マフラー




本丸の景趣は、ざっくりと言って三種類ある。

・無景趣(デフォルト)
・万屋で購入した景趣
・現世の季節の移り変わりに合わせる

その中でも、この本丸は3番目の景趣を取っている。ということは、このうだるような暑い夏がこの本丸を襲っているということで。見事に全員がダウンしていた。冷蔵庫に備蓄してあるアイスは人気のないものばかり残ってしまい、クーラーが装備されている部屋はすし詰め状態。蓬莱の執務室にもクーラーはつけてあるのだが、そこも短刀達の遊び場となってしまい、仕事など出来っこない状態となっていた。仕方なく風呂場の湯船に冷水を張り、冷たいタイルと水の冷気で一番気のおける初期刀の山姥切とポツリポツリと会話しながら涼んでいた蓬莱は、突然何かを思いついたようで、バッと勢いよく立ち上がった。

「そうだ、景趣を変えよう」

熱にやられた脳は正常に働く訳もなく、彼女は景趣をデフォルトでも他の季節の景趣でもなく、冬の景趣にその場で変えた。途端に空気は冷たくなり、どこからかコンコンと雪が降り積もる。満足そうに一つ頷いた蓬莱は、短刀達を追い出しに自室へ戻った。



その10分後。


やる事もやり、一息ついた蓬莱はふと部屋の隅に何かいることに気付いた。体育座りで座っているプラチナブロンドの短髪と藍色の耳飾りからしてどうやら鳴狐らしい。お供の狐は見当たらないところからすると、五虎退の虎に追いかけられているか、こんのすけと交流しているのであろう。名前を呼ぶと、もっそりとそれは動いて、 顔を上げた鳴狐はこちらに近づいてきた。

「……あるじ」
「ん?どうかした?」
「……寒い」
「…あ、ごめん」

慌てて箪笥に駆け寄って、冬物が入っている引き出しを開ける。目に飛び込んだマフラーをひっつかんで、それを鳴狐に渡した。それはこの本丸でも最近ブームになりつつかの外国の魔法ファンタジー小説の勇敢な寮のマフラーであった。それを見て目元を緩めた鳴狐は、そろそろとそれを首に巻いていく。風通しの良さそうな首元に赤と黄色の縞で埋められ、安心したように鳴狐はちょこんと蓬莱の隣に座った。

「……いる」
「ん、仕事が終わるまでね」

目線がじっとパソコンの画面に固定されているのを見ながら、蓬莱はカタカタとキーボードを叩く。その時。スパーンと勢いよく襖が開けられ、お供の狐を抱えた信濃が入ってきた。

「鳴狐ぇ!」
「あっ、懐はっけーん!」

方や鳴狐の肩に、方や蓬莱の懐へ飛び込んだ一人と一匹だが、そのうちの一匹は不発に終わった。蓬莱の腰に腕を回しながら、信濃が鳴狐を見る。つられて蓬莱もそこを見る。鳴狐の足元では狐が驚愕したように固まっていた。

「なっ、鳴狐!」
「寒いから…もらった」
「そ、そんな!!寒かったらわたくしめを呼んでくださいましたらいつでもマフラーになってさしあげましたよぉ!」
「でも、いない…」
「そっ、それは!!だがしかし!」

困ったように何回か前足で足踏みした狐は、助けを求めるようにこちらをちらりと見た。

「な、鳴狐ぇ、今すぐその忌まわしき赤と黄色の縞を外すのです!わたくしめが!」

きゃんきゃんといかに自分がそのマフラーより優れているのかをアピールする狐をぼんやりとながめていると、くい、と服を引っ張られる。信濃を見下ろすと、にこりと微笑まれた。

「大将、お腹すいた」

クッソあざといな。そんなことを思いながら、棚に置いてある、知り合いから送られてきた早すぎるお中元を取りに立ち上がった。



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鳴狐と狐(による一方的)の言い合いはそのうち終わります。