▼ ▲ ▼


三時の方向にシガイ十体、帝国軍のと思われます。通信機から入ったその声に、了解、と答えてノエルは腰に差しているククリ刀を鞘の上からそっと触る。

「ほら、ノエルいくよ」
「はーい」

そう呼びかけられ歩き出したクロウの後ろを追って、ノエルは歩き出した。平和かと思われるインソムニアだが、その障壁の外では帝国軍との戦いが行われており、それは日に日に激化している。砦の上から見えた青い光に、ノエルは目を細めた。そんなノエルに気付いて、クロウはつられてそちらを見る。

「あれニックスだね」
「うん」

シフトを駆使してシガイのにたどり着いたニックスは、あざやかな動きでそれの息の根を止める。その後を追うように、ほかの隊員も次々とシガイに襲いかかる。ほとんどの隊員がそちらへ行ったのを見て、なんとなくノエルはその正反対を見た。そしてサァっと顔色を悪くした。

「クロウ」
「なに?」
「魔法の準備をしなくちゃ。反対側やばい」

その言葉にクロウは反対側を見て、押し寄せてくる帝国軍の大軍にげっ、と呻き、そしてすぐに魔法の生成に取り掛かる。じっくり見れば、何隻かの揚陸艇も飛んでいて、絶え間なく魔導兵を下ろしていた。ちょっと手伝って、というクロウの言葉にうんと頷いて、ノエルはそっと手を添える。

「魔導兵ってことは雷かな」
「了解」

ゴロ、と空が唸り声をあげたと同時に、空に稲妻が走る。魔導兵の中央に直撃したそれは、周囲に大量の金属片と焼け野原をつくっては緩やかに消える。しかしそれでも倒れなかった兵はまだいるようで、チャ、と腰からククリ刀を抜いたノエルは、クロウにうん、と頷いた。

「気を付けて」
「ありがとう、行ってきます」

そう言って、ノエルはククリ刀を力の限り遠くに向かって投げる。そしてもう片方のククリ刀を投げ、シフトをうまく使って空中を飛ぶ。敵の真上に着くとそのまま下に落下し、その勢いを借りて真ん中にたっている上級の魔導兵を壊した。パチパチと火花が散るそれから離れると、どぉん、とけたましい音を立てて爆発する。雷に吹き飛ばされただけの魔導兵が、ギギギ、と気味の悪い音を立てながら、人間ではありえない動きで立ち上がり、ノエルに襲いかかってくる。ククリ刀の代わりにトライデントを武器召喚して振り回せば、寄ってきた大勢の魔導兵が吹き飛ばされて倒れる。トライデントを真上に投げてシフトでキャッチしてそのまま下にサンダガを撃ち込めば、小さな焼け野原ができた。周り一帯の敵が殲滅されたことを確認して、ノエルは小さく息を吐いた。今日のところはひとまずここまでらしい。上からおりた退却命令に従って集合地点に戻ったノエルの前に、ニックスが立ちはだかった。

「ご、ごきげんよう?」
「ごきげんようじゃないだろ」
「ごめんなさい」

しゅんとしたノエルに、ニックスは過保護すぎなんだよ、とクロウはカラカラ笑う。だよね!とクロウを見ようとしたノエルを静かに呼べば、ノエルは静かに俯いた。

「俺は別にドクトゥスさんみたいにお前に前線に出るなとは言わない」
「……はい」
「行ってもいいが一人で行くな」
「……うん」
「今回は一人でなんとかなったかもしれないが、もっと強い敵が出てきたらどうする」

思いのほか叱られることに慣れていないらしい。今にも泣き出しそうにしているノエルを見て、クロウは非難の眼差しをニックスに向けた。そんなクロウに、ニックスは肩を竦めた。

「けど、褒めてはやる」
「ほんとっ!?」
「インソムニアに戻ったらなんか食べに行こう」
「やった!」

クロウも一緒ね、とニックスを見たノエルに、まぁクロウは自腹だがな、とニックス言えばふざけんじゃないよ、とクロウに肩を力いっぱい叩かれた。






かたん、と隣から聞こえた物音に、ノクトは隣の家に繋がる壁を見る。夏休み中、インソムニアにいるけども毎日朝早くに家を出て夜遅くに帰ってきているノエルだが、何をしているのかはわからない。家にいる時に訪ねて聞けばいいだけの事だが、この前風邪をひいたノエルの見舞いに行った時に聞いた言葉を思い出すとどうにも動きづらくなる。

