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ノクトが一人暮らしを始めてからというものの、王の剣の練習などでしか滅多にくることがなくなった城に、ノエルはやってきた。気付けば大学に入ってもう三年は経ち、同級生達は就活だのなんだのと忙しい。就職先は生まれた時から決まってるようなもののノエルにとって、それは未知の世界である。久々の城内は相も変わらずで、昔の記憶を辿りながらゆっくりと歩くノエルは、前からやってきた人に気付き駆け寄った。

「スキエンティアさん」
「おや、ノエル様」

イグニスの叔父である彼は、レギス陛下付きの執事である。お久しぶりですね、とお辞儀したスキエンティアに、そうですね、とノエルは相槌を打つ。

「ところで、どうしてこちらに?」
「お父さんが昨日はしゃぎすぎてぎっくり腰になってしまって。今日来れなくなったので、私が代わりに」
「左様でございますか」
「はい。と言っても、お菓子食べてお話するだけになりそうですけどね」

困ったように笑うノエルに、そうなりそうですね、とスキエンティアも笑う。レギスはとにかくノエルに甘いのだ。なんででしょうね、と首を傾げるノエルに、何故でしょうね、とスキエンティアは返す。自分によくなつき、ノクトと楽しそうにしているノエルを見て、こんなに可愛らしい女の子も欲しかったな、そうしみじみと呟いたレギスを、ノエルは知らない。実はレギスの中ではノエルは彼の娘扱いされているのはスキエンティアのみぞ知る。その後一言二言交わし、レギスの部屋に行こうとスキエンティアと別れて歩き出したノエルを、そうでした、とスキエンティアが呼び止めた。

「はい。なんでしょうか?」
「本日、ニフルハイムから宰相がお見えになる予定です」
「………そうですか」
「えぇ、念のため、準備を」
「わかりました、では」

歩き出したノエルを見送り、スキエンティアはゆっくりと歩き出した。まずは厨房に行ってノエル様とレギス様にお出しするお菓子を作ってもらはなくては。それからコーヒーとお紅茶をお出しして。今日は久々に忙しい日になりそうだ。スキエンティアは歩きながら口角をゆるくあげた。







黒のロングワンピースに白いエプロン。髪の毛は頭の後ろで一つにまとめて飾りのないゴムで結ぶ。滅多に着る機会のないメイド服を身に包み、城の最上階にある玉座の間の前で待機していたノエルは、前からゆっくりとやってきた、いかにも胡散臭い赤毛の男をちらりと見る。その男はノエルを見て、ピュウと口笛を吹いた。

「綺麗なお嬢さんだねぇ?友達にならない?」

帽子をとって礼をしたその男性をまるっと無視して、ノエルは玉座の間に繋がるドアを開ける。つれないなー、男はそう呟いて、スタスタと部屋の中に入って行った。後ろ手でドアを閉めて、ノエルはドアの横にたった。へぇ、残るんだ。のこったノエルを少し意外そうにしていた男は、まぁそんなことはどうでもいいけど、とレギスを見る。

「これはこれは失礼、わたくし、ニフルハイム帝国の宰相、アーデン・イズニアと申します」

帝国の宰相だったのか、胡散臭い敵というイメージがついたノエルは、玉座の間に流れるピリピリとした空気に小さく目を動かした。その空気を醸し出しているのはレギスでもなく、宰相のアーデンでもなく、周りに立っている衛兵でもない。クリスタルから出ているのだ。それを不思議に思いながら、ノエルは再びレギスとアーデンを見る。どうやら長く続いたルシスとニフルハイムの戦いを終わらせるために、和平交渉に来たらしい。アーデンから次々と上がる要求に、レギスは難しそな顔をしていた。

