ダイヤモンドの類似品

翌日、二人で婚姻届を出しに行った。写真は撮られていなかったらしく、思わずホッと胸をなで下ろした名前を、涼太が笑っていた。学校は、お腹が目立って来るまで通うことにした。案外過保護な涼太は、大学へ送ると言って聞かず、渋々学校から少し離れたところに降ろしてもらう、という条件で通った。

***

そんな晴れて夫婦となった最初の月曜日、約束通り学校の近くで降ろしてもらった名前は、校門近くで友達と落ち合ってキャンパス内に足を運んだ。その途中。
「名前、夜にご飯行かない?」
参加しているサークルの子に捕まっていた名前は、少し唸る。
「……うーん、どうしよっかなー」
「来てよーもぅ、サークルのメンバーだし、合コンじゃないんだからさー」
「うん、じゃあ行こうかな」
「ほーいよ、じゃあ六時半にいつもんとこね〜」
「うん!」
誘いに来てくれた他の学部の子に礼を言って、スマホを出す。
「えっ、と、ごめんなさい、晩御飯は外で食べます、っと」
「なに?家?」
「わ、きゃぁ、優子…!」
「えっへへ〜だーいせーいこ!」
ピースサインをする友人にため息をついて、送信、と押す。返信はすぐに帰ってきて、俺も今日夜遅くなりそうだから、晩御飯いらないって言おうとしてたんだよ。お互い丁度良かったね。なんて書いてあって、思わず顔がほころんだ。
「おや?おやおやぁ?家からじゃないのかなぁー?彼氏?彼氏?」
「もう、優子!」
咎めるように名前を呼ぶと、ごっめーんと実に心のこもってないトーンで謝まられた。
「それよりー、ジャーン!」
鞄から一冊の本を取り出した優子に、名前は首を傾げた。
「なぁに、それ?」
「……え?」
「え?」
「ええええぇ!?知らないの!?」
「だから、なによ」
「こ、れ!キセリョの写真集!」
「…り、キセリョの?」
思わず涼太、と名前を呼びそうになって、慌てて言い直す。
「そう、やべーんだよ!事件なんだよ!」
「…優子キャラ大丈夫?」
「名前もこれ見たらどうこう言える立場じゃなくなるからねっ!」
とりあえず一限サボるわよ!そうまくし立てた優子に引っ張られて、名前は渋々談話室に入った。

***

「う、わ…」
「ほら、ね!」
写真集の中は凄まじかった。
セミヌードで、肩までタオルケットをかけていたり、首にタオルだけかけてあったり、シャワーを浴びている姿とか、ビリヤードしてる姿とか、道端で猫と遊んでいる姿とか…
「優子、これはダメだよ……!」
「でしょ!?」
顔を覆ってベンチに倒れこんだ名前を見て、優子はニヤニヤと笑っていた。
「そういえばさ、名前どーなのさ、」
特別に出されたアフターヌーンティーセットのスコーンを齧りながら優子は聞いた。
「何がどうなの?」
「いや、あんただって優と付き合ってんじゃん」
「あ………」
「家に行く時にキセリョとかに会わないの?」
思わず返答に詰まる。優子は知らないのだ。優とはとっくに別れて、キセリョと付き合ってること。一昨日自分がそのキセリョと結婚をしたこと、そのキセリョとの子供が今お腹の中にいること、言わなきゃいけないことがたくさん、たくさんあるんだ。
「……会わないよ、だってキセリョ実家暮らしじゃないし」
そう言って、にへら、と名前が笑って見せると、優子はぶーぶー、と唇を尖らせた。
「えー、ざんねーん」
「あはは、残念って何よ」
「名前はキセリョに乗り換えるチャンスじゃんっ!」
「なんか言い方が携帯の機種変みたい…」
「ぷっ、やめてぇー」
「あはは」
ごめん、ごめんね優子。今度、ちゃんと話すから。
ずきん、と痛む胸を無視して、名前は笑った。