ぼくらのやさしい世界のために

購買部から帰って来た優子は、ニヤリと笑って名前と肩を組んだ。
「お熱いねぇー」
「なにが?」
「まだ見てないの?週刊誌」
「さっき出たばっかでしょ?」
「あ、そっかそっか…これ」
トートバックから出した週刊誌の表紙を見て、名前は言葉を失なった。
《人気アイドル黄瀬優、大胆な公開チュー!》
不覚だった。いくら人がいない個室のカフェだからって、窓から何も見えない訳ではない。むしろ筒抜けだったのだ。そこにまで気が行ってなかった事に後悔すると同時に、胸がざわついた。
我に返って、慌ててスマホを取り出す。発信履歴の一番上の番号を押して、優子の制止も聞かずに、走り出した。幸い、午後の授業はない。
『もしもし』
一言目は、冷たい感じがした。たちまち名前の心に暗雲がかかる。
「涼太!ごめんなさい、あの!」
謝る前に、涼太が言葉をかぶせてきた。
『記事、見たよ。名前、午後は暇だっけ?』
「…はい」
『家で待ってる』
「はい」
少し怒りを孕んだ沈んだ声に、思わず泣きそうになってしまった。
電車を乗り継いで、最寄りで降りる。今出せる最速のスピードでマンションに辿り着き、警備員に挨拶して、エントランスを通り抜ける。エレベーターを待つのが億劫で、階段を駆け上った。玄関の前で、深呼吸をして、鍵をさして、ゆっくりとドアを開けた。玄関は薄暗かった。
「……ただいま」
「おかえり。早いね」
声をかけられて、びくりとした。涼太はゆったりとした服装で、リビングのドアの向こうから顔を出して、こちらに近づいてきた。向こうは、明るい。
「あの、私、」
「知ってる。怒ってないから」
ふんわりと抱きしめられて、ぽんぽんと背中を撫でられる。
「わたしっ、わたしが!」
「うん」
「優に迷惑、かけちゃった…!涼太も、傷つけて!」
「名前、」
「わたしっ、わたしどうすれば!」
「名前、聞いて」
とりあえず、部屋に上がろうか。そう言われて、名前は靴を脱いで、涼太に引っ張られながらリビングに入り、出された暖かいミルクティーをちびちびと飲む。
「ごめん」
突然そう言ってばっ、と勢い良く頭を下げた涼太に、名前はびっくりした。
「俺の所為なんだ。名前は悪くない」
「そんなこと、ない、だって、」
「だって名前はもともと優の彼女だったのに…」
「それはっ、」
何か言いかけようとした名前を、涼太は止めた。
「………考えたんだけど、俺らさ、しばらく離れよう」
「……………」
いきなりの提案に、黙り込む名前。
涼太は話し続けた。
「俺も気持ちの整理をつけたいんだ、名前もでしょ、だからさ、」
しばらくの沈黙の後、うん、と名前は頷いて、ポツリと話し出した。
「ねぇ、涼太」
「なに?」
「そしたらわたし、海外行く」
「は?」
その言葉に、涼太は瞠目する。
名前は俯いたまま、話し始めた。太ももに置かれた両手は強く握られていた。
「休学届け出しに行った日ね、教授と話してたの。したら教授が、もし休学するのなら海外留学しろって、」
「でも、名前は…」
妊娠してる。それなのに海外に行くは…
そう言いかけた涼太を、今度は名前が遮った。
「平気、そういうのも、学校がサポートしてくれるって、だから、」
顔を上げた名前を見て、涼太は息を飲んだ。強い意志を秘めてる、目。
「涼太が離れようって言うなら、私は海外に行く」
「っふ、ははは」
涼太はちいさく笑った。それを見て、名前は怪訝そうな顔をした。
ひとしきり笑った後、涼太名前に手を差し伸べた。
「うん、そうしよっか。」
「ほんと?」
「ほんと、名前には敵わないな…」
「ふふ、優もそんなこと言ってた」
「やっぱり兄弟って似るんだな」
「ね」



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