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―聖石の子よ

誰?

―時は満ちた

ここは、どこ?

―今こそその身を……に…還らせ

なに、?

―真の王………の…となり

真の、王?ノクト…?ルナフレーナ、様?

―闇を……う……のだ

闇を、どうするの…?




「ノエルッ!」
「え?」


グラ、と揺さぶられてノエルは覚醒した。ぼんやりとしていた焦点を合わせれば、目の前で焦っている顔をしているノクトがいた。


「ノク、ト?なんで…」
「それはこっちのセリフだ。お前こそなんでここにいるんだ」
「ここ?…えっ」


ぐるりと今いる場所を見たノエルは、素っ頓狂な声を出した。


「ここって…クリスタルの間…?」
「あぁ、普段立ち入り禁止の場所に人が入ったって上から下の大騒ぎだったんだ。お前、なんでここに…」


兵士が慌ただしく駆け回っているクリスタルの間を見回したノエルは、困ったようにノクトを見る。


「………なんで?…わからない」
「は?」
「なんで私ここにいるの?それに、なに?この服」


淡い紫色のドレスをつまみ上げたノエルは、こんなの、着た覚えはないんだけど、と困った顔をした。


「は?」
「ほんとなの。自分の家で寝ていたはずなのに…」
「寝ぼけ過ぎだろ」
「…………………むっ」
「今から家に戻るのもなんだし、泊まってけ」
「うん」


お騒がせしました、そう兵たちに謝ってノエルはノクトの後について行った。城の居住区の廊下を、二人会話もなく進んでいく。窓から漏れこんだ月光に、ノエルのドレスが反射して淡く光った。カツン、と地面を鳴らすハイヒールは、いつか読んだ物語に出てくるガラスの靴にそっくりで、思わず頬が緩む。なぁノエル。声をかけたノクトに、なに?とノエルは小さく返事した。


「お前に早く言いたくてさ」
「うん?」
「明日…つっても今日か。正式に父さんに言われるはずなのを聞いちゃってさ」
「盗み聞き良くないんだー」
「うっせ。それで…」


立ち止まったノクトは窓の外を見た。まるで遠くにある何かを見るような、そんな表情に、あぁとノエルは察した。


「ルーナとの婚約が決まったんだ」
「…………あぁ、そっか」
「え?」
「婚約おめでとう」
「ノエル?」


どこまでも平坦な、感情のこもっていない声だった。カツン、とヒールを響かせたノエルをノクトは振り返るが、いつの間にかノエルはこちらに背を向けていた。


「私、ちょっと調べ物がしたいから」
「おいノエル?」
「図書館行ってくる」
「おい!待てよ!」


曲がり角を消えていったノエルを見て、くそっ、と勢いよく壁を殴り、ノクトはそのままずるずると地面にしゃがみこんだ。自分は一体、何がしたかったんだろうか。笑って祝って欲しかったのか、それともなんでと駄々をこねて欲しかったのか…そもそも自分の気持ちは、どうなんだろうか。消化しきれないもやもやを抱え込んだまま、ノクトは見回りに来た衛兵に言われるまで、ノエルの消えていった曲がり角をずっと見ていた。







城の図書館、自宅の書斎。一通り調べ終えたノエルは、なんだか遣る瀬ない気分だった。学校に行く気にすらなれなくて、仮病を使って休んだ。友人達から届いた大量の、自分の容態を気遣うメールに一つ一つ返信しながら、ノエルは外を見て大きくため息を吐いた。ブブブ、と再び震えた携帯を取り上げると、そこにはノクトから届いた五通目になるメールが表示してあった。昨日のあれのせいで、ノクトのメールだけは返信する気にはなれない。ぽい、とそのままベッドに携帯を投げて、気晴らしになにか作ろうか、と立ち上がったその時。わん、と聞こえた犬の鳴き声に、ノエルは声のする方を向いた。自分の部屋の入口に、一匹の白い犬がいた。


「……プライナ…どうしたの?」


わんっ、と元気よく一声鳴いた、ルナフレーナの飼い犬のプライナは、ててて、とノエルに駆け寄って擦り寄る。確認するも、ノクトとルナフレーナがしているという交換手帳の姿はない。わしわしとその頭を撫でて、ノエルは立ち上がった。


「おいでプライナ、ここに来るまで疲れたでしょう?ご飯あげる」


後ろにプライナが付いてくることを確認して、ノエルはリビングに向かう。棚から皿を取り出して振り返ったノエルの目の前には、長い黒髪がつややかな美女が立っていた。その姿を確認して、ノエルは思わず笑ってしまった。


「久しぶりですね、ゲンティアナさん」
「えぇ、久しぶりです。ノエル」


紅茶、いります?そう聞いたノエルに、ではお願いしますと答えて、ゲンティアナはソファーに座った。


「ゲンティアナさん」
「はい」
「ルナフレーナ様に、伝言を頼んでも?」
「えぇ」
「ノクティス王子との婚約、ご成約おめでとうございますと、伝えてもらえませんか」
「承りました……………ところでノエル」
「はい?」
「あなたは、いいのですか?」


動きを止めたノエルは、何がですか?と困ったようにゲンティアナに笑って見せたが、ゲンティアナはそれに悲しそうな顔をした。


「秘密を知ってしまったのではありませんか?」
「………………だからと言って、私にどうこうできる術はありませんよ」
「たとえその身が聖石となっても?」
「それがアロレックスのあるべき姿ではありませんか」


聖石の子。聖石より生まれし、その時が来るまで王を護る存在。アロレックス家は、クリスタルが生み出した存在であることが、自宅の隠された書斎で見つかった。元をたどれば人間ですらない、ちょっと力ある石から生まれた存在の子孫である私に、人間に恋しろなど、元から無理だったんです。諦めたように笑ったノエルを、痛ましげにゲンティアナは見た。


「しかし、今貴方は一人の人間です」
「いずれ聖石の一部になる、と枕詞が付きますけどね」
「………ノエル」
「ゲンティアナさん」


なんですか?とこちらを見るゲンティアナに、ノエルは苦笑した。


「どっちの味方なんですか?」
「私たちが王に授けた聖石から生まれし子。私たちの子供同然です」
「お母さん、って呼ぶべき?」


おどけてそう言ったノエルに、それはいいですね、と考え込むゲンティアナ。そんなゲンティアナに、本気にしなくてもいいから、とノエルは笑った。


「まぁ、聖石は王の力となる存在だから。神凪みたいに、共にあるべき存在じゃないのよ」
「しかし、」
「平気。だってレギス様と約束したもの。その時が来るまで、ノクトの傍にいるって。私が聖石に身を捧げるのは、その時」
「そうですか。安心しました」
「うん」


それではそろそろ帰ります。立ち上がったゲンティアナは、そういえば、とノエルに小さなアメジストのペンダントを渡した。


「これはあなたと聖石化を止めるもの。いつも身につけておきなさい」
「…………ありがとう、ゲンティアナさん」
「我が愛し子よ、そなたの幸せを願う」

ノエルの額に唇を寄せて、ゲンティアナはふわりと空気に溶けた。ぽつりぽつりと星が光り始めた空を見上げて、ノエルはゆっくりと目を閉じた。

「呆気なかったな…」

両頬に涙が伝うのに気づきながら、ノエルはそう小さく呟いた。
そうして淑やかに殺すのだ