からっぽの答え合わせ

いつもみたいにメールじゃなくて、電話だった。びっくりして、すぐさま数多に残る着信履歴の一番上の番号をタップする。
相手は、すぐに出た。
「もしもし?名前?」
『涼太、話があるの』
「へ?」
返事もせずに帰ってくる返事に、間抜けな声を出した。ガチトーンだった。ただならぬことが起こった、という認識が生まれた。慌ててスマホを持ち直す。
「で、どうすればいい?」
『二人っきりで話したい。隣の部屋に、声が聞こえないところ』
「じゃあ、俺の家…」
『週刊誌に撮られちゃう、』
「ホテル」
『…………どこの?』
「……どこの」
頭の中にあるホテルのリストを並べる。都内のホテルはセキュリティはいいが、入るところを撮られるとおしまいだ。それと同様に、千葉の夢の国のもアウトに近い。ホテル、アウト。残るは…
「実家」
『……涼太の?』
「近所でしょ?それっぽくタッパーとかなんか持って行ってさ、」
『ん、分かった』
「俺、今日7時には終わるから」
「黄瀬さーん、はじめまーす!」
「あ、はい!今行きます!じゃあ、」
『うん、頑張って、行ってらっしゃい』
「行ってきます」

頑張って撮影をノーミスでクリアして、一回家に車を飛ばす。どうせ泊まるだろうから、着替え…実家に着替え置いてない訳ではないけど、なんとなく持って行った。実家に着いた頃には、七時半を回っていた。
「ただいま」
「おかえり、涼太。名前ちゃん、部屋にいるわよ」
「うん、込み入った話するだろうから、俺らが出てくるまでには誰も近づけないで、姉貴達も、誰も」
「えぇ、分かったわ」
神妙な面持ちで頷いた母を横目に、一気に階段を駆け上がる。自分の部屋のドアを開けると、名前はベットを背もたれにして、雑誌を読んでいた。俺が入ってきたのを見て、体を少し起こした。
「涼太、おかえり」
「ただいま」
雑誌を閉じてそばに置いた名前は、体をこちらに向けて、正座した。
なんとなく、俺も正座をする。
真剣な顔をした名前が、口を開いた。
「お話があります」
「はい」
息を吸って、吐く。それをもう一回、名前は繰り返した。
「…できました」
「……なにが?」
心なしか、声が震えている。できたって、何ができたんだろうか。どこでもドア?タケコプター?ドラえもん?
キョトン、という顔をしていた俺につられて、名前もキョトンとした。
「だから、できたの」
「なにが?」
「……三ヶ月」
「は?三ヶ月でどこでもドア作れんの?」
「違う!」
神妙な面持ちで聞き返す俺に、若干呆れた表情の名前。ちぐはぐしてて、少し笑そうになった。
申し訳なさそうに目をそらした名前は、恐る恐るお腹に手を伸ばした。
「ここ、三ヶ月だって」
「へ?」
理解が追いつかない。三ヶ月、お腹、出来る。
「………子供?」
「そう」
「俺の?」
「当たり前でしょ!バカじゃないの!私が浮気をするとでも!?」
「しない」
「だから、涼太の。どうする?」
「へ?」
「どうする?って聞いてんの!堕ろすの?産むの?」
「え、名前はどうしたいの?」
「どっちでもいい、涼太に任せる」
「任せるって、情とか湧かないの?」
そう聞くと、名前は目を見開いた。
「……実感が、湧かないの」
「…………そう」
「………うん」
そう言って、目を伏せた名前を観察する。その目を伏せた時の長いまつげとか、グロスが引かれたた艶やかな唇とか、時たまため息をして漏れる吐息とか、なんともない所が途轍もなく好きだったりする。元々は大学生の弟の同級生で彼女だった名前。実家で会ってから惚れるのに、時間はかからなかった。弟は、兄ちゃんには敵わねぇわ、なんて笑って、名前を俺にくれた。申し訳ないし、弟の彼女を横取りした罪悪感が半端ない。俺が30歳、名前が20歳。二人の年の差、10歳。俺は芸能人で、名前は一般人、しかも大学生。大学、二年生。
チラ、と名前がこちらを見た。
「産んでよ」
その一言に、名前は微かに詰めていた息を吐いたように思えた。なんだ、やっぱり情とか湧いてんじゃん。すこし弾んだ声がした。
「うん」
「それでさ、」
「事実婚?」
テーブルを挟んだ向かい側で、体育座りした名前が、こちらを見る。不安げに揺れる瞳を見て、抱き締めたくなった。俺はできるだけ自然に笑い返した。『涼太の声は、聞いてて落ち着く』そう名前に言われたことを思い出した。
「ううん、ちゃんとしない?」
「…………」
「籍、入れよう?」
「迷惑、かかる」
「誰に?」
「涼太」
「なんで?」
「人気が、なくなる。嫌がらせとか、私に、とか、」
「俺を誰だと思ってるの?」
立ち上がって、名前の隣に腰掛けた。
「いざとなったら、辞めればいい」
その一言に、名前はばっ、と顔をあげた。
「だめっ!」
「じゃあ、籍、入れよ?」
名前を抱きしめると、ピクリと揺れた後に、ゆるゆると俺の背中に手を回した。
「何があっても、俺が守るからさ」
「…っ、」
「俺と、結婚してください」
計画していたプロポーズと違うな、とか、こんな始まり方かよ、とか。そんなのどうでもいい。
何があっても、名前は俺が守る。名前は、俺が幸せにする。
そう伝えると、名前は嗚咽を漏らした。
「…っく、うぅ…」
卸したてのシャツに、皺が出来た、とか、爪が背中に食い込んでて痛い、とか、どうでもいいんだ。
名前が、笑っていれば、いいんだよ。