式神


突然だが、わたしが思うにこんのすけは妖というよりは式神系統、というかお稲荷様であると思う。2205年の日本ではホログラムもロボット技術も世界最高峰に達しているにもかかわらず、政府との通信手段として審神者に一体ずつ配布されているそれは思いの外ハイスペックで、まぁ出来ないことはない。好きな食べ物は油揚げなどど明言しているあたり、やはりこんのすけはお稲荷様的ななにかなんだろう、と目の前で蝶を追いかけるこんのすけを見遣った。
ちょきんきょちん、とハサミで白い紙をくりぬき、できた人型に手を当ててブツブツと呪を唱えてふっと息を吐いてやると、体から霊力が少し抜ける感覚と、ポンッという軽やかな音とともに紙切れがみるみるうちに姿を変えて小さな鳥になった。厚樫山へ行った先陣部隊の様子見のための式神である。目を閉じて神経を研ぎ澄ませ、厚樫山地域の地上の様子を調べる。この本丸だけではなく、他の本丸の部隊もチラホラと見かけることができた。

(いた)

どうやら本陣の一歩手前で堀川がサイコロを振ろうとしているらしい。ぜひ本陣にたどり着けますように、と太郎太刀と石切丸が加持祈祷しているのも見える。暇なのだろう、鶴丸は道端の草を引っこ抜き始めた。まんばはというと鶴丸の隣で何かを愛でている。
ふと何かに気付いたようで、石切丸が空を見上げ、そして目が合う。あーあ、ここまでか。そう思いながらふっと気を緩めた。事前に組み込んだ式により、今頃あの鳥はチリになってたあることだろう。はぁー、と息を吐いてそのまま後ろへ倒れこむと、遊び疲れたこんのすけに顔を覗き込まれた。

「蓬莱様は陰陽道に長けていますね」
「まぁね、楽しいから」
「そうですね、刀剣男士に関しての講座講義はすべて寝ていらしてたと報告がありますが」
「う"、それは言わない約束よ」

気まずそうに蓬莱は目を逸らした。

審神者になる資格のあるものは正式に本丸勤めになるまでに本丸のことや歴史修正主義者、刀剣男士について知らなければならない。そのために講座が開かれ、審神者になると決まった人は全員必修科目しなければならないなかった。といっても試験などはなく、ただこういうことを前提にして本丸で審神者をやってもらいたい、ということなのだが。ちゃんと本丸勤めしたいと思う人はみんな必ず熱心になって聞くことだろう。しかし蓬莱だけは違かった。全く聞いていない上に寝てすらいたのである。これが後に彼女がやってきた鶴丸国永のことをなんとも思っていなかったり、レア刀と言われ、本能寺で滅多にドロップしない岩融を躊躇いもなく練結に使ってしまったことに直結したのだが。しかしその中でも彼女が熱心に聞いた授業がある。それが陰陽道だった。それはそれは優秀な術者だったと、審神者にするのには惜しいくらいだと、講師が全課程受講後の修了式でこぼしていたのを、彼女の担当者が聞いていた。

「あるじさま!」

カラカラと下駄を鳴らして近づいてくる今剣に、どうした?と優しく声をかけると、ばっ、と背後に隠していた動物図鑑を目の前に差し出す。

「あるじさま!ぼくはうさきがみたいです!」
「うさぎね、」

いいよ、と笑った蓬莱は先ほどの紙(折り紙の紙だった)より上質な和紙を引き寄せて、ちょきん、きょちんとうさぎ紙を切る。そして先ほどと同じ様に何かを唱えた後にふっと息を吐くと、ぽんっ、という音と共にうさぎが飛び出した。十羽ほど。いっぱい出てきたうさぎに喜びながらも、なぜこんなに出したのかと不思議そうな顔をする今剣の頭を撫でながら、蓬莱はちらりと曲がり角でちらちらとこちらの様子を伺う短刀達を見る。

「図鑑、みんなで見ていたんでしょ?」

ぱぁ、と顔を輝かせた今剣に続いて、わらわらと短刀達が出てきてはうさぎを抱っこする。楽しそうにしている短刀達を見ながら、蓬莱は一羽うさぎを呼び寄せて、そのふわふわとした毛並みを堪能する。別に本丸で動物を飼ってはいけないというルールはないが、なんとなくそれははばかられた。命あるものは必ず滅びゆく。要するに自分がいくら愛情かけても、いずれは死にゆくのだ。蓬莱はそれがあまり好きではなかった。もともと本丸に与えられた馬は別として。

門の方がギギギ、と開き、厚樫山に行っていた部隊が帰って来た。見た所傷を負っている者はなく、あったとしても刀装に傷が付いているくらいだろう。石切丸と目があった気がする。石切丸はゆったりとした歩調でこちらに歩み寄り、蓬莱の前で立ち止まった。

「本陣には行けた?」
「やはり、あれは主であったか」
「えぇ、そうよ」
「そういうことは控えてくださいと言ったはずです」
「…もうやらないわ」

ふむ、と石切丸は蓬莱の手の中にあるうさぎを見る。

「では、それは?」
「…………気を付けるわ。だからお願い」

はぁー。と石切丸は長く息を吐いて後ろでうさぎと戯れる短刀達を見た。

「主の霊力は無限ではないはずですよ」
「あら、侮っているの?」
「そういう訳ではありませんよ」

みんな、いつまでもあなたと共に居たいと思っているので。そう言った石切丸に蓬莱はこれでもかと目を見開いたあとに笑った。

「ずいぶん物騒なことを言うのね」

そんな様な刀には見えなかったわ。けらけらとおかしそうに笑った蓬莱を見て、眩しいものを見るかのように石切丸は目を細めた。

「みんなあなたが大好きなんですよ」
「えぇ、知ってるわ」