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ノクトが三歳になった、あるよく晴れた春の日の午後であった。お前に友達をやろう、そういってレギスが連れてきたのは、ノクトと同い年ぐらいの女の子だった。


「はじめまして、ノクティスおうじ」


濃紺のワンピースは白い肌によく映えていて、艶やかな黒髪はハーフアップにされて、臙脂色の大きなリボンで止められていた。ぺこりと少女がお辞儀したのに合わせて、髪の毛がサラリと流れる。顔をあげた少女は、ニッコリとノクトに笑いかけた。


「わたしはノエル。ノエル・アロレックスです。ノクティスおうじのともだちになりにきました!」


年に似合わないちょっと丁寧な物言いに、ノクトは頬を膨らませる。それを見て、レギスはははは、と笑ってノエルの頭を撫でた。


「ノクトは嫌だそうだ」
「でも…」
「友達だよ」
「…はい!」


レギスを見て大きく頷いたノエルは、じゃあ、と手をノクトに差し出す。キラキラしたその目に、少しの居心地の悪さを覚えた。


「おしろのたんけんにいこ!ノクト!」
「…………うん」


手を繋いで駆け出した二つの小さな背中を見て、レギスは小さく笑みを零した。







"友達"が出来てからというものの、ノクトとノエルはいつも一緒だった。お互いの勉強の時間以外は。朝ごはんもお昼も一緒だし、おやつの時間も、自由時間も、晩御飯も一緒。寝るときも一緒。これは友達というよりは兄妹か?と思いつつも、周りはそれを微笑ましく見ていた。


「ノクトー!」
「なに」
「はい!」


そっ、と頭に置かれたものを取って膝の上に載せる。小さな白い花出てきた花冠を見て、わぁ、とノクトは感嘆の声を漏らした。どうだ、すごいでしょ、とノエルは胸を張った。


「おとうさまにつくりかたをおしえてもらったの!」


お父様と言われて思い出されるのはノエルの父親であるドクトゥスである。彼もまた自分の父であるレギスの親友であるが、どこか厳しい顔をした、ノクトの印象では怖い人である。その人が?ノエルに花冠の作り方を教えた?あのドクトゥスが花冠を作る?その考えを読まれたのだろう、もう、とノエルはぷぅと頬を膨らませた。


「おとうさまのこと、ばかにしたでしょ!」
「っ、してないよ!」
「おとうさまはなんでもできるんだからね!」
「なんでも?」
「りょうりもしゅげい?もなんでも!」
「…へぇ」
「しんじてないね?」


じとっと睨んでくるノエルに、ノクトはふるふると頭を振る。絶対信じてない!おとうさまのところにいくよ!そう手を引っ張られて、彼女の父親、ドクトゥスのいるところまで連れていかれた。そこは城に勤める人でも限られた人しか入れない部屋、レギス王の私室なのだが、ノエルはコンコンとノックすると返事も待たずに遠慮なくドアを開けた。部屋には仕事中のレギスと、暇を持て余して本を読んでいるドクトゥスがいた。おとうさまー!ノエルが大声で呼んでドクトゥスに駆け寄る。


「お、どうしたノエル」
「ノクトがね!おとうさまのことばかにするの!」


ノクティス王子がか?こちらを向いた怖い顔に、ビクリと肩を震わせる。こりゃまたどうして、と細められた目が、さらに怖い。


「かんむりのつくりかたをおしえてくれたのはおとうさまなのに!ノクトしんじないの!」
「……っくく」
「おいレギス笑うなよ」


机に突っ伏して笑う父親を、ノクトは困惑しながら見ていると、おら、と頭をガシガシと撫でられる。よいしょ、とノエルを右で抱きたげて、ドクトゥスは左でノクトを抱き上げた。しっかり捕まっとけよ、と告げられて、ノクトはしっかりとドクトゥスの着ている真っ黒い王都警護隊のジャケットを握った。歩く度にぐらりと揺れて大変怖かったのが今でも印象に残っている。そんな中、ドクトゥスはノクトに向かってにっかりと笑った。


「おやつ、作ってやる」


その笑顔は、思いのほか怖くなかった。







「ホットケーキ、やいてる」


ぽかん、と口を開けているノクトの目線の先には、フライパンから舞い上がったホットケーキがくるりと一回転していた。鮮やかな手つきでホットケーキをフライパンでキャッチしたドクトゥスは、おらよ、とホットケーキをノクトに差し出す。とろりと溶けだすバターに、キラキラと光るメープルシロップ。絵本で見たのとそっくりなそれに、ノクトは小さな歓声をあげた。ニョキ、と隣から伸びてきたフォークを、こら、とドクトゥスが軽く叩いた。


「お前の分はもうちょい待て」
「えぇー!」


不服そうな顔をしているノエルは、ねぇまだ?とバンバンと机を叩いている。もう一回材料出すから待ってろ、と棚を漁ろうとしたドクトゥスを、ノクトは呼び止めた。ホットケーキの乗っている皿を、自分のノエルの間に置く。


「いっしょにたべる」
「…………いいの?」


でもこれ、ノクトのぶんだよ?なかなか手を出そうとしないノエルに、ノクトはホットケーキをナイフで小さく切り分けて、フォークで刺した。ふんわりと優しいバニラの匂いが漂うそれを、ぐい、とノエルの唇にくっつけた。


「たべて」


あ、と小さくあいた唇が、かぷりとホットケーキを飲み込む。もぐもぐごっくん。んんー!幸せそうに両手でほっぺを抑えながら、ノエルは身悶える。おいしい〜!そう言って、ノエルもホットケーキを小さく切り分けて、ノクトの口に押し付けた。ぱくり、とそれを口に入れて、もぐもぐと咀嚼する。


「………おいしい!」
「でしょ!!」
「そうかそうかよかったな!」


ノクトの中で、ドクトゥスが怖い人から優しくてすごい人に昇格した日であった。

掴まり立ちで春を踏む