『そりゃもちろん、ノクトの事は好きだよ』

瞬時にその甘やかさを含んだ声が脳内でリピートされて、瞬時にノクトはうぁ、と唸りながら突っ伏した。周りを見ずに突っ伏したせいでガン、という大きな声と共に思いっきり肘をガラステーブルに打ち付けてしまった。いってぇよ、と肘をさすりながら恨めしそうにガラステーブルを睨みつけていると、ピンポーンとインターホンが鳴る。こんな時間に誰だ、と思いながら今行くーと言ってドアを開けると、そこにはノエルの姿が。幻でも見てんのか?そのまま固まったノクトに、ノクト?とノエルは訝しげな顔をしてノクトの目の前でひらひらと手を振った。

「生きてる?」
「勝手に殺すな」

やっべ、声震えてねぇかな、そう心の中でキョドりながら返事をすると、冗談だよ、とノエルは笑った。平常心、平常心だ、と唱えながら、ノクトはノエルを見た。

「どうしたんだよ、こんな時間に」
「いや、隣から大きな物音したから、どうしたのかなって思って……そうだ、私最近掃除に来てないけど、一人でちゃんと出来てる?」
「…あっ、いや」
「………………はぁ、あがるよ」

靴を脱いで家に上がったノエルは、部屋からリビングまでの惨状を見て顔をひきつらせる。散らばるビニール袋やカップラーメン、ペットボトルのゴミ、乱雑に置かれたマンガに、ノエルは頭が痛くなってきた。時刻は既に夜の十一時を回っている、明日は王の剣はオフ。かと言って今から片付けをするのはしんどい。なんせさっきまで前線で魔法ぶっ放してたから。幸い今はもう寝ようと着てパジャマ。うん、と一つ頷いてノエルはノクトを振り返った。

「とりあえず寝よう」
「お、おう?」

そのまま二人でノクトのベッドに潜り込んで寝た。翌朝に久々にノエルに叩き起されてノエルの朝食を食べたノクトは、ゴミ袋片手にせわしなく家の中を動き回るノエルをぼんやりと見つめた。ちなみに手伝おうという精神は皆無である。聞くなら今かもしれない、なぁ、と声をかければ、なに?とノエルはペットボトルのラベルを取りながら返事をした。

「最近どこ行ってんの」
「最近?」
「ん、朝早くに家出て遅くに帰ってきてるだろ?たまに帰ってこねぇ日もあるし」
「あー、」

手を止めたノエルは、そんな事もありますねぇなんて濁して言って目をそらす。普段はそんなことはないのだが、なにかを隠している様子のノエルを、ノクトは訝しげに見る。そんなノクトに気付いたノエルは、そうだ、と話をそらした。

「今日は何もないから、遊びに行かない?」
「……………行く」







小さく鼻歌を歌ったノエルは、くるりと回る。涼しげな水色のワンピースが、動きに合わせてふわりと翻った。インソムニアの外れにある森林公園は人も少なく、顔を隠す必要が無いノクトは涼しげな格好をして満足げにしている。レンガで舗装された小道から外れて、小さな林の少し奥に、持ってきたレジャーシートを広げる。 木々の間から漏れる柔らかい日差しと、ミンミンと騒がしい蝉。広げたレジャーシートに寝っ転がったノクトは、ふぁ、と大きなあくびをした。そんなノクトを、ノエルは呆れた眼差しで見つめる。

「まだ寝るつもりなの?」
「ん、まぁ」

まさかこの年になっても一緒のベッドで寝るとは思わなかったノクトは、実はと言うと昨晩あまり寝れていない。気にしたら負けだと心の中で何度も唱えたが、それが却って逆効果であった。ゆっくりと目を閉じたノクトは、木々のざわめきと、遠くから聞こえてくる親子の楽しそうな声に、平和だな、とポツリと零した。そうしばらくしてると、ゆっくりとノエルがノクトに手を伸ばしてその頭を優しく撫でる。

「えぇ、本当に」

ここは平和だね。そう言った声が、まるでここ以外は平和ではない事を知っているようで。どんな言葉をかければいいか分からなかったノクトは、それに沈黙して寝た振りを続けた。
午後を閉じ込める水槽