍しい人にノエルがぱちくりと目を瞬かせると、ちょっと頼み事があってな、とコルはノエルに出かける準備をするように言った。しばらく考えた後に、王都警備隊の服装に着替えたノエルは、コルと共に城の訓練所に向かう。すれ違う人たちに挨拶しながら、一番奥に入ると、そこには見慣れた金髪頭が所在なさげにキョロキョロしていた。

「プロンプト?」
「あっ、はいっ!…ん?ノエル?」
「なにしてんの?」
「えっ、えっとぉ、」
「今度お前らと旅に出るだろ、何も出来ないじゃ大変だから簡単な護身術教えてんだ」
「ほぉ、なるほど」

で、だ。ノエルを見たコルに、まさか、とノエルは一歩後ずさるが、待て、と首根っこを掴まれる。いやあのごめんなさい逃げるつもりは無いんですただあのですね、と長ったらしく言い訳するノエルに、分かったか?とコルの一言に、はい、とノエルはしょんぼりと頷いた。去っていったコルを見送って、まずは体術だね、と基本的な動作を教えるノエルに、ねぇ、とプロンプトは声をかける。

「ん?」
「いやあの、まぁ」
「なに?」
「えっとぉ、」
「技かける?」
「いやあのすいません言います言いますごめんなさいイッタァー!」

プロンプトの悲鳴に、何事かと訓練している人たちはこちらを見るが、何でもないです、とニッコリ笑うノエルに、そうかと再び鍛錬に戻る。一旦落ち着いて、プロンプトはぶっちゃけ聞くけど、と言葉を続ける。

「ノクトとはどうなの?」
「どうって」
「えっと、んー、好き?」
「うん」
「恋愛的な?」
「イエス」
「……………、」
「なによ、黙り込んで」
「こんなに素直に言われるかと思わなかった」
「本人がいないからいいのよ」
「えぇー?」
「そういうものよ」

この手はこっち、構えているプロンプトの手を少しずらしたノエルは、で、とプロンプトを見る。

「そんなこと聞いてどうすんの」
「いや、ノクトがルナフレーナ様と結婚するけど」
「そうね」
「どうなの?」
「嫌に決まってるじゃない…って言いたいところだけど」
「ルナフレーナ様じゃなきゃダメ?」
「その話プロンプトに言ったっけ」

いや、前に話しているのを聞いてですね、目をそらしたプロンプトに、ノエルははて、と頭をかしげること暫く。高校の時の話か、と思い出したノエルに、記憶力いいよねーとプロンプトは羨ましそうに言った。

「でもなんでルナフレーナ様じゃなきゃダメなの?」
「そりゃ王を支えるのは神凪だからだよ」
「なんで?」
「秘密」
「出た得意の秘密!そのアクセサリーも秘密なんでしょ!」

外した所を一回も見ていないそのアクセサリーを指さすと、そうねぇ、とノエルはブレスレットを見た。

「これは秘密ってほどではないけど。まぁ、うちが今こうやって生きていられるのはこれのおかげだね」
「待って想像したより壮大な話だった」
「まぁねー」

こうやって六神からもらった物で作られたアクセサリーを身に付けることで、年の経過と共に結晶化して体が動けなくなるのを防いでいるのだから。でもまぁこれ以上は秘密だよ。そう言ったノエルに、やっぱり!とプロンプトは叫んだ。







出発日は、いよいよ明日に迫った。予想通りノクトに泣きつかれたノエルは、夜通しで家の片付けに行ったのだが、あまりの眠気で、大掃除に関する後半の記憶がない。いつも通り、子供の時みたいにノクトと同じベッドで寝ていたノエルは、夢に混じって聞こえてきた音に、うっすらとまぶたを開ける。なにぃ、と寝起きの掠れた声で聞けば、ノクトはそれを止めてぐいっとノエルを引き寄せた。どうやらなんでもないらしい。目を閉じ、ふたりして二度寝を決め込もうとしていたその時、今度はけたましく着信音が鳴り始めた。寝ぼけながらうるさいよ、とノクトを叩けば、うぅ、とノクトは小さく唸って電話に出た。

「………はい」
『おはよう、目覚ましはちゃんと鳴ったか』

聞こえてきたイグニスに声に、ノエルは再びうっすらと目を開ける。もぞりと動けば、ノクトから目線で目覚まし?と聞かれる。それに眉をひそめながら小さく頭を振ると、だよなぁ、とつぶやきながら、ノクトは鳴らなかったと伝えると、電話の向こうからはぁーと大きなため息が聞こえた。

「電話して正解だったな」

のっそりと起き上がったノエルは、寝癖のついた髪の毛を手でほぐしながら時計を見る。針はいつもノエルが起きる時間の二時間後を指していた。

「えー、もう朝?」
「お前こんなに遅く起きんの珍しくね?」
『ノエルもそこにいるのか』
「んー?おー。部屋片付けんの手伝ってもらった」
『そうか。これから部屋に迎えにいく。支度を済ませてくれ』
「へーい」
『二度寝するなよ』
「しねーよ」
『フッ。お前も会えるのを、陛下も心待ちにしてらっしゃるはずだ』
「わかってるよ」
『じゃあ後でな』

切られた電話をじっと見て、ノクトは起き上がったノエルを見る。うーとしばらく唸っていたが、ぱちんと頬を叩いたノエルは、ベッドから降りた。

「さて、」

振り返ったノエルは、ノクトを見てニッコリと笑う。

「独身最後の日ぐらい、わがまま聞いてあげようかしら。ノクティス王子」

好きなのなんでも作ってあげる。そう言ったノエルに、ノクトはあ、と小さく声を漏らして、俯いた。いつもので頼むわ、そう言ったノクトに、はいはい、とノエルは背を向けてキッチンへ向かって歩き出した。

とどめたいなら名前を呼んでよ