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「はぁ、全く」
「ごめんなさ、ゴホッ」
「もういい、大人しくしてろ」
「ごめ、」
「いいから大人しくソファーに座ってろ!」

ぺしん、と勢いよくおでこに冷えピタを貼られて、ノエルはそのあまりの冷たさにうっ、と声を漏らしてソファーに座った。長時間豪雨に打たれて風邪をひかないはずが無い。案の定高熱を出したノエルは、今まで体験したことのないほどの気だるさに追われて死にそうになっていた。あれほど朝は天気の確認をして家を出ろと、折りたたみ傘は常備しろと。ぐちぐちと小言を吐きながら、イグニスはテキパキと胃に優しいものを作っていく。そんなイグニスをぼんやりと眺めながら、ノエルがケホ、と咳き込めば、慌てて家からやってきたメイドか大丈夫ですか?と背中をさすってくれた。ありがとうと告げて落ち着くと、ガタンと玄関の方から音がした。気になって立ち上がろうとしたノエルをベッドに押さえつけて、くれぐれも動かないように!と強く言い聞かせて、メイドはリビングを出る。ぐつぐつと鍋の煮る音と、トントントンと包丁の音が部屋に響く。暇になって、横に置いてあった国勢調査レポートに手を伸ばそうとすれば、ノエル、とイグニスの声が飛ぶ。手を引っ込めて、タオルケットにくるまる。

「随分と長かったな。今回は」

二週間か?基本的には翌日には仲直りしてたのにな。そう話すイグニスに、ノエルは目をそらした。

「私が勝手に拗ねただけだし」
「拗ねていたな。前もそうだった、俺の所に来てわんわん泣いた」
「わんわんは泣いてない」
「それで?」
「…………イグニスとのお見合いすっぽかしてごめんなさい」
「そういう謝罪は求めていないし、その言葉は求めていない。大体知り合い同士でお見合いなんて気まずいだけだ」
「…………そりゃもちろん、ノクトは好きだよ。好きだけど、私じゃダメなんだよ」
「むしろお前じゃなきゃダメだと思ってる人の方が多い。国民含めて、だ」

ルナフレーナ様とのご婚約が破談になりかけてる今、お前は将来の王妃の筆頭候補だ。イグニスの言葉に、知ってるわよ、とノエルは口を尖らせた。

「でもルナフレーナ様じゃなきゃダメなの」
「なぜそこまでしてルナフレーナ様にこだわる」
「人には人に知られたくない秘密の一つや二つあるでしょ」
「お前の秘密が関わっているのか?」
「私と、ノクトと、ルナフレーナ様。三人の秘密が関わってるの」
「それは壮大な話だな」
「壮大なの」

少し喋りすぎたらしい、喉がカラカラして、ノエルは水を一口飲んだ。リビングのドアが開いて、学校帰りのノクトとプロンプト、その後にメイドが入ってきた。ひっろい家だな、ぐるりと見回したプロンプトが、あっ、とノエルを見つける。

「ノエル〜、見舞いに来たよ!」
「ありがとう、プロンプト」
「大丈夫?」
「うん、心配かけてごめんね」

授業は…大丈夫だよねー、と言って配布プリントをノエルに渡したプロンプトは、目ざとく部屋の隅にあったゲーム機を起動させる。棚にあったソフトを吟味して一つ選び、早速遊び始めた。お前何しに来たんだよ、呆れた顔をしたノクトは手に持っていた紙袋をほら、とノエルに渡した。

「なにこれ」
「プリン」

ここに来る前に城に寄ったらしい。ノエルと一緒じゃないことを聞かれて風邪をひいたと答えれば、城は上から下までの大騒ぎで。しばらく城で待たされていたら、厨房のシェフからノエルにと渡されたらしい。なんかノエルの優先順位俺より前にあるの気のせいか?顔を顰めてそうこぼしたノクトに、ノエルは笑った。







