焼き払いましょう

「部室掃除、ですか?」
「そ、今度見回りくるし、引っ越しもしたいしね、私達の」
鬼の様な練習メニューをヒィヒィ言いながらこなしていく部員達をステージに座り、眺めながら菜穂とリコは話していた。
「たしか、あそこですよね…」
「えぇまぁ」
一度だけ、黒子に写真を送ってもらって見たことがあるのだが、どこぞの、人にパイナップルを投げ、罵詈雑言を浴びせるドルオタが懸命に愛するとあるアイドルのポスターが貼られている、乱雑に物が置かれた、もはや倉庫と呼ぶにふさわしい部屋。
一般的に、部室はマネージャーや部員がこまめに掃除する事になっているが、部活は時間を目一杯使い、部活の終わった部員は疲れ果てて掃除どころじゃない。菜穂も、主に黒子から入るなと足止めされている。
つまり部室は菜穂がバスケ部に入る前から見せられないほど酷い状況になっている、ということだ。

菜穂とリコは今、現在使われていない、いずれは新しく作られる運動部に充てがわれる部室のロッカーを使っているが、いかんせん、それは他の部と共用状態である。
バスケ部の部室にはロッカーが四十程あり、部員は十人強。その空いているはずの三十のロッカーの一部にカーテンを引いて、リコは女子のスペースを作ろうとしていた。
このチャンスをうまく生かして、部室の余ったロッカーを拝借しよう、という算段だ。
そうと決まれば、早速明日は掃除よ!
そう意気揚々にリコは決めて、早速菜穂と共に荷物をまとめに行った。

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「部室掃除ぃ?」
翌日の昼休みに、ゲリラ部室掃除宣告をされた日向は、思わぬ宣告にわずかに顔を青ざめさせた。
「そ!うちと菜穂ちゃんのスペースを作ろうと思ってね。荷物を今日移したいと思ってるのよ。ちゃんと部員、全員集めなさいよ。練習は無しでいいから。試合続きで疲れてるだろうし」
そう言ってノートを今日以降の練習メニューを書き始めるリコ。
「だってよ伊月」
日向は横にいる、飄々とした顔(日向にはそう見えた)でパックの牛乳をすすっている伊月を見た。
「何怯えてんだよ、たかがゴミだしだろ…って、あ」

しまった!!

日向と伊月は顔を見合わせた。

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「いざ、………出陣」
東京都内に位置する誠凛高校の体育館へ向かう廊下の一番奥の扉、そこは誠凛高校バスケ部の部室。
そのドアを開けると、そこはーー

「ゴミ屋敷になってなーい?」
「ゴミ、屋敷…」
菜穂とリコは、あまりの汚さに呆然として、ドアの前に立ち尽くした。

「おい、カントク…それは…?」
部室の勝手口から出た土田は、中庭で葉っぱが中でぱちぱちいっている一斗缶をつつくリコをみて聞いた。
「え、分からないの?出てきたもの、片っ端から燃やすわよ?」
ぱちっ、と火の粉が飛んだ。
「焼き芋か?」
「木吉ぃ!そういうボケいらないから!」
コントのような会話を聞きながら、リコは火を見つめながらふふ、と笑った。
「でもぉ〜、前みたいに女教師ものとか出てきたら〜リコぉ、練習五倍にしちゃいたい気分っ!」
サァッ、と部員達が青ざめた。
「ところでリコ先輩、」
「なぁーに?菜穂ちゃん」
「もし焼き芋をするのなら一応、忠告はしておきましょう。東京都の条例で焚き火は禁止されているので、ご注意を」
「あら、そうなの」

