「カヤ、カヤ…起きてクダサイ!」
「ほぇ?セシル?」
「大変です!ミューズが!」
「………うん、春歌に何かあったのはわかるけど、女子の部屋に侵入するするのはどうかと思うぞ?私が一人部屋じゃなかったらどうするつもりだったの」

日向先生が仕事のため、Sクラスは急遽今日の授業が休みになった。友千香と音也と別れた後に、部屋に戻って二度寝をしようと思ったら、出窓から侵入してきたセシルに叩き起こされた。幸い、上着を羽織ればすぐに出て行けたので、椅子にかけてあったパーカーを着た。途端に、セシルに引っ張られた。

「はぁ?ピアノが弾けなくなったぁ?春歌が?」
「あぁ、おそらく極度のプレッシャーからのものだと思うのだが…」

部屋を出て行った途端に消えたセシルに少し悪態をつきながらも、道を歩いていた真人を捕まえて話を聞いたところ、どうやら春歌に本当に何かあったらしい。

「私、ピアノ専門じゃないから…わかんないや。そういえば、真人はピアノやってるんだっけ?今こそ真人の出番なんじゃないの?」
「確かに…そうだな。善処する」
「まかせた」

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「んで?黄瀬はなんの用なの?そもそも何で私が今日休みって知ってるの?それとあんた部活は?バスケは?まさか…サボったんじゃないでしょうね?何で外泊届まで出させたの?」
「落ち着いて…憂っち…今日は一位のお祝いで、さっき撮影現場で龍也さんと会って、部活は今日休みッス!あと、桃っちが…」

真人と別れた後に、いきなり黄瀬に呼び出された憂は、今度は表参道のカフェにいた。アポなしで呼び出された罰として、そこそこな値段のするケーキを奢らせた憂あー、と残念そうな声を出した。

「外泊届は出してないよ。明日授業あるし。さつきに謝っといて」
「忙しそうッスね…」
「うん。作詞の課題にバラエティー実習の説明会。ボイトレにダンスの練習。唯一の救いがこうやって龍也先生が仕事でクラスが休みになることだよ」

ズズ、と紅茶を啜った憂がコップを置いた。その向かい側で、うわぁ、と黄瀬が顔を歪めせていた。

「まぁ、なんだかんだいって楽しいよ。それに、自分で選んだ道だしね」
「そうッスか…!かんばれ、ッスよ!憂っち!」
「うん、ありがとう。黄瀬」

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from:来栖翔
sub:助けてくrrrrrrrrr
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「え、何事」

寮について一息ついた途端に届いたメールに、憂は仕方なく重い腰を上げて男子寮へ向かうことにした。玄関から出るのが億劫で、靴を持って出窓から出ようとしたら、ちょうど夜のランニングに出かけていたトキヤにばったり遭遇してしまった。

「…………」
「…………あは」
「まったく、貴方という人は…」
「玄関から出るのが面倒臭いです」

ひょい、と窓枠から飛び降りてトキヤの隣に並ぶと、トキヤは溜息をつきながらも歩き始めた。東京郊外に建っている早乙女学園は、まだ春先である故、少し肌寒かった。予想外の寒さに、少し腕をさすれば、ふわり、と何かがかけられた。

「トキヤ?」
「寒いんでしょう。着てなさい」
「そしたらトキヤが風邪ひくよ。HAYATOはどうすんのさ」
「やりたくない」
「おや、珍しく素直だこと」

ニシシ、と笑いながら、おとなしくトキヤのウィンドブレーカーを羽織って、チャックを閉める。

「おぉ!ねぇトキヤ見て見て!ダボダボ!」
「っ!」
「あれ?顔赤いよ〜?やっぱり風邪ひくよ。返す」
「………いえ、いいです。風邪引いてないので」
「………なにそれ。って、翔?」

男子寮の入り口には倒れている翔と、翔を介抱して、名前を呼びながら懸命に揺さぶっている四ノ宮がいた。憂の声に反応した四ノ宮は、グルンとこちらを向いた。びっくりしている憂と顔をあわせること10秒。先に動いたのは四ノ宮だった。

「妖精さぁぁぁぁぁぁぁぁんんん」
「え?妖s………ぐぇ」
「「憂!?」」

いきなり飛びついてきた四ノ宮に反応できなかった憂は、闘牛のごとく両腕を広げながら突進してきた四ノ宮の下敷きになった。当の四ノ宮は、頭と地面がこんにちわしている憂にかわいいかわいいと言いながら頬ずりをしていた。

「おい那月!憂から離れろ!死ぬぞ!」
「あぁ!ごめんなさい妖精さん…」
「げほっ……ところで翔、さっきのメール、なに?」
「切り替え早っ!」

翔は憂にさっきのことを説明すると、憂は深いため息をついた。

「というか、音也も餌食になったの?」
「まぁ…お前にはあの不味さがわからないだろうけど、本ッ当に不味いからな!」
「ねぇ、翔とトキヤはプロテインとかサプリメントとか食べたことある?」
「えぇ、まぁサプリメントは…」
「プロテインは飲んだことあるぜ?」
「それを料理やお菓子の混ぜられて中学の時に食べらされた私の心境を10文字で」
「「…本当にお疲れ様です」」

哀れむような目で見られた憂は目をそらした後に、踵を返した。

「翔が平気でよかった」
「へ?」
「トキヤ、ウィンドブレーカーありがとね。今度洗って返す」
「あ、はい」
「じゃ、おやすみ。明日早いんだから、早く寝なさいよ?」

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