「…あっつ。スイス戻りたい」
「あっ、茅ちゃんっ!」
「あ、ハルゥー!会いたかったよぉー!」
「こらっ、いい加減離しなさい!」
「イタタ…友千香さん、お手加減を…」
「しないわ」

ぶぅー!友千香のけちぃ〜…と体育座りをした憂は、ん?と顔を上げて、向こうを歩く人を見て、いきなり走り、背中に目掛けて飛びついた。

「トッキヤーーーーーー!」
「…っ、誰かと思ったら憂でしたか…というか、降りてください、服着てください、そして引っ付かないでください」
「雰囲気が刺々しいわね、何かあったの?」

っていうか、トキヤも健全なる男子高校生なのね、と茶化してくる憂にため息をついて、そうですね、と返した。

***

就寝時間はとうに越えた。
未だ眠れず、ごろごろと大きいキングサイズのベットで転がって、黄瀬とチャットしていた憂は、既読のつかないスタンプテロで黄瀬が寝落ちしたのを確認して、くんっ、と背伸びをした。
「まぁ、時差ボケなんだけどねー…」
一人でポツリと呟いて、ふと思い出す。
「そう言えば、セシルの言ってたアグナパレスの神殿、ここだったよね…」
それからは早かった。部屋のソファーに座っている、というか充電している藍(割り当てられたコテージ、ちなみに一人部屋、に入ったら普通にいた。解せぬ。)を叩き起こした。
「あーい、あいちゃーん、あいあーい」
「……うるさいよ、憂」
「ごめんね〜、この島の地図もらえるかな?」
「ん…どうせ君の事だから、こんな夜中に探検しに行くんでしょ」
「ありゃ、図星だ」
しょうがないな、と呆れ気味に零した藍に嬉しくなって思いっきり抱きつけば、重いと言われた。
「むぅ…」
「レイジとずっと一緒に居たせいか、性格移ってるよ…キモチワルイ」
「………さーせん」
「まぁ、憂だから、かわいいけどね」
「ふふ、ほーめられたっ」
ガシャ、と部屋に備え付けられたプリンターが突然動き始めた。
大方藍が仕掛けたんだろう。トタトタとプリンターに駆け寄った憂は、プリントされた一枚の紙を持ってひらひらと揺らした。
「Merci. Mon ami.(ありがとう、親友)」
「ばっかじゃないの」
「きゃ、照れたわ〜、可愛いわぁ〜」
「さっさと行けば!」
「ふふ、いってきまーす」
「なんか羽織れないの」
「…ん?」
外に出ようとした憂を、藍は慌てて引き止めた。おもむろに立ち上がって、赤地のドット柄のビキニ姿で立っていた憂にワンピースを投げた。
「風邪ひくよ。」
「わぷっ」
水着とセットで買ったもので、水着の上から着れば普通に街中を動き回れるワンピース(そんな事はない。大型のリゾート地での移動で大活躍するようなものだが…)を顔面で受け取った憂は、ワンピースをかぶってから、入り口の横にあるフックにかけてある白いパーカーを羽織った。
「これでいい?」
「うん、いってらっしゃい」
「……藍って、年下って言うより世話焼きの兄かお母さんって気がする…」
「……早く行けば?」
「ほーい!」

xxxxxx

「………ここ、かなぁ」
よくわからない、楽器を抱えた女神達の彫刻に、蔦が絡まって花を咲かせていた。ふよふよとホタルのような淡い光が漂い、なんとも幻想的であった。
「………いいなぁ、なんかこーゆーの」
「…茅?」
「………セシル」
「元気がないデスネ…どうかしましたか?」
「うーん…そうなのかなぁ…」
「パートナーは、決まったのですか?」
「唐突だねぇ」
神殿の階段に腰掛けて、海を見下ろす。隣でざわりと空気が揺れて、どこからか現れた黒猫がニャーと鳴いて憂の膝に乗った。
憂は微笑みながら、猫を撫でた。
「ひとつ、昔話でもしようか」

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