『いよいよ来週に迫った王都水族館の開園ですが、来週の一般公開に先立ち、ノクティス王子が視察に訪れました』

付けっぱなしにしていたテレビから流れたニュースに読み上げられた聞き馴染みのある名前に、お、とプロンプトはペンを止めてテレビを見る。

『視察にはノエル様が付き添っており、二人共終始楽しそうにしていました』

ぱっと画面は切り替わり、そこには水族館が写っている。釣りが好きなノクトはやはり魚には興味があるようで、見るからに楽しそうである。学芸員の話を熱心に聞いている傍ら、ノエルはそんなノクトを気にしつつ、カメラのシャッターを切っている。そして話を聞き終わったノクトがノエルに近づいて、カメラの画面をのぞきこんでは何かを話して楽しそうにしている。ワイプ画面に、アナウンサーたちが切り抜かれた。

『話によりますと、先日までノエル様はお風邪をお召しになられたようで…』
『そうなんですね…それにしても、とても楽しそうにしていますね』

アナウンサーたちの会話に、プロンプトはうんうんと頷いた。本当に二人は楽しそうで。昨日ノエルに会ってお土産をもらったのだけど。目の前にあるイルカの置物につん、とつついて、プロンプトははぁ、とため息をついた。思い出されるのはちょっと前のこと。風邪で寝込んだノエルの見舞いに行った日だ。メイドに案内されて、作りは同じだが、ノクトの家とは雰囲気の違う家の中を歩く。リビング入ろうとして、ピタリとノクトが足を止めた。不思議に思ってプロンプトもメイドも立ち止まった。しん、とした廊下から、リビングに居るノエルと、イグニスの声がした。

『…………イグニスとのお見合いすっぽかしてごめんなさい』

えっ、と出かかった声に、プロンプトはあわてて両手で口を塞いだ。チラリとノクトの様子を見ると、ノクトもそれには驚いたようで、目をこれでもかと見開いていた。

『そういう謝罪は求めていないし、その言葉は求めていない。大体知り合い同士でお見合いなんて気まずいだけだ』

そりゃそうだ。多分このふたりが見合いしても絶対結婚しないだろう。それにはノクトも眉を顰めていた。あらかた夫婦になったイグニスとノエルを想像しようとしたのだろう、釣られてプロンプトも想像するが、あまりにも想像つかなくてノクトとプロンプトは同じタイミングで頭をふるふると振った。

『…………そりゃもちろん、ノクトのことは好きだよ。好きだけど、私じゃダメなんだよ』

思わぬカミングアウトである。今度こそ叫びそうになってプロンプトはあわててプロンプトは口を塞ぐ。しばらくした後に、はぁー、とイグニスが大きなため息をついた音がする。

『むしろお前じゃなきゃダメだと思ってる人の方が多い。国民含めて、だ。ルナフレーナ様とのご婚約が破談になりかけてる今、お前は将来の王妃の筆頭候補だ』

そうだね、俺も賛成1票。と頷くプロンプトの隣で、メイドは首がもげそうなほどに強く頷いた。ノクトはと言うとそれはそれは綺麗にフリーズしていた。ノエルが三人それぞれが抱えている秘密の話をしているのだが、全く聞こえていないのだろう。プロンプトはノクトの服の袖を引っ張った。

「ノクト、おーい、ノクト!」
「っ、!」

はっと我に返ったノクトは、小さく悪ぃと呟いてドアを開ける。その向こうでいらっしゃい、と微笑んだノエルを見て、ノクトが僅かに頬を染めたのはプロンプトのみぞ知る。そこまで思い出して、プロンプトはくるりとペンを回した。解いていた数式の答えを出し、プリント回答を書き込んで、ファイルに挟み込んでカバンに入れた。うん、と伸びをして時計を見れば遅い時間で。もう寝なきゃ明日遅刻するだろうな、と呟いて、プロンプトはベッドに潜り込んだ。

その夜、プロンプトはノクトとノエルが結婚する夢を見た。二人は幸せそうで、眩しくって。そんな二人を、プロンプトも嬉しそうにニコニコ笑いながら見ていた。
あなただけよい夢を