「ハル、携帯は持った?財布、ハンカチ、ポーチ、ちり紙、地図は?チケットはちゃんと持ってる?迷子になったら携帯で居場所を調べるか、すぐに交番に行くのよ?それでもダメな時は連絡して?そうだ、GPSは持った?万が一に時は探すから安心してね?電車の乗り方分かるわよね?信号は渡るとき、ちゃんと右見て左見たから渡るんだよ!あ、あとそれから…」
「茅ストップ。あんたは親かってーの」
「い、いたいですか友千香さん」
「茅ちゃんは過保護ですね〜」

HAYATOの新曲発売のライブがあるらしく、朝から張り切っている春歌に、そんな春歌が心配で心配でたまらない憂の姿が食堂で見られた。

「あ、でもハル安心して。そこまで私も着いてくから」
「あーんたはまたぁ」

呆れて隣でため息をついている友千香に、いやいや、と憂が手を振った。

「黄瀬と会う約束してるんだ。撮影の見学にこないかって」
「うっそー!いいなぁ〜羨ましい〜」
「黄瀬って、黄瀬涼太のことかい?レディ」
「うん、同中だったんだ」
「スゲ〜いいなぁ〜」
「そんなことないよ…良かったら翔見に来る?友千香は用事あるんだっけ、残念だね」

そう言って携帯を取り出した憂は、しばらくスマホとにらめっこした後に、満足そうに頷いた。

「来ていいって!早乙女学園の生徒さんなら大歓迎、だってさ」
「よっしゃぁ!サンキューな!憂」
「じゃあ…今から15分以内に支度してきて。ハルと校門のところで待ってるから。」
「わぁってるって、んじゃ、15分後にな〜」

瞬く間に消えていった翔に、周りから小さな笑いが起こった。

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「涼太、おは」
「憂っちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
「え、茅ーーーーーーーーーー!」

早朝の渋谷に、2人の叫び声がこだました。

「涼太、sit」
「……はいッス」
「私に言うことは?」
「すいませんでした…憂っ」
「涼太wait!」
「キャン!」
「翔に言うことは?」
「驚かせて、すいませんでした…」
「あ、あぁ…(犬、かよ…)」

翔に向き直って、ごめんね〜の馬鹿が、なんて言う憂は朝に友千香の言った通り、もはや母親、いや、訂正しよう、もはや犬をしつけているドッグトレーナーにしか見えなかった。翔の中の黄瀬涼太像が、少し崩れた気がした。

「涼太くん、撮影始めるよ…って、あれ今日の見学って茅ちゃんだったのか!」
「あ、前島くんのお父さん!久しぶりですー!」
「前島のお父さん!?」
「おう、お前が来栖か!息子からいつも聞いてるぞ!ちっせぇ奴が頑張ってるって」
「ちっ、ちっさくねぇ!おい茅笑うんじゃねぇ!!」

そんな和やかな雰囲気で始まった撮影は、翔にとってとても勉強になったのだろう、終わる頃にはスタッフや涼太ともすっかり仲が良くなって、メアドまで交換してホクホクしてた。

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「じゃあ、憂っちしばらくヨーロッパに居るんスか?」
「うん、ほら、前にみんなに言ったでしょ?スランプだって」
「みんな、心配してるんスよ」
「……うん」
「何か、見つかるといいッスね」
「そうだね。がんばるよ」

じゃあ、と言って涼太と別れた憂は、とぼとぼと寮に帰ってきた。
部屋に入ると、机が目についた。散乱している楽譜と紙と雑誌、CD。

「無駄なあがきかもしれないけど、やってみよっかな…」

そう呟きながら、憂はサラサラと紙に何かを書き始めた。ザァ、と、激しい雨が降り始めているのにも気付かずに。その時、春歌たちに大変なことが起こっているのにも気付かずに。

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