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誰にも止められなかった冷気を自力で押さえ込んだのは誠凛桐皇戦が始まる直前だった。選手の入場が終わった後にノコノコ出てくるのは気が引けたが、出ていかないと仕事が出来ない。
自分の精神状態の弱さに菜穂はため息をついて、先に会場へ行った部員達を追いかけて、勇気を出して会場へ踏み入った。

菜穂がベンチへ顔を出した途端、おおよそ半分、"事情"を観客がどよめいた。
「おい見ろよ、あの子って…」
「たしかキセキの世代のコーチやってた子だよな。今度は誠凛のコーチかよ、通りで誠凛強い訳だ!」
「な、もうやらないかと思ってたぜ」
そう囁くのを傍目に、菜穂は誠凛のベンチへ向かう。
「取り乱してすみませんでした」
「あぁ、いいのよいいのよ。あんな事されたら私だって怒るわ」
あはは、と手を振りながら言うリコに菜穂はホッとした。
「ところで、菜穂ちゃん」
「はい、」
「コーチって?」
やはり先ほどのささやきは聞こえていたらしい。避けて通れない話だけども、今は話せない。菜穂は曖昧に笑ってみせた。
「そのうち、話しますね」
「そう」
これ以上何も追求してこなくなったリコに、菜穂は心の中で感謝をした。

誠凛と比にならないくらいの歓声と、桐皇が勝つ前提で繰り広げられる客席の会話に、日向が息を吐く。
「すっげー。さすがIH準優勝校」
感心した様にしみじみとつぶやく。
「うろたえない!分かってた事で…しょ…」
「ふふっ…頼もしいですね」
喝を入れようとしていたが、闘志に溢れる目を見てリコは目を見張る。菜穂はトントンとリコ肩を叩いて笑う
時間です、両校整列してください。そう審判員が告げる。
「よし!行くぞ!」
『おう!』

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