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光陰矢の如し。気付けばもうそろそろ卒業の季節である。ノクトと同じ大学にすんなり合格して受験生活から抜け出したノエルは、久々に訪れたノクトの部屋の惨状に、再び大きく息を吐いた。大きいサイズのゴミ袋に空になったペットボトルを放り込みながら、少し気まずそうにしているノクトにねぇ、と尋ねた。

「たしか一週間前にイグニスが来たって聞いたんだけど?」
「いや、まぁ、」
「自分でご飯作る努力はしてるみたいだけど、野菜は?」
「食ってない」
「…………はぁ」

呆れてものも言えない。満杯になったペットボトルの袋の口を縛って、もう一つ袋を広げてそこにカップ麺のゴミを入れる。これで部屋がほとんど片付いたというのだから、ノクトがいかにずさんな食生活を送っていたのかがよくわかった。もう卒業までやることはないし、また前みたいに毎日ご飯を作らなくては、思いながら本日の献立を考えるノエルに、なぁ、とノクトは声をかける。なに?似た形状のカップ麺の容器を重ねてゴミ袋に入れたノエルがノクトを振り返る。その動きに合わせて、耳につけているピアスがキラリと光る。それを見て、ノクトは少し眉を顰めた。

「お前、アクセサリー増えたな」

中学の時からつけているアメジストのペンダントに、高校になってからつけているパールと琥珀のブレスレット、ガーネットのピンキーリングに、先程キラリと光ったイエローダイヤのピアス。どれもものこそは小さいが、小さい頃から培われた審美眼で、これらすべては滅多に採取出来ない最上級のものだとノクトはわかっている。ノクトの言葉にノエルはしばらくきょとんとした後に、あー、とブレスレットを見た。

「貰い物だよ」
「彼氏?」
「なんでそこで彼氏が出てくるの。彼氏できてたらノクトにとっくに言ってるよ」
「じゃあ誰から貰ったんだよ」

その言葉に、ノエルはうっと言葉に詰まる。まさか六神に貰ったなんて口が裂けても言えないし、言ったとしても、信じてもらえるかは分からない。

「えっと、まぁ、依頼とか?」
「依頼?」
「ほ、ほらぁ!怪物退治の依頼とか!その報酬で!」
「こんなにいいもんくれる人いるんだ」
「そうね、いるのよ」
「ふぅん」

何年か前に知り合った新聞記者をやっているという同い年の青年。その傍らでアクセサリーも作れるというえらい手先の器用な人だが、いまノエルがつけているこのアクセサリー達は、原石の一部を与えることを報酬にして作ってくれたものである。今は確かルナフレーナ様に関する取材でネテブラエに行っているはずだが、夏になればまたこちらに帰ってくるのだろう。今度はノクトやプロンプト達にあげるお土産でも作ってもらおうか、頭の中で地図を広げて原石の場所を記憶と照らし合わせていると、かさりと手元のゴミ袋が音を立てた。やっと重い腰をあげて片付けする気になったらしい。シンクで綺麗に洗ったカップ麺の容器をいくつか重ねたノクトは、それをゴミ袋に捨てると早くしよーぜ、とノエルを見た。

「親父がお前の合格祝いに食事会するって」

俺王子なのにやっぱなんか優先順位低くないか?不満そうにしているノクトに、ノエルはクスクスと笑う。ノクトは知らないのだ。一週間前にレギスから電話があって、息子の合格祝いに何をあげればいいのか大層悩んでいてノエルに密かに相談していたことを。それじゃそれ相応の格好をしないといけないね、掃除をノクトに任せてクローゼットを開いたノエルは、着る服を吟味し始めた。







ざわざわと騒がしい人々に、ゆったりと流れるワルツ。パートナと共にくるくると楽しそうに回る女性のスカートがふんわりと広がり、大輪の花を咲かせる。卒業式を終えた後に始まるプロムには、それは大勢の人たちが詰めかけた。進路が違う人達は、これが最後でノクティス王子の見納めだといい、ノクトを見かけてはシャッターを切っていく。そんな周りに若干辟易しているノクトの隣では、皿に盛り付けた食事を美味しい美味しいと褒めちぎるプロンプトがいた。

