今夜僕たちは生まれ変わろう

ひとしきり泣いた名前を連れて、下へ行く。
廊下へ出ると、コンビニに行った帰りであろう、ゴリゴリくんを咥えて、ビニール袋を提げている姉貴にばったりと出くわした。
「帰って来てたの、あれ、名前ちゃも?」
「うん、姉貴、俺、みんなに話があるんだ」
そう言うと、ぎゅ、と名前の手に力が篭った。落ち着かせるように、俺もぎゅ、と握り返した。
姉貴はそんな俺がと名前を見て、何かを察したらしい。そう、みんな居間にいるから来なよ。そう言った姉貴の後ろに、着いて行った。
「涼太、話があるって」
パシン、と襖を開けて言い放った姉貴に、視線は俺と名前に注がれる。弟の優が、びっくりしたようにこちらを見た。なんとなく罪悪感を感じて、俺は優から目を逸らした。
「俺、名前と結婚する」
「……は?」
「いま、三ヶ月だって」
「はぁ!?」
「あんたねぇ…」
三人の姉達が呆れたように見ていた。ちら、と優を見ると、困った顔で笑っていた。罪悪感で一杯だ。本当に死ねって言われたら今すぐ死ねる。
「そうか、で、いつだ?」
黙って新聞を読んでいた父が、口を開いた。シン、と居間が静寂に包まれた。
「今すぐにでも、と言いたいけど役所もう閉まってるし」
「そうか」
そしてまた新聞に視線を落として、父は黙り込んだ。それを母が咎めた。
「あなた…」
「おめでとう」
「え?」
「名前さん、このバカを頼んだよ」
「……っ、はい。よろしく、お願いします」
深いお辞儀をして、名前はある一点を見つめていた。
「優、くん」
「名前…」
「ごめんなさい」
「ううん、名前が謝ることないよ」
「だってっ、」
「どんな形であれ、僕は名前と家族になれたんだ。それでいいだろ?…兄さんと、幸せにね」
「………っうん、ありがとう」
そんな二人のやりとりに、ズキン、と胸が痛んだ。トン、と名前の肩を叩くと、名前は今にも泣きそうな顔でこちらを見た。くしゃ、と頭を撫でて、俺は優を見た。優はこっちを見て、笑った。
「兄さん、名前としあわせにね」
「……あぁ、幸せにする」

***

俺の運転する車で、俺の家まで行く。赤信号になって、隣を見ると、名前はぼーっと外を見ていた。
「婚姻届、」
「うん」
「いつ取りに行こうか」
「私が一人で行く」
「俺も行くよ」
「ダメだよ、撮られちゃうって」
「どうせ一緒に出しに行くんだから、撮られるのは時間の問題だよ」
「……そっか」
「大学は、」
「うん、」
「大学どうするの?」
「……休学、する」
「そっか、なんかごめん」
「なんで謝るの」
「だって、せっかく大学生活を謳歌してるのに、休ませる事になっちゃって」
「気にしてない」
「けど」
「結婚してください、って言われた時、うれしかった」
「………うん、そっか」
「そう」
地下の駐車場を車を止めて、部屋に向かう。なんとなく、手を繋いであるく。これから夫婦になるんだな、のか、父親になるのか、とか、いろいろぐるぐると考えていたら、いつの間にか玄関についていた。慌ててポケットから鍵を出してドアを開ける。しまった、着替え実家に置いてきちゃった。
「どうぞ、」
センサーライトがパッ、とついて、すこし汚い玄関が姿を現した。やべぇ、と焦る俺をよそに、名前は緊張してた。
「あ、お邪魔します」
靴を脱いで、恐る恐ると言った感じで入ってくる名前を可愛いな、なんて思いつつ、止める。
「…違うよ」
「え、」
キョトンとした顔で見てくる名前に、両手を広げる。
「おかえり」
そう伝えると、名前は突然泣き出して、思いっきり突進して、抱きついてきた。
「うおっ、」
「ただいま、です…うぅ…」
「あー、はいはい」
ぽんぽん、となだめて見ても一向に泣き止む気配はなかった。そんな名前を見て、自分の中に小さないたずら心が生まれた。
「名前、俺を見て?」
そうわざと優しく声をかける。半泣きの名前が見上げたのを見て、涼太は体を傾けた。
「りょんっ、ふぅ、ひゃぁ」
素早く口を塞いだ後に、目尻についた涙を吸った。
「どう、泣き止んだ?」
そう笑って聞けば、名前は顔を真っ赤にして、小さく呟いた。
「涼太の、ばか」