遠い岸辺に咲いた花の話

ガヤガヤと賑やかなメンバー達を、名前は端から眺めていた。すると、メニュー表をもってきた希美が近寄ってきた。
「名前なに飲むー?」
ほれほれ!とメニュー表を差し出されて、しばらく眺める。妊娠したから、下手に、というかお酒は飲めなくなった。こじんまりとしたソフトドリンクコーナーと睨めっこする。
「……えっと、うーん…サイダー」
「え、お酒飲まないの?感じ悪いよ?」
その一言に、思わず苦笑が漏れた。
「直球だね…ちょっとお酒控えようと思って」
「……ふぅん、」
「それに、私このあと人と会うから、酔っ払って会ったら相手に失礼でしょ?」
つまらなさそうな顔から一転、ニヤリ、とした顔の希美。
「えー、なになに優くん?」
「…まぁ、そんなもんかな」
本当はその兄の涼太です、なんて言えずに、名前はちびちびとサイダーを飲み始めた。

「二次会いくぞーぃ!」
『うぇーい!』
ぞろぞろと座敷を出て行くのを見て、名前も立ち上がる。
「名前はここで帰るんだっけ、」
「うん、あ」
「?どうしたの?あっちになんか………あぁ!!」
希美の大きな声に、何人かこちらを見て、希美の目線の先にある人物たちを見て、次々と歓声をあげた。

***

「うーし、帰るか。ってか塩焼きうまくない?」
「それな、ってか割り勘?」
スマホの電卓機能を表示させながら二人で涼太を振り返ると、涼太は財布からカードを取り出した。
「いや、俺の奢りでいいよ、こんな話聞かせちゃったわけだし」
「おま、イケメンだな」
素早く変装用のメガネと帽子をかぶって、個室を出る。
『二次会いくぞーぃ!』
『うぇーい!』
「はは、賑やかなだな」
ぎゃいぎゃいと騒いでいる大学生であろう集団を眺めていたら、涼太があ、と声を漏らした。
「?どうした、涼太」
「いや、」
『あぁ!』
「「「!?」」」
大声を出されて、指を刺された。分かった、バレたんだな、と少し落ち込んだ。すると、集団の中から二人の女子が出てきた。おとなしい感じの子と、騒がしい感じの、一緒に居てたのしそうな女の子。片方は、何と無く見覚えがあった。驚いたことに、先に話がてきたのはおとなしい感じの子だった。しかも涼太に。
「涼太、さん」
そう声をかけられて、涼太はびっくりしたらしい、しばらく固まっていたが、ふんわりと笑ってその子の頭をぽんぽんと撫でた。
「名前ちゃん…ここで食べてたの?」
「え、ちょっ、名前!?キセリョと知り合いなの!?」
「あ、ほら、優のお兄ちゃん!」
「あー、そうか。確かこの後会うんだって?」
「えっ!あ、え、」
おろおろとして、困った目線を涼太によこした名前ちゃん(ってもう片方の女の子が言ってた。そうだ、優の彼女だった子、ってもしかして涼太の嫁って…)。おそらく二次会を断る理由なんだろうか。そして涼太は何かに気付いたらしい。
「そうなんだ、名前ちゃん、優多分家にいるから送ってくよ」
「あっ…ありがとう、ございます」
「あ、じゃあ名前はここでお別れか」
「うん、のぞも楽しんできてね、ごめんね」
「どうって事ないわ!じゃあ、後日報告会ね!」
じゃあねーん、と手を振って去っていた女の子を見送って、涼太ははぁ、とため息をついた後、名前ちゃんを見た。
「何か飲んだ?」
不安そうな顔を見て、名前ちゃんは心配性だなぁ、とくすくす笑って鞄を背負い直した。
「普通にサイダーだよ。お酒は飲んでません飲めません」
「よかった…。ほら鞄、貸しな」
「ん、ありがと。あのさ、人をなんだと思ってんのこのおバカ」
「いや、本当に心配なんだって」
「……分かったから、ね?とりあえず早く出よ?生田さんと小栗さん驚いてる」
ヒールのないパンプスで軽く涼太を蹴った名前ちゃんに驚いた。そして名前ちゃんの言葉でやっと俺達が居たことを思い出したらしい。ばっとこっちを見て、あーだとかうーだとか唸った後にこう言った。
「…俺んち、来て」
俺らを顔を見合わせて、すぐさま頭を振った。もちろん、縦に。

***

涼太の家は相変わらず大きかった。まるで自分の家のようにズカズカと乗り込んで、くつろぐ。すると、目の前に麦茶が二杯、置かれた。顔をあげると、名前ちゃんはこちらを向いてぺこりとお辞儀をした。
「始めまして、苗字名前です」
それを聞いて、自分の黄色いグラスに麦茶を満たした涼太は、くっくっ、と笑ってコン、と名前ちゃんの頭にグラスを置いた。
「名前、違うよ」
「え?あっ!えっと、き、」
俺らの隣に腰掛けた涼太は、少し顔をにやつかせて名前ちゃんを見ている。
「き、黄瀬名前…です…うぅ…」
「よくできました」
涼太は隣でいい笑顔。
とりあえずいいかい?
涼太、お前裏切りおって…いっぺん死ねよ。