「なぁ、お前噂になってるぞ」
「何が?」
「男とデートしてるとこ見たのに退学にならないって」
「はぁ?デート?いつ!誰と?」

週明けのHR後に、そう翔に話しかけられた憂を見て、クラスメイトたちが寄ってきた。

「茅ちゃん!あの人って誰?」
「彼氏なのか?」
「見つかってるのに退学にならないなんて初めて聞いたぜ」
「茅ちゃん!おしえて!」

詰め掛けてきたクラスメイトを、憂はくるりと見回し、暫くしてから口を開いた。

「この前会ってた人は赤司征十郎」
「キセキの世代の!?」
「知り合いなの!?」
「私バスケ部のマネージャーやってたからね、それで二つ目、あの日は向こうから頼まれごとがあるから呼び出されていたの。友達の誕生日プレゼントを買いに付き合わされた」
「仲いいんだね〜羨ましい〜」
「そうかな?で、三つ目、学園を出る前に、学園長先生とあったの。事情を説明したらいいでしょうって」

そこまで言って、ふぅ、と一息吐く。

「と、言うことで、あれはデートじゃないし、そもそも付き合ってもないし、学園長先生の許可付きだったので不問なんですよーっと。そろそろ一時間目始まるから、早く実技棟に行くよ!ただでさえ遠いのに、中は迷路みたいになってるんだから、急がないと遅刻するぞ〜」

そう言い終わった途端に、教室中が騒がしくなる。慌てて教科書を引っ張り出したり、ロッカーのファイルから台本を探し出したりと、みんな大忙しだ。

「うわっ、やっべ!茅野!何か使うものあったけ!」
「台本と楽譜、あと筆記用具!あ、前島!社会の窓開いてる!」
「嘘だろ!もっと早く言えよ茅野!」
「翔〜急げーおーいてーくよーん」
「無視かよ!!」

ぼーっとしていた翔は、憂の声ではっとした。あらかじめ机に出しておいた台本やらを掴んで、教室の入り口で待っている憂達の元へ向かった。憂達とは憂を含む、以前憂のパートナーを務めた椎木に、つい最近仲良くなったというレン、その他大勢。もっと言えばSクラス全員だ。Sクラスは他のクラスからみんな仲がいいという認識がされているらしいが、実をいうと、ほとんどは憂と仲がいいから、みんな憂と一緒にいたいから、という理由である。こういうのが本物のアイドルだよな、なんて考えながら、翔は憂の隣に並んだ。

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「ねぇ、翔。聞きたいことがあるんだけど、」
「うん?なんだ?」
「高所、恐怖症?」
「はぁ!?んなわけあるか!」
「へぇ、ふぅーん?前島、レン」
「ラジャー」
「わかったよ、茅」

ニヤリと笑った憂が、指をパチンと鳴らすと、先ほどの前島とレンが翔を抱き上げた。向かう先は、先ほどクラスの全員で協力して積み上げた机一個と椅子1脚。分かりやすく言うと電球を替えるくらいの高さだ。ジタバタと足掻く翔を、前島とレンが脇から抑えて、椅子の上に立たせた。

「憂!な、なに、すんだよぉ!」
「やっぱ高所恐怖症じゃん。克服しないと、これ、参加できないよ?」
「何が」

憂から差し出された雑誌を受け取った翔は雑誌の隅から隅まで見渡して、一つの欄を見つけた。そこには、急募、エキストラ募集、と書いてあった。
お礼を言おうとして、翔が顔を上げたとき、校内放送が入った。

『ms.茅野!たーいせつなお知らせはありますのでぇ〜いーますぐ私の部屋に来るのですでーす!ふっはっはっはっはー』

途端にざわざわし始める教室。

「おーい、お前ら席つけ。茅野はシャイニングんとこ行ってこい。安心しろ、いい話だ」
「良かったね〜茅ちゃん」
「ありがとう、しぃ。じゃあ、行ってきまーす!」

行ってらっしゃい!とクラスメイトたちに声をかけられて、憂は学園長室へ向かった。

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「茅野です」
「どうぞ〜」
「失礼します!」
「よくぞ来てくれましたっ!ms.茅野…そーんなあなたに〜とーっても、とーってもimportant!なお話がありまーす!」