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「まずは、このロッカーね」
ガチャリ
「……………」
「………………」
「…………………」
「焼き払えっ!全て焼き払えっ!」
「カントク早まらないでぇ!」
見たことのない胞子や菌類が生えているロッカーを見て取り乱すリコをみて、菜穂はロッカーを覗き込んだ。
「……これが、腐海」
「ちょっ、奥宮!?」
「蟲は、出るの?」
「え、あ、うん、出ない、よ?」
キラッキラした顔で問いかけられた小金井がじどろもどろにそう答えると、菜穂の表情は一瞬で抜け落ちた。はぁっ、と菜穂はため息をついた。
「リコ先輩、焼き払いましょう」
「マネージャーも早まらないでっ!」
「ここだけ建て直せばいいんですよ」
「そんなさも当たり前に言わないで!」
「え?だって、そんなお金かからないでしょう?」
「いやいや!かかる!ぜんっぜんかかる!」
「菜穂」
「テツヤ…」
幼馴染の呼びかけに動きを止めたマネージャーに、一同はホッとした。
「建て直すには、理事長に言いに行かなければなりませんでしたよね?」
「うん」
「そうですか……」
「オイ、く、黒子?」
顎に手を当てて、ふむ、と考え始めた黒子に、一同は一抹の不安を覚え。日向が恐る恐る声を掛けると、黒子は、キャプテン、と呼んだ。
「焼き払っちゃいましょう」
「黒子ォーーーーッ!」
パリン、と日向のメガネが割れる。フラフラと倒れて行くのを、伊月が慌てて駆け寄り、支えた。
「日向っ!日向ぁっ!
「い、伊月…あ、あとを…たの…」
「むなあっ!」
伊月が常備しているハリセンを探し当てたリコは、躊躇わずに日向と伊月の頭を叩いた。
部室にパシン!と小気味のいい音が響いた。その時。

「どうかな?部室掃除は捗っているかい?」
ひょっこりと部室に顔を出したこざっぱりな格好をしたお爺様に、空気がピシリと凍りついた。
「あ、あの、はい!捗っています!びっくりするぐらいに、ね、日向くん!」
「そ、そうです!全然捗ってますよ!り」
予想外の人物に、慌てた日向の声は虚しく、菜穂の声に掻き消された。
「お祖父様……!お仕事は終わられたのですか?」
『お祖父様っ!?』
バッ、と部員達の目が理事長と菜穂の間を行き来する。
「お祖父様?」
「うん、お祖父様」
「あの、お孫さん?」
「おぉ、孫が世話になってるねぇ」
「いえいえそんな!むしろ私たちがお世話になってるよ、ね、ねぇ、日向くん!」
「そそそ、そうですね!」
それを聞いて、理事長はふぉふぉふぉと楽しそうに笑った。
「そうかそうか…さてはて、テツヤくん」
にこり理事長は笑うと、黒子は理事長の前に出た。
「お久しぶりです、友樹さん」
「入学した時より、身長が伸びているのかな?」
「3センチ、はっのびっ…いたいです」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられて、鳥の巣状態にされている黒子と、それを見て愉快そうに笑う理事長を見て、部員達は唖然とするばかりであった。
「おっと、ごめんよテツヤくん、ところで…これは腐海、かな?」
手を黒子の頭に乗せたまま、興味津々とロッカーを覗き込む理事長を見て、ゲッ、と部員たちは心の中で冷や汗を流す。
「は、はい」
そうですね〜撤去しないと行けませんねぇ〜あはは〜…なんてじどろもどろになりながら弁解するリコをよそに、理事長はキラッキラした目で木吉を見た。
「木吉くん、ここには蟲は出るのかい?」
(って、おまえもかっ!あれ、デジャヴ!)
「うーん…ここは狭いからなぁ、で無いと思いますよ」
「木吉も真面目にかえしてんじゃねぇ!」
「そうか、出ないのか…」
しゅん、と項垂れた理事長。
((えぇ……?))
しばらく考えた理事長は、やがて何かを閃いたようで、ポン、と手を打った。
「そうだ、燃やそう!」
((えぇ!?理事長自ら!?))
「菜穂がこれから使う部室だろ?なんなら建て直した方がよっぽどいい。シャワー室はいるかい?」
(理事長ォォォオッ!?)
「あら、いいわね…」
「僕も賛成です」
「じゃあ、お祖父様」
「ほいよ、頼まれました」
とりあえず、建て直す前に荷物をまとめておこうか?
あ…っ…忘れてた。
そうして、誠凛高校バスケ部は新しい部室のために、部室掃除をしてのだが…

「倍、逝っちゃおっか?」
ものの30分後にリコの絶対零度の笑みと、菜穂の蔑むような目線が落とされた。のであった。

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「おい。黒子」
「なんですか?火神くん」
「この写真って……」



2015.3.26 修正

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