水曜日のジゼル
夏休みの明けた水曜日。
授業の合間に、前に座っていた人が、思いっきり後ろを向いてきたので、少しびっくりした。
花占いってさ、要は確率の問題だよね。二分の一よ、二分の一。
そう机にぐでーんと伏せている親友を見て、小難しい話をまた持ってきたな、なんて思い、苦笑がこぼれる。何か恋の悩みでもあったのか。
「そんなこと言っちゃダメだよ、ほのかちゃん。そんな話をジゼルに当て嵌めちゃったら悲劇なんて吹っ飛ぶよ」
「いや、なんでそこに当て嵌めてんのさ。そもそもあれは現実ではあり得ない話なんだよ。あーゆーおーらい?」
「まぁ、でもただの占いだよ。そう簡単に信じてどうするの」
そう言いながら、頭の中でいつかお兄ちゃんが言っていたおは朝占いを信じ込んでいるという噂の(兄曰く)堅物メガネのことを思い出す。あの人も、花占いとかするのかな?
「どうかした?」
「うんにゃ?でもさ、同じマーガレットでも花びらの数が違かったりするよね…たぶん」
ぽんぽんと頭を撫でながらいえば、そうだねぇ、なんて相槌をうつ親友。
「そんなことはない。花弁の数は元より決まっている。そして法則もある。」
「征十郎くん?」
学期明けの恒例ともなっている席替えで、運命といおうか、いや、それでは規模が大き過ぎる。偶然、いや、どこぞの次元の魔女は『この世に偶然はない。あるのは必然だけ』と言っていたから必然なのであろう。隣の席に赤司くんが越してきた。ちなみに私の席は変わらず、私の前に親友のほのかちゃんが越して来た。ここの席、楽しい。
隣の赤司くんとはちょっと話す時もあれば、部活や生徒会が忙しいのであろう、黙々と仕事をしている時もある。唐突に話に割り込んでてくるのは今回が初めてだ。
「花びらの数は、遺伝で決まっている。千夏、桜の花びらは何枚だ」
「五枚」

夏休みの逢瀬、とはほのかちゃんが言っていたけど、私の家が洛山の寮と近いこともあり、よくばったり出くわす機会が多かった私と征十郎くんは、仲良くなって行き、突如発動した、お互いを名前呼びする、という謎ルールが出来上がっていた。
ちなみに二人で居るところを、何人かの洛山生に見られていたらしい。不覚だ。いや、何が不覚なのか分からないけども。同級生の女子や先輩方にあまりいい顔をされるのはできるだけ避けたい。うん、面倒くさいことになった。
意識をあか、征十郎くんに戻す。話はどうやらまだ終わっていないようだ。プチ講義のような雰囲気に、周りは生徒だらけだ。文武両道をモットーにかがげているため、いつもはキャーキャー騒ぐ女子達も真剣に話を聞いている。中にはメモをとっている人も。お前ら、どんだけ勤勉なんだよ。しかし、ここだけ人口密度が高い。うむ、難しい話は嫌いだ。それより、眠い。
「話を聞いているのか、千夏」
「大体は。要するに遺伝でしょ?」
「はぁ、まぁ…間違いではないが」
呆れたようないが顔をしている彼と目が合う。おそらく東京にいる彼の知り合いの"黒子さん"と私を比べているのであろうか。眠くなって少し目がしょぼしょぼする。ゴシゴシと目をこすると、パシリ、と手首を捕まえられた。
「あまり目をこするな。将来目の端のシワの原因になるぞ」
行動にはきゅんときたけど、言ってることが悲しいよ、征十郎くん。
それならやめよう、と渋々手を下ろせば、いい子だ、なんて言って頭をほのかちゃんにしたようにぽんぽんと撫でてきた。あれですね。頭ぽんぽんですね。女子が最近男子にしてもらいたいことNo.1という。
いつもはボールを持っているせいなのが、その大きな手があったかくて優しくて、眠くなってくる。あまりの気持ち良さにうとうとしていると、周りが静かなことに気付いた。
目を開くと、生徒たちが固まって立ち尽くしていた。
「みんなどうしたの?」
ほのかちゃんに聞けば、目をまん丸にされた後に本当に分からないの?と聞かれ、いや、分からないから聞いてるんでしょ、なんて返したらあり得ないという顔をされた。解せぬ。
なんだったんだ。うんうんと唸っていると、廊下が騒がしくなってきた。
「征ちゃーん!試合行くわよー」
「そうか、では行こうか」
WCの予選は、平日も行われるらしい。
これから赤司くんは学校を早退(と言っても公欠扱いになるのだが、)して、会場に向かうらしい。
未だ固まっている人をかき分けて征十郎くんに近づいてきたお姉様こと玲央姉は私を見るなり、まぁまぁ!と嬉しそうに叫んだ。
「うるさいぞ、玲央」
「ごめんなさいね、征ちゃん。学校で千夏ちゃんに会うのは初めてで…」
「そうか、では千夏。あとは頼んだよ」
「えぇーー…」
「授業中寝るなよ」
そう言って授業という戦線から離脱、つまりはエスケープ(聞こえ悪いなぁ)した戦友、つまりは征十郎くんを見送って、私は次の授業、化学の担当である我らの担任様こと松尾女史の登場をひたすら待った。

まぁ、頑張れ。WCの優勝のためだもんね。
ふぁわぁ、とあくびをして、私は机に突っ伏した。注意してくる征十郎くんがいないのは、楽だなぁ。なんて。
くぉらぁっ!寝るな!なんて松尾女史が叫んでいるけど、ごめんなさいね、無視させていただきたい。昨日は征十郎くんのせいで寝れなかったんだから…おっと、何があったかは何も聞かないでくれたまえ、ワトスン君。


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