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「遅れてしまってすいません。丞成戦と泉真館戦、おめでとうございます」
「あ、菜穂ちゃんおかえり〜ねぇねぇ、お土産買った?」
泉真館との試合を終えた後日、試合が始まるまで休憩をとる部員達の元に、京都から帰って来た菜穂が現れた。
リコのお土産コールに、連日の試合疲れでテンションの若干おかしくなった日向や伊月などが乗せられ、控え室にはささやかなお土産コールが響いた。
「わっ、待ってくださいよ!次の試合が終わったら渡しますから!試合に集中してくださいね。私、準備してきますので…」
「あぁ、済まなかったな…」
パタパタと部屋を出た菜穂を見て、我に返った日向はふぅ、と息を吐いて気持ちを落ち着かせた。思い出されるのは昨日のこと。
「まったく、浮かれてる暇もねーな。まず間違いなく次は相当厳しい戦いになる」
でも。と福田と河原がフォローする。
「木吉先輩もいるし!」
「こっちも前と違うじゃないですか!前やった時も、勝ったし…」
「そう、でしょうか」
一人、離れたベンチに腰掛けていた黒子が口を開く。
「だからこそ、次の試合は苦しい気がします」
「黒子くんは勘違いしてないみたいね。前勝てたのは出来過ぎもいいとこ。実力は、あくまで向こうが上よ」
そうだな、と荷物をまとめながら、日向は立ち上がった。
「けど向こうはそうは思っていない。本来格上として待ち受けねくるはずが、逆に死に物狂いで挑んでくる。しかも並の強敵ならまだしも、キセキの世代が、だ。半端じゃねぇぞ」
心して、かかれよ。
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「久しぶりだな、花宮」
試合会場に移動しようとしていた菜穂は、ふと聞こえてきた木吉の声と、呼ばれた馴染みのある名前に足を止めた。前に木吉が立っているのを見て、慌てて自販機の影に隠れる。
「やぁ、会えて死ぬほど嬉しいよ」
(まこ兄の声だ…)
同じ宮家の一員である花宮は、菜穂の記憶の中では優しい人間だった。何かあると助けてくれて、困ったことがあれば、相談に乗ってくれる。優しいお兄ちゃん、だった。
「試合中見えてたよ。秀徳戦、わざと出てなかったな」
「うん、悪い?」
「いいか悪いかは知らん。ただ好かん」
「ふっ、相変わらず真面目すぎてキモいな」
(こんなまこ兄、知らない…)
聞こえてきた記憶とは違う声色に、菜穂は混乱し始めた。
「今日頑張ったって手の内全部晒そうなら、参戦全部ガチの勝負になってだりぃじゃねーか。目先の一勝なんてどうでもいいんだよ。残り二つは勝手にお前らが負けるからな」
なにも、聞こえなかった。
優しくしてくれたのは嘘だったのか、可愛がってくれたのは嘘だったのか、動揺した菜穂は木吉と花宮が話し終えたことも、花宮がこちらに向かってきていることにも気がつかなかった。
「あれ?菜穂ちゃん?」
ビクリ、と肩が跳ねた。
「まこ、兄?」
「どうしたの?具合でも悪いのか?」
ぽんぽんと頭を優しく撫でてくる花宮を見て、菜穂は幾分か気が落ち着いた。
「まこ兄は、」
「うん?」
「………なんでもない」
「そうかい?顔色が悪いよ。体調崩すと行けないから、帰ったら早く寝てね?」
「うん…」
またぽんぽんと頭を優しく撫でた花宮は、再び歩き出した。
途中で立ち止まり、振り返った。
「そうだ菜穂ちゃん、母さんがこっちに帰って来たなら顔みせにおいでって。来週の日曜日、遊びに行ってあげてよ。残念ながら僕はいないけど」
そう言い残した花宮は、手をひらひらと振って、歩きだした。
角を曲がり、消えるまで見届けた菜穂は、小さく、震えていた。
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