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素直になれない平助! 続き


昔は寝坊して遅刻しかけた時に涙目で走り寄ってきた癖に、今となっては想像つかないよなあ。寧ろ今の状態で走り寄って来たら、熱でもあるんじゃないのかと邪推してしまいそうだ。

いつものように下駄箱から階段を登って寄り道なしでやってきた三階廊下。最後の一段に足をかける前に大きく息を吸って吐いた。
会ったら気まずいことこの上ないし、何なら顔だって向けてくれないかもしれない。なのに懲りずにいつもと同じルートを行くオレだってどうかしてる。
それでも今日は、今日こそは。余計な一言を言う前に挨拶を交わすだけ、そこら辺のクラスメイトと同じなんだから出来ないはずはない。こんなの小学生だってそれより小さなガキだってフツーにやってる。そんな特別じゃない、簡単なことだろ。
意を決して顔を上げたが、

「あれ?」

なまえがいない。
これまで無遅刻無欠席、勿論早退もなし。晴れの日だって雨の日だって常に教室前の廊下で待ち構えていたなまえがいない。

「べ、別に毎朝会いたいと思ってるわけじゃねえもんな。朝から言い合いしなくて済んで清々するし、偶にはアイツだって寝坊する事だってあるだろ……」

口から出てくる言い訳も力がない。意気込んでいただけに拍子抜けだ。
女子一人がいないだけで、こんなにも廊下は寂しくなるのか。所々に生徒が歩いていたり話し込んでいたりするが、オレが欲しいのはそんな喧騒なんかじゃない。

「……懲りてもうココには来ねえかもだし」

ぽつり、呟いて温い窓枠に腕をのせる。じわりと滲み出た汗が頬を伝って落ちていった。

ついた悪態は気になっているという意思表示の裏返し。今更そんな言い訳をするのは自分勝手だというものだ。なんたって本人を前にして、しっかりきっぱり「可愛くない」と言ってしまったのである。それも堂々と、オブラートに包むどころかど真中ストレートに。可愛いとの言葉をなまえが欲しているかはともかく、あれほどはっきり可愛くないと言われてしまえば好意を持てるものも持てないだろう。自ら嫌われにいっているも同然である。馬鹿みたいだ。
何故だ。あんなにも朝から会うのは懲り懲りだと思っていたのにも関わらず、たった1日この場で遭遇しないだけでこんなに考えこまされるなんて、それは……。

会いたいと思っているみたいだ。そんなこと有り得ないのに。有り得ないはずなのに。
後で隣のなまえのクラスを覗こうと、気になって仕方なくなるのは嘘だと思いたい。

「はあ、今日もあちいなあ……」

じわじわ侵食して来る暑さ、思考が更に真っ黒になりそうだ。体感温度の快適さを求めてクーラーの効いているはずの教室に向かおうとしたところで、

「へえ。そんなに平助が気になるんだ」

階段の下、降りる途中の踊り場からよく知った声が飛んでくる。聞き間違いだと思いたいがすぐわかる、総司だ。
何だ、人が居ないところで悪口でも言ってんのかよ。階段の手すりに手を掛け、踊り場の総司から見えないように気を遣いながら首を伸ばした。ムッとしながら窺うように下を覗き込む。

「なまえちゃんってバカなの?」
「……朝からなんなのさ、沖田くん」

どくり。心臓が口から飛び出るかと思った。聞き間違うはずもない、だってオレが期待してたのはこの声が―――。

「毎日毎日平助の顔を見にここで待ってるの、退屈なんじゃないかと思って」
「関係ない、ほっといてよ」

少し機嫌の悪そうな女子生徒の声は間違いなくなまえだ、丁度手すりに隠れて見えないけど確かに声がする。ここからは総司の背中だけが見え隠れし、思わず奥歯を噛み締めた。

「そんな顔するくらいなら、素直に会いたいだけなんだって言えば良いのに」
「どんな顔よ」
「泣き腫らしたみたいなみっともない顔だよ」

え、小さく声が漏れた。
泣き腫らしたってどういうことだ。どんな顔してるのか確認したくって身体をずらして目を凝らしたが、総司の目がこちらを一瞬だけ見たような気がして慌てて首を引っ込める。

「ほんと狙ったようにデリカシーないよね。普通みっともないとか言うか、女子に向かって」
「珍しいからね。そうやって隙だらけななまえちゃん」
「隙でも弱みでもないし。人間だし泣くことくらいあるよ。ただ人前では泣かないだけ」
「泣かされた、の間違いじゃない?」
「それは、」
「平助に」

矢継ぎ早に畳み掛ける総司、それに少し押され気味ななまえの元に走り出したい気持ちは腹の中で罪悪感に相殺された。
なまえを泣かすとかそんなわけあるか。そう反論できたら良かったのに、昨日振りかざしてしまった鋭い言葉が頭を離れずに唇を噛んだ。
朝っぱらから盛大なネガティブキャンペーンってか。こっちを見たってことは多分オレがいるってわかってんだろ、総司は一体どうしたいんだ。今すぐなまえに「ごめん」の一言を告げたいのに、拒絶されるのを恐れているのか両足はみっともなく固まって動けず仕舞いだ。

