金曜日のマーメイド
あのあと、謀ったように席替えがあって、見事に僕と千夏は席が離れてしまった。
あれから道端で合わなくなったし、話すこともなくなった。
「赤司、前に出てこれを解いてみろ」
数学の教師言われて立ち上がった僕は、黒板に書かれた問題ををさっとみる。
カツカツと心地よいチョークの音と、じんわりとあったまった教室。それとそろそろ還暦が近くなった心地よいおじいさんの先生の声で、数学の授業中に寝るやつも少なくない。
スラスラと問題を解いて行くが、何処かで詰まる。
「先生、もう少し時間がかかりそうですが、」
そう伝えると、先生は少し驚いた後に、好きなだけ時間を使いなさいと言われた。
最初から式を見直して、数式の間違いを見つける。それを直した後に正解を導いて、席に戻った。その時ちらりと見えた千夏は窓際の席でぐっすりと突っ伏していた。

xxxxxx

今日の昼から成績が張り出されるらしい。チャイムがなると同時に、ほぼ半数以上の人間が成績を見ようと教室を飛び出した。
千夏を見ると、ちょうど弁当箱を出して、ほのかという友達と東屋でお弁当を食べるのであろう、ブランケットとを持って教室を出て行った。
「征ちゃん、お昼よ」
「あぁ、今行く」
僕もちょうど玲央から呼び出され、廊下へ出た。
「あれ、珍しい。赤司が成績表スルーしてくなんてさ」
小太郎が頭の後ろで手を組みながらぐるんと見返してきた。
「気分だ。昼を食べ終わってからでも遅くない」
それを聞いた小太郎は、一瞬変な顔をした後に、また前を向いた。が、ある一点で目が止まった。
「おーい!千夏ちゃーん!」
ブンブンと嬉しそうに手を振る小太郎をみて、千夏は近づいてきた。ちら、とこっちを見て、僕と目があったかと思うと思いっきりそらされた。ちょっと、かなり傷ついた。
「なんですか?葉山先輩…うるさいです」
さっきまで寝ていたせいか、少し口の悪くなっている千夏に、小太郎はまた質問をふっかけた。
「ねぇねぇ、文化祭近いじゃん!美術部は何やるの?」
きょとん、とした後に千夏は階段アートというよくわからないワードをこぼして、飲み物のパックを二つ持って食堂から出て行った。

xxxxxx

「征ちゃん、千夏ちゃんと何かあったの?」
玲央は鶏カツとタルタルソースが入っているAランチを突きながら僕に聞いた。
小太郎と根部谷は二人で牛丼論議している。吉野がいいか松がいいか、ぶっちゃけ興味がない。話の逸らしようがない。
「千夏ちゃん、ずいぶん落ち込んでるみたい」
コールスローサラダを食べ終えた玲央は、ポツリと呟いた。
「千夏ちゃんね、私の母からお花を習っているのよ。この前ね、お稽古が始まる前にお話してたら、征ちゃんに酷いこと言っちゃったって。顔も合わせらんないの。ってね」
「…………」
「ねぇ。何というか、みんな気まずいのよ」
玲央は小さく手を合わせて、ごちそうさま、と言った。
「征ちゃん、千夏ちゃんのこと、すきなんでしょ?」
「……まぁ、そうだが」
「千夏ちゃんはね、とてもいい子よ」
征ちゃんには勿体無いわ。玲央はそう言って、声を低めてきた。おそらくこれが玲央の地声、というやつだ。恐ろしい。
「赤司が千夏と仲直りする気がないなら、オレが千夏の事奪うよ?」
ヒヤリ、とした。
「済まなかったな、玲央。今から行ってくる」
「はーい!いってらっしゃーい」
そう手を降りながらいった玲央を傍目に、僕は走り出した。
廊下の成績表には、僕と千夏の名前が仲良く並んでいた。

xxxxxx

「もう、まだ話せてないの?」
「いや。その何というのでしょうか…」
「っていうか、好きって認めなさいよ」
「えぇ!何言ってるのほのかちゃん!好きじゃないよ!」
ぶんぶんと両手を振れば、はぁ、とほのかちゃんは大きなため息をした。
「あ、あのさ、ほのかちゃん」
「なぁに、千夏」
弁当を食べ終わったほのかちゃんは、さっき私が買ってきたイチゴミルクのパックをズズッと吸った。
「もしさ、ずっと仲良かった友達がね、男友達なんだけどね?
「ハハーン?さては…」
「いやいや、違うからねっ!」
「ぶっちゃけちゃいなよ!」
ひょいと私なお弁当箱に入っていた卵焼きをつまんだほのかちゃんは肘でつんっとつついてきた。兄も私も少食なのて、ほのかのおかず争奪には少し助かっている。
「………うーん。じゃあ、ぶっちゃけちゃうよ?」
「え、何そのあっさりな感じ」
「赤司くんね、婚約者いたの」
そう言うとほのかは少しキョトンとした後、ひらひらと手を振った
「あー、何となくわかるわ〜そりゃ?名家のお坊ちゃんですから?婚約者がいるくらいでどうすんの、さっ!」
「いたっ!ひどい!暴力反対!」
「いや、違うからね」
これのどこが暴力よ。半目になって私を見ていたほのかは、突然目を見開いて、そそくさと荷物の片付けをはじめた。
「ほのか、ちゃん?」
「ごっめーん、先生に呼ばれてたんだったー!あとは、ふたりで、ごゆっくり」
語尾にハートマークをつけて、じゃ、と走り去ったほのかちゃんを見送っていると、後ろから声がした。
「千夏、」
「……ッ」
「千夏、そのままでいいから聞いてくれ」
ザッザッ、と赤司くんが近づいてくる気配がした。
「ひどいこと言って、すまなかった」
「そんな、私のほうが…赤司くんが謝ることはないよ」
「いや、あんな場面を見せた僕落ち度だ」
赤司くんが私の前に回り込んで、両手を握った。
「仲直り、しないか?」
「……うん。私こそごめんね、征十郎くん」
顔を見合わせて、ふふっと笑いあう。
「それで、千夏に言いたいことがあるんだが…」
「なぁに?」
「僕は千夏のことがす」
キーンコーンカーンコーン
「あ、チャイムなっちゃった。征十郎くん、早く行こう!」
「あ、あぁ…」
「?」
なぜか少ししょんぼりした征十郎くんを引っ張って、私たちは教室へ向かった。


prev next

bkm