「ねぇねぇノクト、これんまいよ」
「おー、」
「あっ、ちょっ、ノクト!食べるなら自分で取ってきてよ!」
「おぉ、これうまいな」
「でっしょ!」
「つか、これ城の味だわ」
「ええっ!?」

これがノクトの食べてたご飯…王子は違うなー、そうしみじみと呟いてマリネを一口食べたプロンプトは、この味一生忘れないよ!と感極まる。そんなプロンプトを見て、ノクトはふっと笑った。

「んな感激するものか?」
「するよそりゃ!」
「だったらこればいーじゃん」
「え?」
「うちにこれば食えるぜ?」
「えぇー、いやいやいや、いいです」
「あっそ」

ねぇケーキ食べたいんだけど、というプロンプトについてケーキコーナーへと向かう。歩きながらねぇ、と声を掛けて来たプロンプトは、ノクトの周りを見た。

「ノクトのパートナーってさ、当たり前だけどノエルでしょ?」
「まぁ、どした」
「ノエルは?」
「どっか」
「どっかって…ノクト…」
「ちげーし、そろそろ来る、と思う」

迎えにいくか?というノクトに、行く!と返事したプロンプトは、通りかかったボーイに皿を預ける。そっと広間を出て玄関につくと、ちょうど車がゆっくりと滑り込んできた。ドアが開き、出てきたノエルは淡い紫のドレスを身に包んでいて、いつも下ろしている髪は頭の後ろでゆるりと纏められている。行ってらっしゃいませ、と執事に頭を下げられたノエルは、行ってきますと応えて歩き出す。玄関に立っている二人に気づいたノエルは、ぱぁ、と顔を輝かせた。

「わぁ、二人共すっごいかっこいい!」
「そ、そうか?」
「うんうん!かっこいいよ!」
「ノエルもねー!めっちゃ可愛い!ねぇねぇ写真撮ってもいい?」
「もちろん!」

パシャリとカメラのシャッターを切ったプロンプトは、横で突っ立っているノクトの背中をバンと思い切り叩く。我に返ったノクトは、しばらく唸った後にゆっくりと腕をノエルに差し出した。そんなノクトに、ノエルはクスクスと笑い腕を絡める。おふたりさんどーぞ、ドアマンの真似事をしてドアを開けたプロンプトは、そんなふたりの後ろ姿を見て、パシャリとシャッターを切った。

「あれ、公務用の礼服なの?」
「ん、服がなかった」
「あー、この前のやつまだクリーニング中か」
「正直に言って失敗した」
「この服見ればわかるよ」

そのまま談笑しながら会場に入った二人に、一気に視線が集まる。それに若干の居心地の悪さを覚えながら、ノクトは友達に呼ばれたというノエルの腕を離した。ノクト、見惚れてたでしょ〜!プロンプトのからかいを無視して、ノクトは食事を皿に盛り付ける。いろんなものをちょっとずつつまみながら、ぼんやりとホールの真ん中で踊る人たちを見ていると、一曲目が終わったらしく、二曲目に変わる。流れるメロディーに懐かしさを覚え、ふとノエルを見るとばっちりと目が合った。微笑んだノエルに、ノクトはガシガシと頭を掻く。そしてゆっくりとノエルに近づいて、手を差し伸べたが、ノエルは微笑んだまま。ちくしょう、心の中でそう言って、ノクトは口を開いた。

「一曲、願えませんか」
「えぇ、喜んで」

ざわり、と会場がどよめいだ。人がどいたことで自然に開けた道を通り、二人はホールの真ん中に進み出る。それぞれ周りに向かって礼をし、向き合う。心做しか、音楽隊に気合が入っている気もする。二人は音楽に乗って踊り出した。

「懐かしいわね」
「だな、小さい頃よく踊らされてたわ」
「付き合わされてた」
「しょうがねぇだろ、周りで同い年お前しかいなかったんだから」
「まぁね。でもまさか、」
「あぁ、踊る日が来るとは思ってなかったわ」
「ふふ」
「んだよ」
「小さい頃のノクトは可愛かったなーって」
「昔な、昔の話な」

楽しそうにしながら踊っている二人を見て、周りは少し興奮気味であった。次々と撮られる写真やムービー。いつの間に話を聞きつけた報道陣も駆けつけて、その場は騒然となった。翌日、多くの新聞の一面を飾った写真を見て、二人はしばらく家に引きこもることを心に決めた。
二人の幕間は終わり