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「ノクティス王子、朝ですよ」
「う、」


ゆさゆさと遠慮なく揺さぶってくる自分の世話係に、ノクトは布団に潜り込みながら微かな違和感を抱いた。本来ならば声をかけて返事がなければまた五分後に来るというのに。なんと不躾な。心の中でそう文句を吐いて、ノクトはぐる、と寝返りを打った。これでもう無理矢理起こされることはないだろう、再び惰眠を貪ろうとしたノクトの耳に、はぁ、という大きなため息が聞こえた。


「ノクティス王子〜朝ですよ〜」


聞き覚えのある声だ。呆れの混じったそれに、ノクトは部屋に差し込む眩い朝日を布団でガードしながらノエル、と呟くと、声の主はなにかなノクティス王子、と返事をした。


「全く、起きてるのならさっさと起きなさい」
「なんだよ、ノエルかよ…。ノエル!?」
「はい起きたね」


慌てて飛び上がったノクトにおはよう、と声をかけてノエルはほら、さっさと着替える、と服をノクトに投げつける。キャッチした服にもぞもぞと着替えるノクトは、なんでいるんだよ、と小さく零した。


「なんでって、今日から私がノクトの世話係だからだよ」


布団を畳みたがらほら、さっさとして、と急かすノエルに、はぁ?と声が出た。布団をかたし終わったノエルは窓を開けて、ノクトを振り返る。


「もともとうちはそういう立場なの。王のお世話係」
「……ふぅん。世話係にしちゃかなり王子の扱いが雑だけど?」
「ほぉ?では畏まって接しろと?おはようございますノクティス様、爽やかな朝ですね?」
「…ごめん寒気がしたわ」


ノエルからもらった水を一口のんだノクトに、わかればよろしい、とノエルがにやりと頷く。何がわかればだ、と呆れたように言ったノクトは、朝食行くぞ、と言いながら部屋を出る。その後をノエルが追いかけた。ね、ね、と心底楽しそうに声をかけてきたノエルに、ノクトは歩調を緩める。隣に並んだノエルは、私の制服ちゃんと見た?とノクトの前に出た。


「制服?そーいやそれ、世話係の制服……ってそれ中学の制服じゃん」
「ピンポーン!どう?」


セーラー服姿のノエルは、昨日うちに届いたの、と言いながらくるりとその場で回る。ふわりと広がったプリーツスカートに、うん、とノクトは頷いた。


「悪くねぇ」
「ん?」
「似合ってる」
「ありがとー。あ、ノクトの分もあるよ!」
「え?」
「え?学ランだけど?」
「だよな」


小さく安堵の息を漏らしたノクトを見たノエルは、ニヤニヤと笑ってノクトに近付いて下から見上げた。


「えっ?なになにー?ノクティス王子と付き合いのながい優しーい世話係の私がノクトにセーラー服用意するとでも思ったの?似合いそうだけど」
「おい」
「んふふ。あ、イグニスだ!」


イグニスー!大声で呼ばれたイグニスは、こちらに向かってやってくるノエルとノクトに気付いてあぁ、おはよう。と挨拶した。そしてノエルを見る。


「中学の制服か。似合ってる」
「わぁありがとう!誰かさんとは大違いね」


じっとこちらを睨んでくるノエルに、俺かよ、とノクトは顔を引きつらせる。ノクト以外に誰がいるの?と小首を傾げたノエル。そんなふたりのやり取りを見て、イグニスは咳払いをした。


「お前達、朝食に行ってこい」
「あ」
「忘れてたわ」
「誰かさんのせいで」
「完璧お前だろ」
「喧嘩をするな。ノクト、お前の制服も届いたから朝食終えたら着替えて来い。ノエルと写真撮影だ」
「ん」


イグニスはこれから図書館らしい。勤勉だねぇとこぼしたノエルに、ただの真面目だろ、とノクトが呆れたように言った。







中学に上がって最初の夏休み。ある程度の自由を許された学生達は、各々友達と夏休みの宿題について愚痴りながら思い思いの遊びの計画を立てていた。中学になっても未だに一人で学校生活を謳歌しているノクトは、楽しそうにしているクラスメイトを横目に、遊びに行こうと誘ってきた大量の友人から開放されたばかりのノエルに近づいた。


「よっ、人気者」
「やぁノクティス王子」
「そのノクティス王子ってのやめろ」
「で?その人気者に声をかけたノクトは私に何の用?」
「今日城来るだろ、一緒に帰ろうぜ」
「うん」


荷物を纏めたノエルは、ノクトとともに迎えに来たイグニスの待つ車に乗り込む。ゆっくりと走り出した車窓から流れる街の風景を眺めるノエルに、なぁ、とノクトが声をかける。


「なに?」
「お前さ、夏休みの誘いほとんど断ってんじゃん」
「あぁ、まぁ」
「悪ぃな」
「ん?なにが?」
「……ずっと城にいるんだろ」
「…………ん?いないけど?」
「だよな……え?」


はぁ?と大声を出したノクトはくっ、と運転席で笑いを噛み殺したイグニスをキッと睨んで、ノエルを見た。


「じゃなんなんだよ」
「旅に出るの」
「は?」
「うちのしきたりみたいなもんよ。まだ若いから近所で済むけど…だいたい半月かな」
「ほとんど居ねぇじゃん、どこ行くんだよ」
「ダスカとか、リードの方かな?」


そう言うと、運転していたイグニスは少し驚いたようで、ノエルを振り返った。


「インソムニアの外か」
「うん。でもまぁまずその前にメルダシオ協会の本部に行ってハンター登録してくるから、事実的にはレスタルムから」


そこからキャンプしながらインソムニアまで戻る感じかな。途中でチョコボポストウィズに寄って…、と指折り楽しそうに計画を組み立てるノエルに、気を付けろよ、とイグニスが声をかけた。


「うん、初めてだからモンスターは出来るだけ避けるようにするし、お父様も一緒だし」
「ドクトゥスさんも一緒なら安心だな」
「まぁね、お父様強いし」


へへん、と胸を張ったノエルは、ねぇ、と座席から身を乗り出した。


「イグニス、」
「なんだ」
「イグニスはインソムニアの外に出たことある?」
「一回だけな。王都検問所の前までだが…あぁ、グラディオなら何回か外に行ったことあるぞ」
「ほんと!?」
「あぁ、話を聞くといい。参考になると思う」
「うん!」


運転中は座ってろ、とイグニスに言われて座ったノエルは今にもグラディオの元に走っていきそうなくらいソワソワしている。そんなノエルを、ノクトは頬付をつきながら眺めた。


「なぁ」
「ん?」
「ちゃんと帰って来るよな」
「………なぁに?心配?」
「うっせ、ちげーし」
「ふふふ」
「なぁノエル」
「なぁにノクト」
「帰ってきたら行こうぜ、夏祭り」


外出許可取るからさ、ニヤリとわらったノクトに、そうだね、とノエルは笑った。


「行こうか」
「おう、そいで食おーぜ、たこ焼き」
「気に入ってるねぇ。あのおじさん、今年もやるって」
「まじか!」
「まじ!んじゃ、約束だね」


笑顔で小指を差し出してきたノエルに、おう、と言ってノクトは小指を絡めた。


約束だよと、笑ってみせた