そう言って、シャイニングは机にある紙を憂に渡した。
紙を受け取った憂は、印刷してある題名をしばらく見た後に、中身をパラパラとめくった。

「バラエティーの収録、ですか」
「YES!」
「…それが私とどういう?」
「YOUには、それに参加してもらいまーす!」
「マネージャー?」
「Non!Non!出演者としてでーす!」
「…はぁ」
「来週のWednesdayから〜夏季合宿が始まる前まででーす!場所はヨーロッパッ!」
「長くないですか?それに、これに出てたら授業が…今、Aクラスの七海春歌とペアで取り組んでいる課題もまで出来てませんし…」
「Non!Non!Non!心配はありましぇーん!授業は公欠扱いにしまーす!課題は、来週が締め切りでしたよね〜チューことで〜ヨロシクヨロシク〜トウッ」

質問はもう受け付けないのサインだろうか。ガッシャーンと派手に窓ガラスを割って消えていったシャイニングを、憂はジト目で睨んでいた。

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「ヨーロッパでロケェ!?」
「うん、学園長の指示で。友千香はなんか欲しいものある?買ってくるよ」
「じゃあ、なんか頼もうかな…ところで、いつまでなの?」
「夏合宿始まる直前まで。だからうちの部屋のものはほぼ消えるかな」
「そんな!それじゃあ、課題は…」
「その心配はないよ、ハル。来週締め切りでしょ?行くの来週からだから。はい、この話終わり!」

ぱん、と憂が手を叩くと、女子三人は顔を見合わせて笑った。すぐさまに話は変わり、最近のテレビ番組や流行りの服、アクセサリーのはなしで盛り上がった。それを遠くから男性陣が見ていた。

「特例なんだってさ」
「何がですかぁ?」
「今回のロケだよ、シノミー」
「へぇ〜すごいな〜憂!」
「確かに。まだデビューもしていないのに一般の芸能人と海外ロケとは…」

視線の先には、たくさんのほとたちにお祝いされて笑っている憂の姿が。しかし、その顔にふっと影がさしたことに音也が気づいた。

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「〜♪〜♪……はぁ…」
「茅?どうしたの?」
「お、音也…」

放課後に作詞の課題も済ませて、相手の最終調整のため暇になった音也は、気分転換のため学園の湖のほとりに来ていた。ふと、誰かの歌い声が聞こえてきて、音につられてきたら、そこには溜息をついている憂がいた。

「大丈夫じゃなさそうだね。さっきもなんか暗かったし」
「バレちゃったのか…」

えへへ、と笑った憂は無意識のうちに手に力を込め、クシャ、と楽譜が音を立てた。

「それ…」
「春歌に書いてもらった楽譜」

丁寧に紙のシワを伸ばした憂は、悲しそうに笑った。

「私、歌えなくなっちゃった」
「え?だって…今…」
「あれじゃ、だめなの。今回のロケはね、休学なんだ」
「へ?」
「シャイニングさんには、バレてたみたい。スランプ、ってヤツかな?」
「でも、今までずっとアイドルコースのトップだったんだよ?」
「ダメだったの、私が。でもね、今回の旅行で何か掴めると思うの。春歌には悪いことしちゃうけど、とりあえずこれで歌って、旅行中に新しく歌詞を書くことにする」

笑った憂は、おもむろに音也に抱きついた。

「うえっ!?茅!?」
「ありがとう、こんな話聞いてもらって…」
「う、う、ううん?」

ふっ、と声を漏らした憂は音也から離れて歩き出した。

「このことは、みんなに内緒だよ」

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