それからフランスだけでなく、オランダ、イタリアやスペイン、イギリススウェーデン、そして最後にスイスにやって来た。
今の今まで全てレポートをしていた2人に、プロデューサーが1日のオフをくれた。時差の関係で友達と連絡が取ることができず、特にやることもなく、今日は1日、ホテルの部屋でゴロゴロしようか、なんて思いながら部屋着に着替え始めようとしたところに、嶺二がやってきた。
「僕ちんが運転するからさー、憂ちゃん、ドライブ行かない?」
「……はい、いいんですか?」
「あったりまえ〜だって僕と憂ちゃんの仲だよ〜遠慮することないって〜」
しばらく考えるそぶりを見せた憂は、控えめに頷いた。
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「空気が美味しい!」
「やっぱり違うねぇ〜」
「うん」
やってきたのはアルプス山脈の麓である。さわさわと吹く風に合わせて揺れる草花。どこかで羊がメェ〜とないた。穏やかで、心地いい。二人で黙ってぼぉっとしていたら、不意に嶺二が口を開いた。
「ねぇ、憂ちゃん」
「はい」
「もっと、自由になっていいんじゃないかな?」
「え?」
「"アイドル"に囚われすぎているんじゃないかな?無意識に、自分が思っている"アイドル像"を演じていない?もっと、自分らしくしたらいいんじゃない?」
そう言って、草原に座り込んだ嶺二を、憂は訝しげに見た。嶺二はニコリと笑い、ぶちぶちとシロツメクサを引っこ抜いて、何かを作り始めた。
「…どういう、ことですか」
「絶対恋愛禁止令に縛られてて苦しそうだな、って思って」
「………ッ!」
「聞いたよ、今までのデモテープ。みんな大人っぽい曲で…けど恋の歌が一曲もなかったね。等身大の憂ちゃんが、見えない」
「……………」
「昔の感情でもいいんだよ。もっと自由でいいんだよ。本当の憂ちゃんを、曝け出してよ」
「…いいん、ですか?」
「いいと思う。少なくとも、僕はそう思ってるよ」
よっこらせ、と立ち上がった嶺二は、先ほどシロツメクサで編んだ花冠を憂の頭に乗せて、やっぱり似合ってるね、と笑った。しばらくポカン、としていた憂も、やがてふっと笑みをこぼした。
「実は、できてたんです」
「歌詞が?」
「はい。歌うのにためらっちゃって…怒られちゃったらどうしよう、って。」
「僕は怒らないからさ、歌ってみてよ」
「…はい」
何故か無性に、ワクワクした。早乙女学園の合格通知表が来た夜より、早乙女学園に入ったあの日より。誰かに"本当の自分"を出していいと言われた。単純に、嬉しい。みんなの偶然を演じている"私"じゃない、ありのままの"私"。憂は目を閉じて、息を吸った。大丈夫、歌える。だって、何度もなんども歌おうとした歌だもん、歌詞だって覚えてる。春歌のあんなに素晴らしい曲で、私らしい歌。ほら、最強の組み合わせ、でしょ?視界の端で、嶺二が笑ったように見えた。
なんでだろう
気になる夜君への
この思い 便せんにね
書いてみるよ
もしかして
気まぐれかもしれない
それなのに 枚数だけ
増えていくよ
好きの確率わり出す計算式
あれはいいのに
キラキラ光る 願い事も
グチャグチャへたる 悩み事も
そうだホッチキスで 閉じちゃおう
はじまりだけは 軽いノリで
知らないうちにあつくなって
もう針がなんだか 通らない
ララ また明日
パチパチ、と拍手が聞こえた。しかも一つではなく、複数。
「ms.茅野〜スランプ脱却おめでとうございまーす!」
「え?うわぁぁぁぁあっ!」
するとぶわり、とひときわ大きな風が吹いて、空からシャイニングが降ってきた。憂の両手を掴み、その場でくるくると周り始めた。
「おめでとうデース!っちゅーことでー?今からms.茅野には〜ヴァカンスに行ってもらいま〜す!」
「あの、夏季合宿ですよね」
「いえす!モチのロン!オフコースッ!」
それではぁーmr.寿!アディオス!
そう声高らかに告げたシャイニングは、憂をヘリコプターに引き上げた。
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