「それで最後にですね」

にこり、とやはり胡散臭くアーデンは笑ってレギスを見る。

「うちの神凪のルナフレーナ様とそちらのノクティス王子の結婚をこの和平条約の証にしたいんですよ」

やはりそうなるのか。ノエルは話を聞きながら心に鉛が落ちた気分になった。ぼんやりとしながら退出するアーデンを見送ると、レギスに呼ばれる。申し訳なさそうな顔をしているレギスは、ノエルに向かって小さく頭を下げた。

「すまない」

それは一体何に対するすまないなのだろうか、ノエルはいいえ、と笑って見せた。

「レギス様が頭を下げる必要はありませんよ」
「しかし、」
「元からこうなるべきだったんです」

ノクトには、私から伝えてきおきますね。なんてことないというふうに笑っては見せたが、果たしてうまく笑えていたのだろうか。勤務時間はこれで終わりということになっている。メイド服を脱いで着替え、ノエルは足早に城を出た。すれ違う人は泣きながら歩いているノエルを見ては何事かとびっくりする。マンションについたノエルは、そのままノクトの部屋に向かった。どうやらプロンプトが来ていたらしく、二人で対戦ゲームをしていたらしい。ノエルが来たことに気づいて顔を上げたプロンプトは、目を赤く腫らしたノエルを見てぎょっとした。

「ノエル?目真っ赤なんだけど何かあったの?」
「は?」

ゲームを一時中断させ、ノクトはノエルを見た。泣いてなんかないよ、とぐいっと乱暴に目を拭られては説得力がない。おまえ、どうしたんだよ。そうノクトが聞けば、ノエルはキッとノクトを睨みつけ、目には再び涙が溜まり始める。

「ノクトの、バカっ!」
「は?」
「ノクトなんか知らない!勝手にルナフレーナ様と結婚すれば!」
「ちょっ、どういうー」
「ノクトなんか、知らない!」
「おいっ、ノエル!」

バターン、と大きな音を立ててノクトの家を出たノエルを見て、ノクトはプロンプトと顔を見合わせる。どういうことだ、と考えていると、隣の家が騒がしくなった。ガタガタと荷物を動かす音が聞こえる。

「ノクト」
「なんだよ」
「ノエルになんかした?」
「ねーよ、心当たりねぇから困ってんだろ」

ったく、なんでルーナが出てくるんだよ。解せぬ、という顔をしたノクトは、ちょうどその時ピロンとなった携帯を取り出した。メールが来ていたらしく、ざっと内容を読んだノクトは、サァと顔色を悪くさせた。

「そーゆーことかよ!」
「なに、ノクト?」
「お前はこれ読んでろ!」
「わっ、ちょっ、ノクト!?」

携帯をプロンプトに投げて、ノクトは家を飛び出す。ちょうど大量の荷物を持って出てきたノエルと鉢合わせして、ノクトは慌ててノエルの腕を掴んだ。

「待てよ、」
「離して…」
「なんだよ…あれ、俺聞いてないぞ」
「今日決まったの」
「は?」
「もういいでしょ、離して」
「よくねーよ!んだよあれ」
「離してって言ってるでしょ!」
「ーっ、」

ノエルに大声で怒られることなんて初めてだった。固まったノクトは、思わずその腕を離してしまう。あっ、と我に返ったノエルは、申し訳なさそうに視線を左右に彷徨わせ、ごめん、と小さく呟いた。

「感情的になってたの、ごめん、」
「…こっちこそ、掴んでてごめん」
「ううん………ごめんノクト、私、少し頭を冷やしたい」

から、ごめん。わたし、さっきからごめんしか言ってないね、下手くそに笑ったノエルは、じゃあと小さくお辞儀して、やってきたエレベーターに乗り込んだ。

「ノクト…」

部屋を出てきたプロンプトは、はい、と携帯をノクトに返した。

「あの、えっと、ノエル、は?」
「……出てった」
「、そっ、か」
「頭冷やしに行くって、すぐ戻る」

すぐ戻るに決まってる…自分に言い聞かせるようにもう一度ノクトは言った。

喪失を閉じ込める部屋