▼ ▲ ▼


アコルド、正式名アコルド自由都市連合の首都であるオルティシエは水の都と呼ばれている。街の中には水路が張り巡らされ、移動にはゴンドラを使うところも多々ある。仕事でやってきたドクトゥスのついでと付いてきたノエルは、祖父と祖母と共にオルティシエでマーゴというレストランをやっているウィスカムのもとを訪れた。

「いらっしゃい…おや、これはこれは」

渋い、かっこいい!僅かに色めきたったノエルに、大きくなったな、とウィスカムは笑いかける。大きくなった?きょとりと首を傾げたノエルに、はっはっはっ、とウィスカムは笑った。

「最後にあったのはまだまだ小さかったな」

まぁ、ゆっくりしていきな、と三人分の飲み物を出してくれたウィスカムに、ありがとうございます、とノエルは礼を述べた。

「オルティシエは初めてかな」
「はい、お父さんの仕事でのついでで来たんですけど」
「ドクトゥスか、」
「はい。それで、仕事をしている間に観光でもしようかと。何かいいところ知りませんか?」

質問をしたノエルに、そうだな、とウィスカムは考える。カウンターの下からオルティシエの地図を取り出して、いくつか丸をつける。ここと、ここと、ここだな、差し出した地図を受け取って、ノエルは頭を下げた。では、後でお父さんとまた来ますね、と言ったノエルは、祖父と祖母を連れてマーゴから出た。宿泊する予定のリウエイホテルにチェックインして、二人で見て回るという祖父と祖母と別れ、地図を片手に、まるで迷路のようになっているオルティシエを散策する。途中で何故か首相官邸から出てきた、仕事を終わらせたというドクトゥスと合流し、水神リヴァイアサンを祀っているという神殿にたどり着いた。人でひしめく展示スペースに目をくれずに進むドクトゥスついていけば、やがて普通では立ち入り禁止になっている、祭壇に繋がる通路にいた。話は通っているらしく、ドクトゥスに向かって敬礼する護衛に、すまんな、と声を掛けてドクトゥスは挨拶してこいとノエルの背を叩く。その意味を理解して小さく頷いたノエルは、一歩、一歩と踏み出した。祭壇は思いのほかシンプルだった。祭壇に腰掛けたノエルは、じっと海を見つめる。

「こんにちは」

反応はない。

「もし寝ていたらごめんなさい。遊びに来たので、挨拶に来ました。オルティシエはいいところですね。とても好きになりました」

すると水面が少し揺れる。それに気付いて、ノエルは小さく笑った。

「また機会があれば来ます。その時、またお話しましょう?」

来る途中で買った花を供えて、ノエルは戻ろうと立ち上がって歩き出す。数歩歩きだしたその時、ポトン、と背後から水の音がして、ノエルは気になって思わず振り返った。すると先程までノエルが座っていたところに、少し大きな貝があった。

"聖石から生まれしわが子よ"

どこから聞こえてきた声に、ノエルはびっくりしてまじまじと海を見つめた。

"そなたの幸せを願おう"

どうやらこの貝はプレゼントらしい。ありがとう、ノエルはその貝を拾い上げた。ふっ、と誰かが笑う気配がした気がする。

"運命に、抗って見せろ"

「えっ………?」

ざぶん、と大きな波がが起こった。水でできた小さな龍は、くるりとノエルの周りを一周して、ぽちゃんと海の中に戻る。まさかそんなことを言われるなんて思ってもいなかったノエルは、最初虚をつかれていたが、やがて小さく笑った。

「努力するよ。リヴァイアサン」







"ノエルがオルティシエ行った。ルーナにもお土産のシール買ったから貼っておく。期末、やっぱりノエルに勝てなかった"

ページに書かれている文字から滲み出る悔しさに、ルナフレーナはクスリと笑う。可愛らしくデフォルメされたリヴァイアサンのシールを撫でていると、嬉しそうですね、とゲンティアナから声をかけられて、ルナフレーナは振り返った。

「はい。ノエル様にお土産をもらったのです」
「……ノエル様にですか?」
「オルティシエに行ったそうで、シールを」

私、友人から旅行のお土産をもらうのは初めてです。少しはしゃぎながら差し出された手帳をみると、そこには随分と可愛らしい姿のリヴァイアサンのシールが貼られている。なんとなくそこに力が込められている気がして触れると、頭の中に声が響いた。

『運命に抗って見せろと、言われました』

少し嬉しそうで、恥ずかしそうな声だった。思わず笑ってしまい、ルナフレーナはきょとりとゲンティアナを見る。そんなルナフレーナに、素敵ですね、とゲンティアナは声をかけた。

「はい。オルティシエと言えば、シールにもあるリヴァイアサンが祀られているところですよね」
「えぇ」
「私もいつか、行かなければならないのですよね」
「えぇ、そうです」

神凪として、真の王の力になるために。心の中でそう言ってルナフレーナはパラパラと前にページをめくる。あの時から行われているこの交換手帳のノクトのページは、プロンプトと一緒に写ってある写真以外は、ほとんどノエルが話の中に出てくる。ノエルと出かけた、ノエルと喧嘩した、ノエルと何かを作った。拙い文字はどんどん上達していき、いまでは綺麗で読みやすい文字になっている。

「良かったのですか?」
「え?」
「ノクティス王子とのお話を断って」
「……いいのです」

引き出しからシールを一枚取り出して、ノートに貼る。ジールの花が描かれたそれの下に、さらさらと文字を書き込む。

「たしかに、ノクティス様のことは好きです」

最後の一言を書き込んで、ルナフレーナはパタンと手帳を閉じた。アンブラを呼び寄せて、その背に手帳を結びつけると、承知と言わんばかりにアンブラはワン、と一声鳴いて外に飛び出す。窓から出ていくアンブラの後ろ姿を眺めて、ルナフレーナはゲンティアナを振り返った。

「でも、私はノエル様と楽しそうにしているノクティス様が好きなのです」
「そうですか」
「えぇ。私が支えたいのは、そんなノクティス様なのです」

机に置かれている小さな写真立てには、幼い頃に撮った三人の写真が。ジールの花が一面に咲き誇る花畑で、車椅子に座っているノエルを真ん中にして撮られたそれは、幸せに満ちていた。ルナフレーナとノクトが協力して作った青が鮮やかなジールの花の花冠を頭につけているノエルは、嬉しそうで、恥ずかしそうで。目を閉じれば、今でもその場面を思い出せる。ふと懐かしくなり、今度また花冠を作ってみようかしらという気持ちになったルナフレーナは、大体、と少し不満そうにした。

「ノエル様は自己評価が低すぎです。本気になれば、私は到底敵いませんよ」
「えぇ、本当に」

やっぱりゲンティアナもそう思う?とこちらを見たルナフレーナに、はい、と、ゲンティアナは頷いた。
やさしいこころはここにあります