木曜日の赤の(女)王
翌日。
三時間目に差し掛かり、教科は世界史で担当は白金大先生様。
ヴヴヴ、とマナーモードがうるさいスマホをこっそり授業中に開くと、隣から痛い視線。

from:お兄ちゃん
暇です。部活がないんです(´・_・`)
千夏、しりとりしましょう。

征十郎くん、許しておくれ。
我が親愛なる片割れからの連絡なのだよ。しばし待たれい。
トントンとタッチパネルを触っていき、返信する。

to:お兄ちゃん
火神さんを誘えばいいんじゃないかな?
りんご

するとすぐさまマナーモードが鳴り出す。

from:お兄ちゃん
その火神くんと連絡がつかないのです…何ということでしょう( ;´Д`)
コンクリート

こっちは授業中どすえ!ええ加減にしぃや!創立記念日で休みのあんさんとは違うんどす!

to:お兄ちゃん
授業中!!また後でね
土管

そんな思いを込めて送信ボタンを押した後、電源ボタンを長押しして、机の中にねじり込む。黒板を見て、板書をノートを書き込む。
エドワード一世、エドワード二世、エドワード三世にルパン三世。なんちゃって。エドワード三世までの紹介を書き込んで
隣を見るとニコリと微笑まれた。私もニコリと微笑み返したあと、ぱっと顔を前に戻した。詰んだ。多分私の顔は信じられない位真っ青なんだろう。
あぁー!詰んだ詰んだ詰んだ終わった!
だんだん増えて行く板書に消される危機感を感じ、続きを一心不乱に書き込んで行くと、コツン、と何かが机に無事着陸。
綺麗に畳まれている桜色の紙切れ。
征十郎くんがいつも使っているメモ用紙だ。
開くと、
『ペナルティだ。放課後にマネージャーを頼む。』
ワォ、何この横暴さ!びっくりしすぎて某風紀委員長の口癖が出てきてしまったよ!
行くか行くまいか…花占いで…
なんて思ってるとまた紙がきた。
『拒否権はない』
ですよね。それでは放課後にバスケ部にお邪魔させていただきますね。征十郎サン。

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「お邪魔しまーす!」
「千夏ちゃんだ!!久しぶり〜!なになにー?赤司の命令ー?」
「うん」
かるーい挨拶で体育館に入って行くと、うわ、うわうわ。部活が始まる前ってのにこの熱気。やだやだ。
にしても、お出迎えがコタ先輩とはどういうことだろう。うるさいなぁ。
申し訳ないが、ひたすら話しかけてくる先輩を適当にあしらいながらベンチへ移動する。
「樋口せんぱーい!」
「いらっしゃい、黒子さん」
お兄ちゃんに抱きつくように、大好きなマネージャーさん(ちなみに男。怪我をして、バスケ出来なくなっちゃ伝えからマネージャーになったそう。)に抱きつけば、あはは、と笑ってぽんぽんと背中を叩いてくれる。あやしているようにしか見えない、なんて前に根武谷先輩に言われたけど、そんなことない。

先輩の後ろについて行って、ドリンクやタオル、今度の対戦校の資料や、個人メニューの準備をしていく。
先輩は高いところから、カゴにテーピングに使うテープや氷嚢、湿布を取り出している。
「黒子さんは美術部いいの?」
「何言ってるんですか…赤司様の言うことは〜ですよ」
「そっか」
あははと笑う先輩、天使。

先輩に断っておき、給湯室へ行って、冷蔵庫から粉末のドリンクとお中元でもらったマスカット味の水だし紅茶のティーパックを取り出す。これ、おいしいんだよ。
シンクの下の収納棚から青い、大きなジャグを取り出して、水ですすぐ。
ついでに端っこにこっそりと置いてある白と水色とオレンジ色の小さな水筒も取り出す。
できたドリンクのボトルとジャグを廊下に出して、持ってきた水色のボーダーのトートに水筒を入れて、乾燥室へ向かう。ジャグは誰かが気づいて体育館へ持って行ってくれる、はず。
乾燥室へ着いたら、さっきまで回っていた乾燥機からタオル達を引き摺り出して畳んでカゴに入れる。ふわりと漂うお日様フローラルの匂いに、やっぱりあの日の匂いはタオルからだったんだ、としみじみと思う。
カゴを持ち上げて、乾燥室を出る。途中にバスケ部の部室を覗いたら、ちょうど着替え終わった征十郎くんと鉢合わせをした。
「持つよ」
「わ、ありがとうー」
二人で並んで歩き出す。給湯室の前にあったジャグはなくなっていた。誰かが気づいてくれたらしい。

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いっちにーらくざん!と掛け声をかけながら外周に出かけた部員たちを横目に、私は蛇口へと向かう。外周から帰ってきた部員たちは水浴びをするのだが、いかんせん、外にさらされたままである蛇口は熱を吸って水が熱いのだ。体育館の裏にある水飲み場に行こうしとて、私は足を止めた。
「征十郎さん、」
キスの現場を見てしまった。征十郎くんと、ミス洛山の女の子。
「やめろ」
そういって赤司くんは女の子を押しのけると、女の子はかなしそうな顔をした。
「なんで?私は征十郎さんの婚約者なのに、なんでキスもさせてくれないの?」
「ダメなものはダメだ」
崖から突き落とされたような気がした。目の前が真っ暗になって、なんだか見てられなくて、慌ててその場を離れようとしたのだが、運悪く、本当にこういうことって有るんだね、と思った。
泣きながら出てきた女子と顔を合わせてしまい、彼女は私をキッ、と睨んだあとに、パタパタと走り去って行った。ぼぅ、とその女の子を、私はずっと見ていた。
「千夏、」
話しかけられて、ギクリ、と肩が揺れた。
「な、なに?」
「ペナルティはどうした、」
ビクビクしていたが、赤司くんのその冷たい言い方に私の何かがすぅと冷えて行く気がした。
「そういう赤司くんこそ、外周はどうしたの。主将が部活ほっぽって婚約者さんと恋愛してるとか、なんなの。キスとかしちゃって、ほんと、ありえない」
その一言に、今度は赤司くんが肩を揺らした。あぁ、だめだ。なんだかすごくモヤモヤする。もうこの場に居れないと感じた私は、踵を返し、走り出した。
「帰るよ、じゃあね、赤司くん」
「あ、おいっ!千夏!」

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「あ、千夏おかえり〜ってどうしたの!?」
「ほのかちゃぁぁぁんんん!私っ、私っ!」
教室で友達と話していたほのかに抱きつくと、よしよしと頭をまでられた。
ほんと、根部谷先輩のいう通りだよ。わたし、子供だ。
征十郎くんが誰かの物になったって考えると、オモチャを取られた子供みたいになっちゃうみたい、モヤモヤして、すごく、すごく嫌なんだ。

2015.4.5 修正
2015.5.5 修正
2017.9.4 修正


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