「……ほんと痛いとこついてくるよね」
「へえ、なまえちゃんが褒めてくれるなんて嬉しいなあ」
「ばか。褒めるわけあるか。嫌だよ沖田くんのそういうとこ」

そうやって堂々と嫌だと言われているのに、総司が楽しそうに笑えるのは何故だ。
ぐるぐるとマイナス方面に向かう思考回路。なまえの前に立ってる人間が、総司じゃなくてオレだったら良かったのに。そう妬んだってこの現実は変わんなくて、会話の内容さえも仲睦まじく思える二人の雰囲気に焦りと悔しさとやるせなさが頭の中を支配した。

「ちょっとだけ、精神的にきたっていうか」
「うん」
「あー、私ってそんなもんかって立ち位置を理解しただけ。結局自分の態度が原因なわけだから、自業自得ってことでしょ」
「あれは平助も悪いしね」
「見てたの、趣味悪いよ」

わかってる、オレが悪いんだって。
そんなこととっくに理解はしているのに、それを総司に言われるのは気に入らない。

「平助のあれは流石に言い過ぎでしょ、それで懲りないなまえちゃんもなまえちゃんだけど」
「……嫌がられたくなかったんだもん。たった一言で傷付いて泣いて、めんどくさいヤツだって思われたくない。喧嘩腰の応酬しといて、あれだけで泣くとか卑怯でしょ」
「ふぅん。それを卑怯とか言うのはなまえちゃんくらいだろうね」
「それでも嫌なの。泣いて同情を引くなんて真っ平御免、それを武器にするような人にはなりたくない」

本当に、馬鹿みたいなところで強情なやつ。変なところで強がったってそんなの俺は望んでないのに。そうやって巧妙に隠された本音を見つけるのにどれだけ苦労してると思ってんだ。

「君さ、良く変な人って言われるでしょ」
「変で結構。私、平助にだけは気を遣われたくない。言いたい事を何でも言いあえる、そういうところが好き。何言われたってきっと、絶対に嫌いにはなれないよ」

ああ、素直ってこういうことか。わかりにくいけど無条件に寄せられた信頼、それって反則だろ。すとんと納得し、締め付けられるように痛む胸元のシャツを握り締めた。

「私さ、沖田くんの下手に慰めてこないところだけは結構気に入ってる」
「だけ?」
「うん、それだけ。……結局どっちも悪いんでしょ、わかってるよ」

なまえが小さく笑った気配がした。それが自分に向けられていないのが、どうしようもなく嫌だった。
本気で呆れた顔だって、不機嫌そうな顔だってもうなんだっていいや。他の誰も見ることが出来ないようなオレだけに向けてくれた表情ならば、それは欲しくてたまらなかった「贔屓」ってやつで。

それって、きっと幸せなことなんだ。

「なまえっ!」

気が付けば駆け出していた。転げそうになりながら階段も降り、なまえと総司の間に入り込む。
背を向けているからなまえがどんな顔してるのかはわからない。悔しいが少し上にある総司の顔を見上げ、なまえの右手首を引っ掴んだ。小さく震えた華奢な腕、それが何を意味しているのかは考えないようにして口を開く。

「悪ィけど、オレ、なまえに会うために学校来たから」
「ちょ、平助」
「なまえちゃんを慰めるのは僕の役目だったんだけど」
「そんなのオレの方が良いし!総司には絶対譲んねーから!」

息を呑んだのはオレだったかなまえだったか。言い切った言葉が廊下に響く、無駄に大きな声を出してしまったことに気が付いてハッとした。
いつもの何を考えているのかわかんない表情の総司を振り切って、人の少ない廊下を駆け抜ける。オレより足が遅いなまえを引っ張るようにしてもう一つの階段に向かって「平助、なまえ、廊下を走るスピードを考えろよー」「わかってるって左之さん今日だけだからさ!」なんていつものやり取りをしてみたり。

廊下の突き当たり、非常階段の扉を開けた。流石に階段を駆けて降りるのは危ないと踏んで、速度を緩めて中庭に続く外階段に足を踏み入れる。
あれ、掴んだままのなまえの手首、カーディガン越しだけどこんなに細かったっけ。確かめるように一度力を込めたら、掴んだ手首が思い切り引っ張られた。
小さな踊り場で顔を付き合わせる。あ、今日目があったのってこれが初めてだ。

「平助!なにすんの!」
「たまには良いだろ!オレからお前に会いに来ても!」
「そ、ういうことじゃ!いやそれもなんだけどそうじゃなくて!」

ああ、もういつもと変わらないなまえだ。拗ねるようにふいと目を逸らしてしまったなまえの横顔を見ながら安堵する。
まず「ごめん」って謝ってから、それからなまえになんて言おうか。手首の拘束から逃げ出そうと躍起になっている姿が面白くて、もう一度力を込めて手を握れば小さな笑みが零れた。